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022 -友達-


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 そういうわけで、時間は戻り。


「――とりあえず、撒けたみたいね……」

「みたいですね。……なんか、走ってないのに、倍疲れる……」

 バレないように意識する、というのは、アイドルしてる分慣れてる方だろうけど。流石に数十人が直接鬼役で目を光らせてる状況経験ないというか、出たことないけど某テレビ企画みたいだな、とかちょっと思ったり。

 もう三回は利用した立体迷路のアトラクションを経由して、それでも完全には撒けなかったから、とりあえず目に着いた行列に並んで。ショップで桜条さんが買ってくれた変装用のグッズをいそいそと、今着けてるものと取り替える。

 垂れた犬耳のカチューシャを着けて目を向けたら、桜条さんはキリンの首を頭から生やしていた。いやそれ目立つんじゃ。と思ったけど、列の中だと意外と普通に埋もれてる。せっかくの素敵な和装の上にオーバーサイズのTシャツを羽織って、会った時とは全然違う印象で、まぁ、変装にはぴったりだった。

「これは、何の列かしら」

「えっと……あ、目玉アトラクションの、ジェットコースターですね」

「……あまり覚えないけど、予定には入ってた?」

「結構怖いらしいから、一応外してました」

 速さもあって、回転も捻りもトンネルもある、てんこ盛りみたいなコースター。絶叫系は、私自身は得意だった、はず。

 遊園地の記憶なんて、お父さんが生きてた頃に、家族みんなで来た時くらい。あの時はまだ下の妹はジェットコースターには乗れなくて、上の妹は大喜びで、弟は乗った後泣いていた。

 その記憶にあるジェットコースターよりも随分と、気合いが入って見えるけど……。

 隣のお嬢様をちらりと見て、おう、と口を開きかけて踏み留まる。そうだ。えと、うん。名前呼びですよね。はい。

「…………なでしこ、さん、って……絶叫系は平気なんですか?」

 う。ぎこちないし、全然慣れない。一年以上も桜条さんと呼んできたのだ。撫子、撫子。良い名前だし、呼んであげたいと思うけど。次は引っかからないように頭の中で名前を反芻していると、桜条さん、……撫子さんは、くすりとおかしそうに笑った。

「……澪」

「……え」

「みーお」

「な、……なんですか?」

「……いいえ? なんでも」

 くすり、とそうして微笑みを浮かべて。頭の上からキリンを生やしてるのに。

「絶叫系は別に、平気よ」

 ふふ、と得意げな笑顔で、楽しそうに前を向いて、ジェットコースターを見上げた。並んでる列は本来私には縁のない、プレミアムチケットが必要な優先レーンで、もう十分も待たずに乗れそうだ。


 …………。

 ……いや。

 今のおう、……撫子さんのそれは何かこう、え。

 まるでその、いわゆるバカップルとかの言葉が当てられるような。

「……」

 い、いや。そういうのでは、ないんですけど。変に赤くなる頬を悟られないよう、こちらもジェットコースターを見上げるフリをする。


『名前呼び、したいってだけですけど!? なにか文句ある!?』


 蘇るのは昨日の言葉。距離を見直す、とは言っていたけど。どうして急にそういう話になったのか、未だによくわかってない。いや別に嫌というわけではないし、一緒に遊園地で遊ぶのに、距離感ありすぎてもたしかに気まずくはある、けど。

 でも。


『あっ、……あはは、遊びにねっ。えっと、……クラス、……学校の人と』


 妹に伝える時に、うまく言葉が見つからなかった。

 距離を近づけて、どうしたいのか。

 どうなりたいのか。

 デートの噂のことだって、というかそもそも、告白の木の下で、私に誘わせたこととかも。



「――ねぇ、澪」



「――っ……え、と。はい」

「……何の動揺?」

「い、え。何でもないです」

 あの時の、彼女が。暗闇の中、染まって見えた頬を脳裏に浮かべた、瞬間だったから。ドキドキするのを隠しつつ、首を振って見せる。

「もう。別に変なことじゃないから。ちょっとお腹空いたし、この後はあの子たちから隠れながらお昼にしましょう」

「……あ、お昼。確かにそろそろ、空いてきてそうな時間ですね」

「わたくし、いつも同じ場所で食べてたから、今回はちょっと冒険してみたいわ」

「同じ場所?」

 ぱらりと、撫子さんはパンフレットを広げて。その瞳が、キリンの無感情な目と一緒に、思わず繰り返したこちらを向いた。

「ええ。いつも貸し切りで来てたし、その時はシェフがコースを作ってくれるから」

「……な、なるほど」

 そういえば、元々貸し切りを提案されていたんだった。本当に、絵に描いたようなお嬢様。

「……でもね」

 何度も広げられたパンフレットは、その開閉でも、そして多分逃げ回る間にも折れ目がついていて、それを撫子さんは丁寧に伸ばしてみせる。

「わたくしは結構、欲張りなのよ。桜条家に見合ってなかろうが、試したかったら試したいの。行きたい場所には行きたいし、したいことはしたい」

 彼女が着ているTシャツに描かれてる、ロケットで宇宙を目指すすごくリアルなイカのイラスト。知識がないから遊園地との関連もさっぱりわからないし、和装とのミスマッチはすごいけど、いいじゃない、気に入ったわと、彼女はあっさり買っていた。

「普段は桜条家の娘として、家の体面を保ってあげてるけどね。でも、お友達と一緒に選んだお店で気軽にご飯を食べるのだって、わたくしの夢の一つなの」

「……お友達」

「……まさか、違うって言うんじゃないでしょうね」

「いえ、…………」

 お友達。

 いや、そっか。

 夢のせいで、変に意識してしまっていたけど。撫子さんは、名前呼びしたいと言ってくれた時の緊張もすっかりほどけている笑みで、頬を膨らませるのも自然体。それこそ、友人同士に向ける表情をくれて。

「……そうですね。えっと、……撫子さんは、お友達、です」

「そうよ。まぁ、……ライバルでもあるけどね?」

 冗談めかして首を傾げた彼女に、こちらも思わず笑みが溢れる。

 そっか。そうだ。

 自慢じゃないけど友人は少ない方というか、ちゃんとそう言えるのはかすみくらいで。お父さんが亡くなる前は、もっと普通のお友達もいた気はするけど、どうやって友人になるものか、どの距離感がそうなのか、しばらく忘れていたかもしれない。

 何だか変に抱えていた緊張が、ゆるりと解けて。

「……撫子さん」

「なぁに?」

「……ううん、何でも」

「……え。ええ? もう、調子に乗らないでよね」

 全く、と言いながら、撫子さんは緩やかに頬を綻ばせて。それから、わざとらしく口を尖らせる。

「一応言っておくけれど、エスコートにも期待しているから」

「うん……そうですね、逃げる時とかにエスコートしましょうか」

「あなたねぇ」

『続いてのお客様ご案内でーす!』

 と、ちょうど軽快なアナウンスと共に、ぞろぞろと列が動き始めた。

「……ふふ、今はどう?」

「案内は、係の人が適任でしょうけど……まあ、どうぞ、お嬢様」

「投げ遣りね……ま、特別によしとしましょう」

 お友達だし。と付け足され。

 そっと差し出した掌は、するりと取られてそのまま繋ぐ。

 その華奢な感触に少しだけ、くすぐったい心地と、鼓動の早まる感じもしたけど。撫子さんも満更でもなさそうだし、これでいいということにする。




 そうして、次の組でいよいよ、ジェットコースターに乗り込んで。隣同士で最前列に座らせられた後で。

「ところで。こういうのって、どれくらい怖いのかしら」

「え? …………あれ。平気なんじゃ」

「乗ったことないのよ。お兄様とかは平気そうだったけど」

「…………え、っと」

「というか、……あの。何だか、高すぎないかしら。空がすぐそこよ。角度も、すごいし」

 すでに高度はかなり上がっていて、視界いっぱいに空と、もう間もなくのレーン頂上と、身体全体を後ろに引っ張る重力と。撫子さんの声も余裕がなくて。というか正直、私もかなり、覚悟してるし。


「……撫子さん、大丈夫です」

「……どういう意味」

 傾く重力と視界。がこん、と一度、コースターが止まる。

 広がる遊園地の全景と、切れ立ったようなレーンが目の前。

 ああ、あと、数秒で。

「どれだけ怖くても、絶対、安全なので」

「え? ……――っ、あ、ちょ、ぎゃああああああああああ!!」



 久しぶりに乗ったジェットコースターは、記憶よりもずっとスリル満点で、結果気持ち悪くなった撫子さんのため、昼食は一度見送りになった。


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