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020 -波乱の初デート-


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「っ……ここなら、きっと、平気よね」

「うん、……きっと大丈夫、です。落ち着いて」

 まだ少し息の荒い彼女の手を握って。そんな言葉は、私が冷静になるためでもある。

 離れたところから上がる悲鳴。

 私たちを探す大勢の気配。

 このまましばらく待てばきっと、撒けるはず。


「……伶くんの時じゃなくても、案外頼りになるのね」


 ふと。向けられたそんな笑み。薄らと汗が滲む様も美貌の一部に変えてしまう、至近距離の彼女に、思わずどきっとして。慌てて、周囲の状況に意識を向け直す。

「い、今は、緊急事態なので……」

「ふふ。守ってちょうだいね」

 きゅ、と握った手がすこし引かれて、また、とくり、胸の中で。


 そんな時。


「――見つけましたよ、お嬢様」

「こんなところでお楽しみとは」

「っ!」


 隠れ場所の入り口に、ゆらりと現れる二人の人影。

 長髪で真面目な印象の彼女は、かっちりと着込んだスーツにサングラス、とその上から重ねられた可愛いフレームのサングラス。頭上に揺れるデフォルメされた猫耳カチューシャは、この遊園地のマスコットキャラに因むもの。お楽しみとはとか言いつつ、絶対本人が一番楽しんでいる。その隣、険しい表情をツインテールで彩る彼女もまた、根元を飾ってた黒のリボンがいつの間に、ファンシーで巨大なものに置き換わっていて。

 再び聞こえた悲鳴は、ジェットコースターではしゃぐ人々の声。

 隠れ場所にしていたメリーゴーランドがごうんごうんと回り始めて、爆音の軽快な音楽とアナウンスとが子供たちの歓声と混ざり始めた。


「――逃げるわよ」

「ええ」


「さぁ観念しなさい!! 遊園地デートするなら厳重な監視態勢のもとで!!」

「マイベストプランは策定済みです、お嬢様もこの流れでぜひ」

 ぞろぞろと、彼女たちの背後に現れる黒スーツの数十人に、メリーゴーランドの子供たちの視線も、周囲でカメラを回す親たちのレンズもスマホも釘付けになった。


 ――話は、数時間前に遡る。





 また、夢。


「ねえ」

 と。

 声音はやっぱり、いつもの強気な調子じゃなくて。

 柔らかくて、自然な響き。


 すっかり見慣れた橙の景色を、夢見心地で昇るゴンドラ。

 そう、ここまで昇ったところで彼女は、こちらを向いて。

「私が言いたいこと、わかるわよね?」

 もちろん。

 アイドルの私は微笑みながら、隣を見た。

 茜の中。確かに頬が染まる彼女。

 求められるのは言葉より行動。

 だから、呼ぶのは名前だけ。


「撫子」


 そうしたら、満足したように、何かを待つように瞼を閉じる。

 緩く結ばれたその唇は、ちいさく動いて私を呼んだ。


「――


 ……。


 ……ん?


 え。伶くん、じゃなくて?

 あ、え。急に。どくりと鼓動が鳴って、どくどくそれが早まって。いる間にも観覧車は頂点に辿り着き、身体は勝手に彼女に近づいて、けどやっぱちょっと、見える範囲の服装これ、全然アイドルじゃない、でも見覚えあるっていうか私服だし、てか前髪も、かかったままの視界で。

 ――え、これ今私、素山澪――


「――っ!!」

 ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。

 覚醒、いつもの電子音。

 夢に引き続きばくばくと動揺、とびっしょりの汗。

「……ねーちゃん、……うるさい…………」

「あっ、ご、ごめん…………」

 土曜、早朝。かちゃりと小さく扉が開いて、弟の不満げな声。

 混乱で止め損ねていたアラームを黙らせて、二呼吸。時刻は六時、集合時間までは三時間半。

 ひょこりと、扉から下の妹が顔を出す。

「みおちゃん、今日も、デート?」

「あっ、……あはは、遊びにねっ。えっと、……クラス、……学校の人と」

 学校の人、とかどんな言葉選びだと我ながら思うけど、起き抜けの頭での精一杯。

「かすみちゃん?」

「えっと、いや……違う子」

「ふうーん」

 いよいよ本日、デートの日はこうして、とんでもない夢と動揺からスタートを切った。





 動揺、している時こそむしろ、慣れた作業には没頭できる。

 身嗜みはもちろんとして、今日回るところの再確認と、お昼に妹たちが食べる分のご飯を作り置き。それからアイドルとしての情報チェックにSNSの投稿予約までをも済ませて、無事に。

 九時半、普段使うのとは逆の駅。

 駅前広場の片隅、反射するガラスで服装を再確認。目立たない、が最優先の、でも一応あんな誘い方をさせられた手前、中性的かつ多少、お洒落にまとめてみてる服。といっても当然、伶くんとしての私服ラインナップは引っ張り出せないし。アイドル活動が波に乗り始めて、少しずつ家計で楽ができるようになってきたってくらいの現状では、クローゼットはそれほど充実していない。

「…………」

 やっぱり少し、というか確実に、彼女よりは見劣りするだろう。いや、うん。まぁ最悪、伶くんだとバレたり、それか学園の生徒とかにばったり会って生徒会長だと気付かれる、とかがなければそれでいい。安物のブランドしかないけど、ぎりお忍びコーデの雰囲気はあるはず。あとはエスコートで満足してもらえたら。

 つまり、やっぱり、そう。

 最優先は、目立たない。



 そう、再確認したところで。



「あれ、リムジン?」

「ほんとだ!」

「すげー、初めて見た」

「周りの車あれ護衛か?」

「何だあれ……SPみたいなの乗ってるぞ」

「…………」


 いや。いやいやいや。

 え?

 桜条さんはそうでなくとも大変見目麗しいですし、当然目立つとは思っていましたけど。

 今すぐ逃げたい気持ちを抑えて怖々と振り向けば、広場に横付けされたリムジンと、周辺を囲む高級車が十台以上。

 登下校そんなに護衛付けてないでしょとか遊園地までは電車予定だけどいいのかとか、えこれこのまま降りてこっち来るのとか、エスコート的には動揺せずに迎えないと、とかが一瞬で頭を駆け巡り。

 それとそうだ、名前で呼ばないと――なんてことも。

 車から降りる彼女を見て、吹き飛んだ。


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