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032 -注目、注目-

 グラウンドを一周するように作られたレーン、そこに沿うように、一畳分くらいの平坦な砂の固まりが走っている。砂の下は茶色っぽい土まで付いていて、どう見ても地面の一部分。でも機械仕掛けらしいそれの下側では、大量に取り付けられた脚がこの距離でも聞こえるくらいガシャガシャうるさく稼働してて、速度も相当出ている様子。

 ざわめきが見守る中、走る地面が行き着く先には、……やはりというか、彼女の姿。


「ひゃーっはははは! やっぱリリリ様ってばぁ、天才かも? 『全自動リレー完走機一号くん』も絶好調だしぃ、これで部対抗リレーもヨユーヨユー」


 手にしたスマホで何やら操作をすると、走る地面……もとい、『全自動リレー完走機一号くん』が小薬さんのそばで足を止める。ご丁寧にレーンの区切りに這わせるようなロープが尻尾に見立てて後ろについてて、それがぶんぶん振られている。まるで駆けつけた犬を労うように彼女は『全自動(略)一号くん』を撫でて、手を砂まみれにしていた。そんなところに怒鳴り声が一つ。


「ッ小薬さん!! 何の騒ぎですかこれはッ!!」

「えーっ、動作テストに決まってるじゃん。凡百じゃわかんないかなぁ? 本番いきなりじゃ危ないから、先にテストは必要でしょ」

「いやこんなもんテストしようがダメに決まってんだろです!! 不正!! 危険!! すなわち排除!!」

「うわぶっそー。地面走らせちゃいけないってルールないでしょ? それに全然危険じゃないし。まー不安ならしょーがないなぁ、トクベツに大丈夫なトコ見せてあげる」


 風紀委員の子が止める間もなく、小薬さんはそのまま砂の固まりに飛び乗って、ガシャガシャとグラウンドを走り始める。いや、いやいやいやいや。いや人間一人を乗せた状態で、脚の駆動でグラウンドをあの速度で一周できる技術、とんでもないとは思うけど。

 風紀委員の子は素直に砂の固まりを追いかけるけど、速度差的に絶対追いつけそうにない。そして二人が去った場所にはつかつかと、腕組みをした撫子さんが現れて、小薬さんを待ち伏せ始め。さらに、いつの間にか小薬さんと一緒に砂の固まりに乗ってる秋流さんまで登場して。いや本当にいつ乗ったんだ。てか二人も乗れるのか。

 とか。

 どんどん騒がしくなるグラウンドと見物客に、嫌な予感もぐんぐん強まっていたんだけど。案の定ばちりと、物言いたげな撫子さんの目に捕まって、深く溜め息を吐き出した。


「……澪ちゃん」

「うん、……ちょっと、行ってくるね」

「…………おつかれさま」



 まぁ。

 結局、生徒会メンバー総出でわちゃわちゃやっても小薬さんを止められずにいたら、心配して様子を見に来てくれたかすみの一言でようやく止まってくれて。


「ね? みんな、お昼休憩はゆっくりすごしたいと思うから……」

「ひゃ、ひゃはっ……そ、そうでしゅね……ひゃはは」


 優しいたしなめに小薬さんは珍しく素直に頷いていて、さすがかすみだ。小薬さんも、知り合い以外には案外理性が働くのかもしれない。

 とか思っている間にお昼休みの終わりが近づいてきて、結局昼食も慌てて済ませることになり。だから、アイドルのことを伝えるかどうか、思い出す暇もないまま、部対抗リレーの集合場所へ向かうことになっていた。



 ■



「…………」

 グラウンド。

 レーンに並ぶ澪ちゃんを見ながら、ちょっとだけ。空はこんなに綺麗に晴れてるのに、胸の中はもやもやしている。

 お昼休みをゆっくり過ごせなかったのは、色々あったからしかたないとして。でも。さっき澪ちゃんが隠していた、言わなかった何か。


『みおちゃんはねー、アイ――』

『ななな渚!』


 思い切って。冗談のフリをして尋ねてみても、困ったように、迷うようにしてて、困らせたくなかったから質問をやめたら、ほっとした顔をしていて。

「……」

 澪ちゃんの一番の親友くらいには、なれているつもりだったけど。それでも言えない秘密って、なんだろう。

 ……ううん。

 私だって、こんな気持ちを秘密にしてるんだから、人のこと言えない。

 なのにどうして、こんなに聞きたかったんだろう。

 はぁ、と吐きだした溜息はやっぱり重たくって、そのままグラウンドに落っこちた。だから晴れた空の爽やかな空気を吸い込んで、気持ちを澪ちゃんの応援に切り替える。せっかく出番なんだから、お母さんも撮ってはくれてるけど、私も私で撮影するのだ。


 部活動対抗リレー。これ以外の澪ちゃんの出番は、クラス全員参加、学年で対抗の競技になるし、そこは私も出場しないといけない。だからじっくり澪ちゃんを応援できるのは、これが唯一の機会。

 グラウンドでは、色んな部活の人たちがそれぞれの人数で位置についてて、スタートに向けて準備している。一応400mのレーンが四分割されているけど、何人でどれだけ走っても大丈夫な決まりで、陸上部なんかは一人の走者がそのまま走りきる予定みたいだし、バスケ部の人たちはパスをしながら走るつもりらしく、ボールを持って二人ずつで並んでる。私たち合唱部は、来週の公演でアピールするから部対抗リレーには参加しないし、その分澪ちゃんの応援に集中できるのだ。

 生徒会の皆は、スタンダードに四人それぞれ別で走るみたいで、並ぶ順序は最初の走者が清正院秋流さん、次が小薬リリさんで、その次が桜条さん、最後が澪ちゃん。バトンの代わりにマイクを握っているから、多分、スピーチか何かをするんだと思う。頭の中にちらつく、この間生徒会室まで迎えに行った時、ホワイトボードに書いてあったこと。



『お待たせしました。午後の部最初の競技は、部活動対抗リレーです。今年も多くの部活動が参加しています。400mという区間の中で、どれだけ自身の部活をアピールできるか、それぞれの気合いにご注目ください。開始まであと少しです』


 アナウンスが響いて、ざわめきが少し収まった時。


「あ、いたいた。ね、あなたが花糸かすみさん?」

「……え? え!?」


 不意にかかった声に振り向いて、思わず驚く。そこにいたのは、体育祭の主役、三年生、フェンシング部の犬伏いぬぶし稜稀いずき先輩。

 普段は下ろされているミディアムのその髪は、運動する時のために、ポニーテールにまとめられたまま。それがふわりと揺れて、彼女がちいさく首を傾げたのに気付いた。

「ふふ、急にごめんね? もしかしてこれから素山さんが出るから応援?」

「えっ、あ、えっと、……そう、です」

「あの子、すっごく速かったよね」

「え、……と?」

 するすると、言葉が次々かけられて、気付けば隣の空席にかけている先輩。彼女は私の視線に気付くと、グラウンドの方に目をやって、わざとらしく手を振った。

「あ、実は部対抗リレーは他の部員の子に出てもらってるんだ。出場競技が多過ぎるってクレーム来たのと、部活のアピールなら皆の方がうまくできるだろうから」

「あ、な、なるほど……」

 驚いてるのは、そういうことじゃなかったけど。

 どうして急に、接点もないのに。思っている間にも、余計な注目が集まるのを感じる。私も一応顔は広い方だし、先輩なんかこの体育祭中で目立たずに動けるわけがない。私は別にそういうの、慣れていないわけじゃないけど。先輩はまるでそんなものないみたいに振る舞っていて、放っておくとどこまでも注目を集めてしまいそうだ。

 嫌。じゃないけど。澪ちゃんに後で、変な風に思われたくない。

 私がそのまま見つめていると、先輩はくすりと笑って、あらためて小さく首を振る。

「ふふ、……ダメか。急に来た理由?」

「え、……と。はい」

「あの子」

 と、その三文字と。ただ目線だけで、澪ちゃんを示したってわかる。

 さっき、先輩が現れた時に言ってた言葉。すっごく速かったよねって言葉で、なんで来たのかわかった気がした。

「花糸さん、仲がいいって聞いたから。私はさっきまで、素山さん? の名前も知らなかったんだけど」

「幼馴染、で。……親友です」

「幼馴染! あ、そういえば、花糸さんの幼馴染の話、この間噂で聞いたかも」

「……えっと、澪ちゃんに何か、用ですか?」

 何となく、わかった上で。答えも持ち合わせていないけど尋ねてみる。どうして澪ちゃんがあんなに速いのか、結局私は知らない。そう答えればいいだけだ。

 そう思って、先輩をまっすぐ見つめていれば、先輩もぱちりと、その明るい目をこっちに合わせてきた。


「花糸さんって、あの子のこと気になってる?」


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