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018 -肉を切らせて骨を断つ-


 *



 そんなニュースは速やかに、清正院中を駆け巡ったようで。

「ねぇ桜条さん、花糸さんに、昔からのご友人がいたんですって! 幼馴染だとか……!」

「私も聞いたわ! ええっと、……何とかさんよね、たしか」

「も、……山本さんだったかしら?」

「――ええ、噂になっているようね。でも、人のことをあれこれ言うのは、あまりお行儀がよろしくなくてよ」

 いや。

 素山さん、どれだけ影薄いわけ?

 普通こういう話題が回る時、相手の名前は特にしっかり記憶されるものでしょう。一体何の力が働いているのか、今日話した子の中で、まともに彼女の名前を把握できてる子はいない様子。

「あっ、ご、ごめんなさい。その、私、花糸さんともっと仲良くしたいと思っていたから……」

「わ、私も! あまり踏み込めずにいたっていうか、だからちょっと、驚いてしまって……」

「いえ、気持ちはわかるわ。たしかに、花糸さん素敵ですものね」

 穏やかに頷いて返しながらも、内心は全く穏やかではない。テストも、やや集中が削がれたし。いや、自信がないわけではないけれど、さすがにノーミスはちょっと、難しいかも。

「でも、……あの、今までも昼食、ご一緒されていたそうよね?」

「そうらしいわ! 秘密の幼馴染って、なんだか素敵よね……」

「……」

 このペースであれば、そのうち素山さんの名前が生徒会長とか首席以上に、花糸さんの幼馴染として広まりそうだ。

 ええ、いえ。それが別に、どうというわけではないけれどもね?

「それに! なんでも、お揃いのストラップつけてるんですって」

「私も聞いたわ! 水族館のやつでしょう?」

「そうそう、恋が叶うっていう」

「ん゛っ……!」

「――あっ、ご、ごめんなさい」

「ちょ、ちょっと盛り上がってしまって……」

「い、いえ、こちらこそ失礼したわ。その、……むせただけ」

 こ、こ、こ。

 恋が叶う、お揃いの、ストラップ!?

 何。え? 素山さん、どういうつもりなわけ?

 い、いや。そうね。あの素山さんが自分からそう言い出すわけないし、きっと意識はしてないでしょう。

 つまりそれも、花糸さんの策略なのなら。


「――あ、そうだわ。すこし、ご相談があるのだけど」


 そう。そっちがその気なら。

 こほん、と。咳払いで前置いて。できるだけ自然に、爆弾発言。



「実は、…………わたくし今度、気になっている方とデートに行くのよ」


「「――えっ!?」」


 肉を切らせて骨を断つ。

 噂は、より強い噂で上書きすればいい。

 ――翌日の清正院を、何の話題が席巻したのかは言うまでもない。



 +



「お、お疲れ、様です……」

 ようやく、やっと、金曜日の放課後。

 火曜はお休みだったから、一週間ぶりに生徒会室の扉を開ける、と。

「――会長サマぁ! ま、待ってました……!!」

「うわっ!? え、……お、小薬さん!?」

「リリリ様は、リリリ様はぁ……っ」

 よよよ、と崩れ落ちる小薬さん。

 一体何がと生徒会室を見てみるも、まだ彼女しかいない模様。

「えっと、……ど、どうしたんですか?」

「うっ、ううっ……中間テストが、終わってしまったんです……!!」

「あ、……ま、まぁ。終わりましたけど、小薬さんは平気なんじゃ」

「そうじゃなくてっ……! 一応テスト日は練習やめようって、しばらくなかったんですぅ! で、でもこれでまた、地獄の100m走がはじまっちゃ――」

「お疲れ様です」

「――ひゃっ!」

 がらり、と扉が開いて、入ってきたのは秋流さん。ああ……そういえば、この子たちは体育祭に向けて自主練してるんだっけ。

「あっ、秋流ちゃん……! その、今日は生徒会だし、練習って……」

「ちょうどいいですね。桜条先輩が会長とお話したいそうで、我々は自主練習に当てていいそうですよ」

「え゛っ!?」

「そ、そんなっ……会長サマぁ……!」

「えっちょ、……私、聞いてないんですけど……」

 お話とかいう響き、不穏すぎる。

 いや、話題の想像はつく。さすがに私の耳にも届いていたのだ。花糸かすみの幼馴染の噂話や、桜条撫子のデート相手の憶測なんかが。幸いにも直接尋ねられてはないから、温かく見守られてるか気付かれてないかのどちらかだと思っていたけど。そんなことに気を張ったり、デートプランに頭を悩ませたりでいつもの数倍疲れる試験期間を、やっと乗り越えたところなのに。

 救いを求めて小薬さんを見ればぱっと、同じ気持ちの瞳と目が合う。これぞ以心伝心。わかりましたよ会長サマ、という様子で頷いた小薬さんが、秋流さんの方を見て。

「そ、そのっ、秋流ちゃん!」

「ええ、なんでしょうか?」

 いけ、頑張れ、小薬さん……!

「リリリ様、そのぉ、……今日の歴史で足捻っちゃって」

「歴史で!?」

 一手目からもう厳しくない!?

「む。本当ですか。それは大変です」

「秋流さんはそれでいいんだ!?」

「そうなのっ! ね、会長サマ! リリリ様っ、もう足が痛くって……」

「えっ!?」

 そこからこっちに振られるの!?

「えっ、れ、歴史……あっ! あのほら、ね? 席立つ時とか……ですよね?」

「そそっ、そう! あーこれじゃ、100mは無理だなぁ……帰り道しか歩けないなぁ」

「なるほど。では帰りの徒歩部分はすべて私が背負いますから、100mは走りましょう」

「いや小薬さん足捻ってるから! スタミナ制とかじゃないから!」

 その交換はちょっと成り立たないかな!

 というか。これもう、小薬さん見境ないし、秋流さんはからかいモードだし。

「秋流ちゃんっ!? さ、さすがにスパルタだよっ!?」

「これもリリへの愛故に。よよよ。涙を呑んで、この清正院秋流、鬼にもスパルタコーチにもなりましょう」

「あっ、わ、私ぃ今体重八トンあるから、さすがに背負うのは厳しいかも?」

「お任せください。八トン抱えて歩いた暁には、ギネス申請も辞しません」

 言いながらずざざざと、迫る秋流さんから逃げて健脚を示しちゃってるし。というかまぁそもそも、そんな雑な誤魔化しで乗り切れるわけもないんだけど。

「かっ、会長サマ、たすけっ……!」

「あー、えっと、……私も用事思い出したのでそろそろ……」

 ごめん、小薬さん。今のうちに私は逃げる、と。



「――……一体、何の騒ぎ?」



 見捨てて帰ろうとしたところで、がちゃり。

 開いた向こうの桜条さんは、鞄を掴んだ私を見ると、にっこり綺麗に微笑んだ。


「――あ! ね、ねえ小薬さん、一緒に走らなきゃですよね! ねっ?」

「えっ!? か、会長サマっ!? リリリ様は走りたくないんですよっ!?」

「まぁまぁそう言わず、いや私もちょうど走りたい――」


「あら素山さん。今日はお話があるのだから、あなたはここに残るのよ」

「…………え、えっと。あの、私も体育祭――」

「ね?」

「…………はい」

 す、とスマホ画面をスワイプして、澪と伶くんの例の写真。脅しに屈した私の横で、秋流さんが小薬さんを引き摺っていく。



「か、会長サマ! せめて、せめてっ、桜条先輩ちゃんサマとデート行くの会長サマかってことだけでもっ! 冥土の土産にするので、あっ、か、会――」



 バタン。と、生徒会室の扉が閉じられて。


「…………」

「……それじゃあ、お話ししましょうか」


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