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「みおちゃん見て見て! はやーい!!」
「あ、あはは……もう五回は見せられてるかな……」
かおりさん……かすみのお母さんの持つスマホの画面を覗き込んで、妹の
「渚、早く食べなさい」
「えー渚いらないならオレが全部たべちゃうよー」
「まって!! まだ見てるの!!」
鋭い注意は中学二年の妹、
この三人が、私の弟妹たち。今日はお母さんは来られなかったけど、皆来たいと言ってくれたから、保護者席ではかおりさんに面倒を見てもらっていたのだ。そしてお昼の休憩時間である今は、かすみと一緒に合流していて。つまり、今ここにいる素山家の最年長は、私というわけ。
「ほら。ね、渚、かおりさんもお腹空いてるだろうから、続きは食べてからにしよう」
「うーん……みおちゃん、ここすごいよ」
「う、うん……すごいかなぁ」
姉として注意せねばと声をかけたら、ずい、と突き出されるスマホ。動画をすこし戻して再生された場面は、走ってる途中の抜きつ抜かれつの部分。思わず目を留めちゃったけど、ただ走ってるだけだし走者は二人だし、画的には他との違いはあまりわからない。
ここ! とまた動画が戻された時にこっそりと、かおりさんが申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんね、私が撮れたの嬉しくって、見せちゃったから……」
「あ、いえ……お母さんにも見せられるし、撮っていただけてよかったです」
「ああ、それはそうね。
「う……こちらこそ、渚がすみません……」
「いいのいいの。元気でかわいいから」
余裕を感じる柔らかな口調でそう言ったかおりさんは、「私もお腹空いちゃった、渚ちゃんこれ食べる?」とあっさりと、渚の気を動画からご飯に移してしまった。
流石だなと感心していたら、ひそり。
「澪ちゃん、やっぱりいいお姉ちゃんだね」
「そうかな……今のは結構、情けなかったと思うけど」
姉としての威厳、みたいなものは全然発揮できてなかった気がする。
「ううん。渚ちゃんがそれだけ澪ちゃんのこと好きだってことだし、それに汐ちゃんも櫂くんも、あんなに良い子なの、澪ちゃんを見て育ったからだと思うの」
「……まぁ、良い子なのはそうだね」
それはそうだったから、素直に頷けて。
いいお姉ちゃんができているかは分からないけど。本当に、いい家族だとは心から実感する。
「ねー、しおちゃんもみおちゃんの動画あとで見よー」
「別にいいよ姉ちゃんのなんか。それより早く食べなさい」
汐は最近反抗期に入った様子。対応は素っ気なく感じることも多いけど、何だかんだで手伝いもちゃんとしてくれるし、櫂と渚のことも気にかけてくれている。
「このエビフライいらないならオレが食べるよ」
「食べる!! これはわたしのでしょ!」
「ちぇー」
櫂も、昔はもっと無邪気で無茶をしてたんだけど、最近は前よりお兄ちゃんだなって感じる瞬間が多々あって。でもそれを指摘すると気恥ずかしいだろうから、心中に留めているけれど。
そして渚は、溢れる好奇心に任せて素直に動く、元気な良い子に育った。奔放に色々興味を移しながらも、一時期ハマった深海生物図鑑の内容なんかも綺麗に覚えていたりするから、すごい天才なんじゃないかと将来を楽しみにしているところ。
皆良い子だから、お母さんも私もすごく助かってるし。これからも、健やかに育ってほしい。
「…………」
だからこそ、私ががんばらないと。
と。
そうして決意を改めていたところでふと、かおりさんが柔らかく声を上げた。
「でも……澪ちゃん本当にすごいわね。さっきの走り、なかなかできないわよ。スポーツとかやってるわけじゃないんでしょう?」
「みおちゃんはねー、アイ――」
「ななな渚! あ、あっ……アイススケートはほら、ずっと昔だし、あれっきりだしさ!! ぜ、全然だって~」
――間一髪。
あ、あぶない。
冷や汗を掻きながら慌てて、アイドルは内緒と小さく耳打ち。渚ははっとして口を押さえて、改めてスケートの思い出で誤魔化しを重ねれば、たどたどしくスケートの話題に乗ってくれる。
いや、そう、良い子。渚はとても、とても素直な良い子に育ってくれていた。いやもちろん、姉としての私も、アイドルとしての私のことも好きでいてくれるのは、とても嬉しいんだけども。
どうにか誤魔化し切れたのか、何となく察してくれたのか。かおりさんもスケートの話題で思い出に花を咲かせてくれて、汐と櫂がそれとなく乗っかって、話題は段々と移っていく。ほ、と安堵の溜め息を吐くと。
「アイ、……ってなぁに?」
「――っ!」
うわ。失敗。露骨にびくりと反応してしまった。
「あ、……え、えと…………」
やばい。明確に、渚の言葉を遮ったのをわかっての、問いかけ。正解はそれでも白を切り通すことなのに、思わず言葉に詰まって。それでもぎこちなく目を向ければ、かすみはちょっと悪戯っぽい顔で、くすりと首を振った。
「っふふ……うそうそ。別に言わなくていいけど、……でも澪ちゃん、さっきのほんとにすごかったよ。あんなに運動できるなんて、知らなかったなぁ」
「あ、はは………………ごめん、……ありがとう」
「……ううん」
はっきりと、誤魔化した以上、うまく話題も広げられずに。
でも、ふるりと一つ首を振って、それで流してくれる彼女に、罪悪感がずももと胸中で膨らんでいく。やっぱり彼女にも伝えるべきか、と逡巡しかけた時。
いや。色々起こりすぎなんだけど。
「すごーい!」
と。不意に、渚の歓声が上がった。
彼女がまっすぐに目を輝かせる先は、テントの外。今は誰もいないはずのグラウンド。
「みおちゃん! じめんが走ってる!」
「うん…………うん?」
うん?
「うおーほんとだ! ねーちゃん地面走ってるよ!」
「え、……何あれ、キモ」
ざわざわと。ここのテントだけでなく、他の家族たちからも声が上がっていく。
いや。もう、ものすごく、嫌な予感がしてるけど。
「……か、かすみ。聞き間違いだと思いたいんだけどさ、……どう見える?」
「あ、……あはは……えっと、」
彼女の細い指が、やっぱりグラウンドを示して。つられるようにそろそろと、私の視界もそちらへ動いて。
「え、えっと……地面が、走ってる」
「――地面走ってる!!!」
「ねーみおちゃん! すごいよ!!」
いやまんますぎるけど!? そうだね地面走ってるね!!