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「やるなら、徹底的にやるわよ」
びし、と突きつけられたペン先が、デジタルホワイトボードに小さく線を描画する。その横に書かれた、『作戦会議』の整った四文字。
その前に立つ撫子さんは、覚悟の決まりきった顔ではあるけど。
「……ほんとにやるんですか?」
「当然でしょう。勝負を挑んで負けたのはわたくしなのだから」
月曜日、生徒会室。
先週末にすべての採点結果と学年順位が返却されて、ライブが確定した翌週。本来生徒会のない日、だからこそ、作戦会議だと呼び出しを受けていた。
「でも、……私から提案しておいてなんですけど、いきなりライブやるなんて言い出したら、皆困惑しそうですけど」
「そこよ」
す、とペンをすこし離してボードを撫ぜると、画面全体が横にスライド。そこには既に色々と計画が綴られているようで、その左上をペン先が示した。
「まずは皆が納得できる理由を用意する。これは、澪に手伝ってもらうから」
「……生徒会のアピール、ですか」
赤字で書かれた『建前:影の薄い生徒会をアピール』の文字。
「私たち清正院学園の生徒会は、代々裏方仕事が中心で、ほとんど生徒には意識されてない組織でしょう。建前としては、その生徒会をアピールするため。怪我の功名だけど、部対抗リレーに出場するのも補強としてちょうどいいし」
「なるほど……」
まぁ、たしかに。アピールした上でどうするのか、と尋ねられれば難しいところだけど、でも一応学園に関わる様々な仕事を熟す組織ではあるし、周知されて困ることはない。
ただ、その動機自体はいいとして、根本的に。
「えっと……全く理由がないよりはマシですけど、それで撫子さんのライブというのは、かなり飛躍してる気が……。脈絡がないんじゃないですか?」
まぁ、さすがに。生徒会のアピールだからといって、いきなり副会長の単独ライブを開催していては、活動内容にあらぬ誤解を生みかねない。
「そうなのよ。だからあなたの手伝いが要るの」
「……私の?」
じわりと、嫌な予感。撫子さんはにこりと笑うとボードに向き直り、赤字の下に用意されていた不自然な空白を埋めていく。
「つまり……『生徒会長の素山澪が、桜条撫子のファンだから』。職権乱用というわけね」
「いやいやいや!!」
付け足された『澪の会長命令で強制された』も却下、ダメですから!
「何よ」
「それ! 生徒会に向く疑問とかを私一人に背負わせようとしてますよね!?」
「しょうがないでしょう、あなたが適任なのよ」
「せめて職権乱用はナシですって! それこそ誤解を生みます!!」
生徒会長が、副会長に権力でライブを行わせる。全生徒にどんな印象でアピールされるのか考えるまでもない。熱弁しても、撫子さんははぁと溜め息を吐きだして、やれやれと首を振る。
「いきなりライブなんてわたくしが言い出したら、それこそ熱でも測られるわよ。ライブをすると誰かが言い出す必要があるのだから、事情を知ってるのが二人な以上、あなたしかいないでしょう」
「そ、それはそうですけど……」
「それに澪だって、手伝うって言ったじゃない」
「い、…………いましたけど……!」
言ったけど、それは練習とかの話であって!
と。
ここで引いてはいけないと、反論や代案をいくつも練り始めたところで、不意に。
「ひゃははっ――話はすべて伺ったよ、会長サマ、桜条先輩ちゃんサマ」
「水くさいですよ、生徒会のブレインたるこの清正院秋流にご相談いただけないとは」
「っ、……小薬さんに秋流さん!?」
「あ、……あなたたち、自主練習じゃなかったかしら」
いよいよ今週末開催の体育祭に向けて、自主練習に励んでいたはず。
動揺を隠しつつ、交わしていた会話を振り返る。いや大丈夫、Audit10nEEの話題とか、伶くんの話題は一度も出てない。でも時間の問題だったと思うし、本当に危機一髪、だった。
「リリが遂に、100m走れるようになったので」
「もうほんっとーに十分走ったから! ホラ、部対抗リレーって特色出さないとだしぃ? リリリ様たちも作戦会議!」
「……それは、そうね」
そういえば。生徒会でも、全然その辺のことを詰めていなかった。秋流さんの独断で決まったこととはいえ、出場は生徒会としても正式に認めたのだし、流石にもう少し話し合っておくべきだったか。
「でもでもぉ、なんか楽しそーな話してたよね? え、桜条先輩ちゃんサマが会長サマに惨めにテストの点勝負で敗北したからっ、罰としてライブしないといけないってコト? ねぇー、勝てると思って自分から挑んだのに、情けなく負けちゃったってことですかぁ?」
「…………」
「ひゃっ!!」
うーん……。
小薬さんの言葉は、表現を除けば何も間違ってはいない、けども。何も言葉を返さずに、ただにこりと笑んだ撫子さんに、小薬さんはびくりと肩を跳ね上げ、慌てて両手を振り始める。
「あっ、うっうそうそっ!! お、桜条先輩ちゃんサマはとおっても賢くて策士だからっ、はじめから自分のカワイさをアピールするために、合法的にライブやるためにワザと負け戦にしたんだよねっ!? ねっ!? か、かしこいもんねっ? さすが桜条先輩ちゃんサマだぁ」
「ふ、ふふっ、…………ふふふ」
「――あっ、違!? あっ、あのっ! ちが、や、やだっ、ごめんなさい、ひゃはっ……」
「まあまあ、お二人とも。喧嘩するほど仲が良いとも言いますし」
ごごごごご、と笑顔を浮かべながら、すさまじいオーラで周囲の空気を揺らめかせ始めた撫子さんに、全力で首を振る小薬さん。そしてそこに平然と、謎のフォローを入れる秋流さんとで、生徒会室入り口はとてつもなくカオスな状態。
いやもう、こうなったら。コホン、と一つ咳払い。
「あの。それなら、両方の議題を全員で議論しませんか? 部対抗リレーの件はこちらも、今まで放置しすぎていましたし……」
「……しょうがないわね。まぁ……生徒会としてライブを行うことにする以上、二人にも口裏合わせくらいはしてもらう予定だったし」
「議論します! リリリ様、会議大好きっ! ひゃ、ひゃはは」
「お任せください。この清正院秋流、世の会議という会議を予定時間に収めてきました」
それは心強いけども。いやそうじゃなくて。
来た。予定外ではあるけど、全員が提案に頷いてくれた。ということはつまり、撫子さんのライブについても、新たに二人、協力者ができたということで。
「じゃあもう一度、ライブをする理由から議論し直しましょう。納得のいく理由が必要になるけれど……」
それ即ち、私以外に矛先を分散できるということ!
「――リリリ様もぉ、会長サマがファンってことでいいと思いますっ! どんな会長サマも素敵だしっ」
「むむむ。これほど悩むのは昨晩のお風呂後に見る映画を選んだ時くらいです。断腸の思いではありますが、会長がファン案で」
「あら。民主主義的には三対一で決定かしらね、澪」
「いやいやいやいや!! え!? 結局その案ですか!?」
あのタイミングで、助っ人登場みたいな感じで乱入しておいて!? それで結論変わらないことある!?
「でもほら、会議の末に」
「少数意見も大事にしましょう! っていうか実際、生徒会としてももう少しまともな案を挙げないとイメージがまずいでしょう! 百歩譲って私がファンでもいいですけど、職権乱用は絶対ナシです!」
「でもでもっ、強引な会長サマも素敵かも……」
「なるほど、職権行使で過半数賛成の意見を却下、と」
「違うから!!」
本当に。生徒会をアピールするのであれば、来年以降は他の学校のように投票制で生徒会メンバーを決めた方が絶対にいいと思う。このままだと小薬さんと秋流さんが自動的に会長と副会長になるのだろうけど、それでまともに運用される未来が見えない。いやまぁ最後の最後は真面目にやってくれるのだけど、それでも、途中が大変すぎる。
そういうわけで。デジタルホワイトボードを占拠したりしつつ、奮闘すること十数分。
「っはぁ、っはぁ……こ、……この案なら、文句、ないですよね……?」
完成した内容を示してみせれば、撫子さんはこくりと頷く。
「なるほど……まぁ、部対抗リレーでアピールする内容も合わせて決まりそうですし、わたくしは反対しません」
「会長サマぁ、この案をこの速度で出すの、さすがですっ! リリリ様もそれがいいって思います!」
「むむ。私はやはり、会長がメイド服趣味、という案は残すべきかと」
「これで決定で!」
残して堪りますか。というかそんな案出てないし!
このメンバー相手にまともな意見を通すなら短期決戦しかないと、頭をフル回転させたけど、我ながら悪くない案になったと思う。そう、自画自賛していたところで。
コンコン、と扉がノックされる。
全員の視線が扉に集まると、鈴を転がしたような声がした。
『あの、高等部二年の花糸です。素山澪は、本日こちらにいらっしゃいますか?』
続いてじろりと、こちらを睨む視線。
「あ、……」
「今日は何?」
「い、いえ、約束はなかったですが……」
確認すれば、十分前にスマホに連絡が。
『もしまだ学校にいたら、一緒に帰らない?』
「ごきげんよう、花糸さん。活動日ではないけれど、ちょうど今日は揃っていたわ」
確認している間に撫子さんは扉を開けて、かすみを出迎える。恐縮したように身を縮めながらも、ちらりとこちらを認めたかすみの表情は、花のように綻んだ。
「あっ、お邪魔しちゃったならごめんなさい。その、澪ちゃんと一緒に帰りたいってだけだったので、待ちます」
一緒の登校を提案してきてから、かすみは随分積極的に、友人としての時間を求めるようになっていた。休日の外出は予定が合わずにあれ以来できていないけど、お昼休みには教室まで呼びに来るようになったし、帰りもこうして、私の方が遅ければ大概、待ってでも一緒に帰ろうとしてくれる。
「……いえ、もちろん大丈夫よ」
そう、かすみには柔らかく首を振ってみせた撫子さんは、こちらを振り返った途端にじっとりと睨む目に戻り。小薬さんは何だか愉快そうな目でひゃはっと二人を見比べてるし、秋流さんは変わらない表情のまま、ずず、とお茶を啜っている。
「今日決めたかったことは決められたし。あとの細かい文言はこちらで調整するから、澪はもう帰ってもいいわよ」
「あ、……」
う。今帰ると、それこそ決定案に妙なことを追加されそうだけど。そこはもう、撫子さんが秋流さんを止めてくれると信じるしかない。
かすみに目を向けると、ぱちりと目が合う。何か言いたげなその表情に、しかたないと覚悟を決めて。
「えっと、……それじゃあ、お先に失礼します」
そうして、二人で就いた帰り道で。
「澪ちゃんって、……桜条さんの、ファンなの?」
「っえ゛!?」