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028 -推しのアンケの回答は気になる-


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『――と、どうかな? ……こんばんは~。これ聞こえてるかな? どーかな皆、オレの声聞こえてたらコメントお願いね。変なとこあったら教えてね』

 ばっちりです、といつも通り打ち込んで送信。今日は気分で、絵文字も約物も付けないまま。

 時間通り間に合った配信で、最推しの声と姿に溶かされて、癒されていく。本当に、推しって偉大な存在。

 企画で何をするのか、とかももちろん気になるし、それが面白かったり心をくすぐればなおさら嬉しくはあるけれど。でも結局、何をしてても一番は伶くんがいることで、思考停止とか全肯定とか言われようが、それが共通していれば十分で。

 それに。

 前に他メンの配信でちらっと情報が出たらしいけど、ショニの個人配信はほとんど、メンバーに直接収益が行くそう。ランキングにも直で影響が出てくるから、推しメンがいる子はほぼほぼ、自担の配信は興味なくてもとりあえず流すというのが通例にはなっている。もちろん私は毎回、楽しみにしているのだけど。

『今日は作業回っていうか、例のアンケート企画の回答を埋めてく回でーす。えーっと……うわ。え? 一人一個のはずなのに、何か十二問あるんだけど……』

 だけど今日は、そんな最推しの配信でも、より他メン推しにも満足度が高い企画。事前告知もあった分、同接もいつもより伸びている。

 箱の全体配信で案が上がった企画で、それぞれのメンバーが質問を一個ずつ決めて、全員で回答するアンケートを作るというもの。本人も自分の質問に答える必要があるから過激なのは入ってないけど、かなり愉快な質問が並んでいるらしい。他メンの配信で既に内容は出回ってるけど、私は伶くんの配信で初見が良かったから、今日を楽しみにしてたというわけ。

『ばれてないけどぶっちゃけ本番でやらかしたエピソード!? うわぁこれ……いやあるけどさぁ! ばれてないの、ばれてないのね? ええーっと……あちょっと! いやもう「七緒ななお大胸筋」事件は皆知ってるしあれもう時効だから! ああこらこら、最近ファンになってくれた人に変なイメージ持たれるじゃん!!』

 そうやってコメント欄を埋めるいつもの流れも、ちょっとドキッとするような質問も、マニアックな筋肉の質問に、これ絶対馬籠まごめだろって突っ込むのも。

 ライブや曲に絡めた真面目な質問に、真剣な表情で、すこし優しい声音で回答していく瞬間も。

 ずっと、見ているこっちの身体中を、温かく包んでくれるような、穏やかな幸福感があって。文句の付けようもなく、私はファンで、伶くんが推しだと実感できる。

 それに。


『次が十二問目ね、えっと、最後の質問が…………え!? ここに来て、……好きなタイプか~』


 ぎゅ、と。

 体温が上がる。一問くらいそういうのあるかなと思っていたけど、ラストだったからもう油断していた。ぎゅんと、身体を包んでいた温かい心地が、一気に心臓の中心を目指して集まる感覚。

 その感覚は、今はもう、恋をしていると断言できる。

 私は彼を推してるし、同時に全力で恋をしている。

『そうだな……うん。ちょっとこれ、本音で回答するね?』

 慎重に言葉を探し抜いて、選び取って。少しだけ照れた素振りで、それでも真摯な色を浮かべた瞳に、息がとくとくと浅くなる。彼はカメラ越しにまっすぐ見つめて、小さくはにかみながら続けた。

『好きなタイプ、……オレが魅力的だなって思う人は、自分のために頑張れる人、かな』

「…………」

 どく、と。瞬間一度目を瞑って、言葉を咀嚼する。自分のために頑張れる人。こういうの、やっぱりどうしても無意識に、自分に当て嵌まらないか考えてしまう。

『もちろん、誰かのためっていうのも大事だし、魅力的だと思うんだけどね。その、向上心方面でさ……いやいや! オレじゃない、自己紹介じゃないから! いや、もちろんオレもそうありたいけど…………あ~、虎走ね? まぁ虎走は確かに、そういうタイプだな~』

 回答が出て、一気に流れが速くなるコメント欄と、ここぞとばかりに飛ぶスパチャ。目を開いてそれを眺めながら、頬の熱さは全然収まらない。

 自分のために頑張れる人。

 ……え。

 わたくしも結構、そうではないかしら。ちょっと何度か考えてみても、伶くんの言う表現に、ぴったりハマる気がしてきて。いや、自惚れかもだけど。

 まぁそのもちろん、ここで澪としての経験談を出しては来ないだろうし。だから遊園地でした話とかも、全然関係ないとは思うけど。

「………………」

 いや、でも。

 これくらいは言っても、バチ当たらないわよね?

 ドキドキと胸がうるさい音を立てる中、バーを最高額に引き上げて、ぽちぽちと文字を打って、スパチャを送信。

『えーっと次はなこさん、……えー、「アンケ回待ってました!」 いつもほんとありがとう! えー「好きなタイプ、前向きになれて素敵な回答! 私も自分のために頑張るの好きです!」』

 すこしずるいけど。桜条撫子を知っているなら、自分でそう言える性格だって、きっと分かっているでしょう? と。ちょっとした動揺か、何か微かな一言があったりするんじゃないかと、画面をじっと見つめていたけど。

『嬉しいね~。そうだね、別に、オレに好かれたいからとかじゃなくても、自分のために頑張るのって結構、それだけで前向きになれると思うんだよね。もちろん無理に頑張るのはよくないけど、皆もいいなって思ったら、オレと一緒に自分磨きしていこーね』

 もちろん。もうさすが伶くんで、リアクションで変に動揺したりしないし、匂わせなんかもゼロのままうまく捌かれた。いや、本当に、そういうところが好きなのだし、あのスパチャは後からちょっと、自我が出すぎたと反省したけど。

 でも。

 結局伶くんとどうなりたいのか、考えても答えは今も変わらない。

 恋をしていて、それを叶えたい。諦めたくない。

 伶くんは、……好きなタイプにああ回答したあの子は、どう思っているのだろう。



 い、いや。澪はあくまで友人で、伶くんとはもちろん、全然違うけど。


 結局、それがぐるぐると頭を巡ったまま、配信が終わってもしばらく、ぼんやりと椅子にかけていて。

「お嬢様。就寝前のお飲み物は、いかがなさいますか?」

「…………任せるわ」

「あら、……ええ。お任せください」

 仕乃になおざりに返して、やがて受け取った何かを注いでくれたカップを、半分火傷しながら呑みきって。



「……そうね。ええ、そうよ」



 覚悟が決まる。ぎゅっと、スマホを握る。

 アプリを立ち上げて、メッセージを書いたら迷う隙を残さず即送信。

『今から、すこし通話できない?』



 わからなければ、訊けばいい。

 そうして私を無理にでも、意識させてしまえばいい。

 きっと他の子たちからすれば、すごくずるい方法。だけどぐだぐだ考えるより、ずっと可能性のある一歩。

 正攻法で伶くんと恋愛できるわけない。取れる手段は全部取らないといけないし、躊躇や遠慮なんて不要。

 そう。

 わたくしは、桜条撫子なのだ。誰かに譲るつもりはない。

 そうして、ひりひりする舌を冷ましながらも、待つこと二分。


『先約があるので、すみません』

「なんでよ!!」


 この私が決意したんだから、応えなさいよ!!



 ■



「……ふうん。僕みたいなタイプ、か」

 四枚並べたディスプレイには、SNSや動画配信サイトのブラウザウィンドウが、分割されていくつも並ぶ。

 Audit10nEEのリーダーである虎走こばせまことは、そんな複窓しているうちの一つ、副リーダーである飛鳥井あすかいれいが映る画面を、面白がるような瞳で見ていた。

「まぁ、リップサービス兼、本音も交えてってとこだろうけど」

 冷静に分析する思考も持ちつつ、どこか上機嫌に微笑んで。


 そこでふと、彼の視線の焦点が、画面から外れた。

 思い出すような瞳には、先々週に訪れた、遊園地の光景が浮かんでいる。

 あの時。

 黒服に追われている妙な二人組がいて、同行していたAudit10nEEのメンバー間でも話題になったのだ。そのうちの一人。魚守兄弟はもちろん、海老名えびな七緒にさえ印象が全く残っていなかった少女が、妙に一の心に残っていた。

「…………僕のタイプ、ってことなのかな?」

 そう言いながら。自分でおかしくなったのか、くす、と微笑んで、再び画面に焦点を戻した。


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