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「えっと、……」
警戒、というか怯えた様子の素山さんは、とても愉快ではあるけれど。焦らすのが目的ではないし、とりあえずは今日、この日に相応しい話題から。
「それで。中間テストの手応えは、いかがかしら?」
「え? あ、……ええと。……いつもよりは少し、自信ないです、けど」
「そう!」
あら、あらあら!
いえ、まぁわたくしは優雅なお嬢様ですし? これでにこやかになってしまうのも少々はしたないから、もちろん抑えていますけれどね?
と思ったけれど、半目の素山さんがむすっと。
「……嬉しそうですね」
「あら、……そう見えてしまったかしら?」
溢れ出てるらしい。いえそうね、そうよ。
これが抑えていられますか!
「ふ、ふふ! ごめんなさいね、わたくしはそれなりに自信があるから、ついね? ふふふっ! 今年こそ、首席の座はわたしくで決まりよ!」
「う、……い、一応私も、大方は自信ありますけど……」
「あら? そう……」
来た。
そうよ。普段首席なんてただ勉強してるから取ってるだけなんて顔しておいて、素山さんも結局、負けず嫌いなところあるんだから。
「なら……今からどっちが勝つかで勝負する?」
「勝負、……え? 今から?」
今回は本当に、かなりの自信があるから。初日は動揺してしまったけど、その後はむしろ伸び伸びとできたし、素山さんは噂に揺るがされてばかりだったはず。こちらもノーミスといかないまでも、素山さんを超えるくらい、今回ならば楽勝のはず!
「ええ、今から。もう結果は変わらないから、手応えだけでの勝負になるわね。もちろん、自信がなかったらいいけれど……」
「いやじ、自信って……えっ、負けても、何もないですよね?」
「それじゃあ面白くないでしょう?」
「いや、私は全然……」
「面白くないわよね?」
す、と。スマホを持ち上げて脅し用の写真を見せれば、蚊の鳴くような同意が返る。
「なら」
そう。勝ち負けを懸けた要求ならば。
「素山さんが負けたら、――伶くんで、わたくしのためだけのライブをして」
「ら、……え!? いや、さすがに無理ですよ!」
「観客はわたくし一人。ライブハウスはわたくしの家の敷地に作るし、スタッフも皆わたくしのお手伝いさんだけで揃えるわ」
「え、……ええ!? ほ、本気ですか」
本気も本気。そう、普段はさすがに、ここまでのことは言えないけど。だって勝負よ、戦争よ!
「もちろん、伶くんのスケジュールは邪魔しないし、生徒会も融通してあげましょう。セトリはそっちで決めていいけど希望は出すのと、あと衣装は本物使えないでしょうからその、一応、わたくしが希望を出したデザインで一から」
「思ったよりガチだ!?」
「どーよ素山さん! まさか、負けるのがこわいから勝負しない、なんて言わないわよね?」
ぐ、とスマホを突き付けると、怯んだ顔で、それでも食い下がってくる素山さん。
「い、いや! え、じゃあ桜条さんは、負けたら何するんですか!」
「え? 負けたらって…………別に決めていないけど」
そういえば。考えてなかったけど、でも決める必要がないものだし。
「桜条さんにだけリスクないのは不公平でしょ! そっちも何か条件用意してくださいよ!」
「……まぁ、勝負なのだし、もちろんそうね。どうせ負けるわけないけど」
納得が必要というのなら、そのくらいは当然譲歩しよう。
「いいでしょう。条件もそちらが決めなさい。何でもいいわよ」
別に、何を条件にされても構わない。それほどの自信。週後半の加速はすごかったし、解答欄を埋める速度を見せてあげたいくらい。どんな無理難題でもかかってきなさい。
「……なら。ほんとに、何でもいいんですよね?」
「いいって言ってるでしょう」
「桜条さん、ファンクラブありますよね?」
「……? まぁあるようだけど……それが、何よ」
「なら」
どうして急に、非公認のファンクラブの話なんか。
嫌な予感が滲んだ瞬間、素山さんがにっと、ちょっと意地悪に笑んで。
「桜条さんが負けたら――第一回、桜条撫子ファン感謝ライブ、開催で……!」
「は、はぁー!?」
何でそうなるのよ!
「ら、……何で私が!! そういうのやったことないから!」
「ライブって言い出したの桜条さんじゃないですか!」
「それは伶くんだからでしょう!? と、というかそれにしたって、なんで私は人前なわけ!? 伶くんは私一人が観客じゃない!」
「私はファンのためにライブするんですから、桜条さんにもそうしてもらうだけです! それとも負けるの、怖いんですか?」
「は、は、はぁ!? 怖くありませんけど!! わたくしがあなたに負けるわけないですし!!」
「なら、それが条件で! ほんとにいいんですかそれで!」
「当然よ! 受けて立とうじゃないの!! その代わり負けたら覚えてなさい!! 絶対アンコール三回はさせるんだから!!」
「さ、三回!? そもそもソロなのに喉が、……い、いやいいでしょう、わかりました」
お互いに睨み合って、負けじと息を整える。ヒートアップしつつも、これ以上エスカレートするとそれこそ実現不可能になりそうだから、どうにか感情を自制して。いや、え? ライブって、私……わたくしが!?
「……その、……ま、万一、いえ億が一わたくしがライブすることになったら、手伝ってくださるんでしょうね」
「それくらいはしますよ、その、……練習とかも、一応、できるだけ……」
「……いいでしょう。いえまぁ、負けないけど」
素山さんも、自制が見えるペースで、互いにギアを落としていく。
「じゃあそれで、いいわね」
「はい、……勝負、ですね」
いいわ、いい。それは忘れましょう。どうせこちらが勝つのだし。
ふう、と息を整えて、冷静さを取り戻した。
そんなやり取りをした後、でさえも。
今日の本題……話したかったことを考えると、ちょっと躊躇と。赤面を覚える。
「それでその、……お話、なんだけど」
「……はい」
「まず、噂については耳に入ってるわよね?」
「あ、……ええ、さすがに」
「その。先に確認だけど、一緒に登校したいって言い出したのはあなた?」
「……えっと、……かすみ、ですけど」
「あらそう」
まぁ、それはそうでしょう。ここまではただの確認。と、向こうも向こうで質問があるよう。
「その、……デートの件は、桜条さんが広めたんですか?」
「……色々あったの」
「あの、……かすみから、土曜の予定を五回くらい訊かれてるんですけど」
「ダメよ!」
そう、危ないわ。いや、何が危ないのか、何とも言えませんけど。
「……いや、まぁ……デートだの気になる相手だので広まってるから、どうしようかって思ってましたけど……」
「そ、その……流れでそうなってるの! 誤解が広まってよ、そう! だからその、花糸さんにも変に勘違いされるでしょうし、それは、内緒。秘密で」
「……わかりました、けど……」
実際は、広まりやすい単語を意図的に選んだわけだけど。それを話すとそもそもの、噂を塗り替えようとしたことも伝わってしまいそうで、でも、理由はうまく説明できないし。
「と、とにかく。デートの件は心配しないで。周囲の子も別に、根掘り葉掘り聞くような子たちじゃないから」
その辺りはうまく立ち回って、デート相手の人物像や、場所さえ伝わらないように気を付けた。土曜日なことを明かした以上、来週はまた結果どうだったかをせっつかれて大変だろうけど。そこは上手くやれば良くて。
それで、よ。
「それでその、……つまり、デートについて相談する流れになったのよ」
「はい」
「そうしたら、……ええっと、……ほら、距離感ってあるでしょう」
「……ありますけど……?」
ああ、もう。
こんなこと別に、アドバイス通りやったってことにして、流したってよかった。
のに。わたくしどうして、こんなこと。
「その。……わたくしたち、一応一年生から生徒会で一緒じゃない」
「はい、……えと、そうですね」
「それでその、……まぁ、素山さんの秘密も知ったし? 見方によってはわたくしこそ、素山さんを一番知ってるといっても過言ではないと思うのよ!! その、客観的に見てね?」
「…………えっと、……うまく話が」
「だから!!」
ああもう、ほんと察しが悪い。
い、いいでしょう。言うわ、言うわよ。桜条撫子。びくっと跳ねた素山さんをきっと睨んで。
「だからその、みっ、………………見直すべきよね、距離感を!」
「………………より、離す?」
「そうじゃないでしょう!!」
離してどうするのよ!
「その、余所余所しいじゃない、わたくしたち!!」
「ええっ!? ……あ、え!?」
「だからほら、……ああもう、わかったわよ!」
言うわ、言うから! 今度こそ!
「み、――……名前呼び、したいってだけですけど!? なにか文句ある!?」