目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
017 -登校の乱-


 +



「伶」

「……あ、虎走」

「高校の勉強?」

「あー、うん。テスト期間が近くて」

 レッスン合間の休憩時間。授業用のノートを覗き込む虎走一にそうは返すけど、さっきから紙面で目は滑って、文字は全然追えていない。

「どこの高校だっけ?」

「ごめん、だけどそれ秘密だって」

「あはは、そうだったね」

 多分わかってて聞いてるだろうなぁと思う、柔和な笑み。本当に腹が読めないリーダーだし、一応特定されないようにテストもあくまで「近い」って表現にしたけど、とっくに学校くらいは割れてる可能性もある。

「じゃあ、今日のレッスンあまり集中できてなかったのも、テストの関係?」

「う、……悪かった。気付かれてたか」

「これでもリーダーだから、メンバーのことは気にかけてて」

 気付かれないように意識したつもり、だったんだけど。

 だけど。

 集中できてなかったのは、勉強のせいではない。

『遊園地なら、貸し切れるけど』

 それが昨日、届いた連絡。

 いや、もちろん貸し切るほどじゃなくていいし、下手にそんなことしたら伶くんで行かざるを得なくなりそうだし、チケットだけ用意してもらう、で話はまとまったんだけど。てか、遊園地貸し切るって桜条家どんだけなんだ。まぁ、金銭的な余裕を考えたら、チケットで十分ありがたい提案なんだけど。

 でもそう、遊園地。遊園地で過るのはやっぱり、あの夢で。

『回るアトラクションとか、他のプランは任せるから。伶くんじゃなくても、最高にしないと承知しないわよ』

 釘を刺すようなそのメッセージと、夢で見た夕暮れの観覧車とで、頭がぐるぐるしているわけだった。

「……伶、もしかして」

「な、何?」

「……ううん、何でもない」

 向けられた視線はにこりと微笑んで、追及の手を緩めてくれる。危ない。危ないというか、こんな調子じゃマズい。中間テストも、首席維持のために応用とか難問系は復習したいし。

「アイドルに勉強に。根を詰めるのもいいけど、ほどほどにね」

「あはは、うん。まぁ……オレは努力型だからさ」

「努力の天才だけどね」

 首席だって、何もせずに取れてるわけじゃないし。入学した時だって、過去問から傾向を推測して、がちがちに対策したからうまくいったのであって。

 大事なのは生活。首席もアイドルも、崩すわけにいかないポジションだ。

 そう、集中、集中。

 と。

「ところで、伶」

「うん?」

 ノートに目を落としたところで、また虎走。

「来週も土曜、ずれたよね? 予定、空いてる?」

「……あー。……ごめん。埋まった」

「あ、そうなんだ。もう?」

「ちょうど昨日……」

 まさに。件のデート、いつできるかわからないからと、来てた連絡からそのまま予定を入れてしまって。

「……わかった。それじゃ、先にスタジオ戻ってるね」

「オッケー。オレももう少ししたら戻るよ」

 つまり、デートプランの考案と、中間テストを同時に乗り切る必要がある、一週間。

「…………はー、……よし」

 観覧車入れるか入れないかは、金曜の夜に悩んでしまおう。他をバランスよくまとめたらそれでいい。

 あれ。というか虎走、あっさり引き下がったけど、何の用事だったんだろう……とか思ったら。


「ん?」


 スマホが震えて、見ればかすみからメッセージ。

『明日から、一緒に登校できないかな?』



 ■



 小薬さんは、噂で聞いていたよりもずっと良い子だったし。

『あっ、え、えっと……桜条先輩ちゃんサマはっ、……たしかにちょおーっと、会長サマと最近、仲良いかも……? ひゃ、ひゃはっ……』

 言葉を選ぶようにする素振りとか。さまよう視線が、やっぱり気にかかった。

 から。

『私はいいけど、かすみはそれで平気?』

 3分くらいで返ったメッセージに、ほうっと息を吐き出す。

『うん! 迷惑だったらいいんだけど』

 嫌われたくない。どうしても。だからそんなクッションも外せないけど。

 でも内心の、本音の部分。

 そのまま届いてほしいと込めて、追加で一つ、メッセージ。

『もうちょっとちゃんと、お友達だって、皆にいえたらいいなって』

 ほんとは。本音は、お友達より、もっと先。

『いいよ。朝なら合わせられるから大丈夫』

「…………」

 ころり、と鈴の音。こないだのデート、水族館でお揃いにした、ハートに砂と水を閉じ込めた、鈴付きのストラップ。

 恋が叶う、なんて売り文句、きっと全然気にされてないけど。

「……もっと、勇気をください」

 手で握ったら、ちゃり、と響きが止まった鈴の音がした。



 *



「お嬢様、熱心ですねぇ」

「当然よ。今回こそ、一位を取ってみせるわ」

 朝、車内。参考書にノート、教科書を広げて、今日の科目を徹底復習。テストは戦争、戦争なら勝利。桜条の者ならば負けるわけにいかない。

「心が安らかであれば、きっと実力を発揮できますよ」

「そうね! そういう意味でも万全よ。ふふふっ……見てなさい、素山さん」

 週末すぐに結果が出るわけではないけど、マウントを取る用意は完璧。要するに、一点も落とさなければいいのよね? 素山さんにはデートプランを考えさせているから、その分勉強時間も多少削がれるでしょう。私の方は、デートに着ていく服装なんかも、仕乃に候補の選定をお願いしている。

「っふふ、うふふ、あははははっ! いける、いけるわ! 力が満ちてる!! 今ならヤツを倒せるわ……!!」

「お嬢様、悪のオーラが滲んでますよ」

「滲ませてるのよ!! これがわたくしの真の力――って!?」

「到着ですが……どうなさいました?」

 あれ、は!?

「あ、ありがとう……わたくし、行ってくるわ」

「ええ、いってらっしゃいませ……ああ、なるほど」

 手早く荷物を片付けて、車を降りる。納得した様子の仕乃も、きっと目に留めたのだろう。

 ざわつく周囲と、恐らく意識的な彼女と、多分気付いていないだろうバカ一人。

「あっ! 桜条さん、おはようございますっ」

「あっ……おはよう、ございます」

「ふ、ふふ……ええ、お二人とも、ごきげんよう。素敵な朝ね」

 あくまで冷静に、挨拶したけれど。

 いや。

 花糸かすみ。

 素山澪。

 何であなたたち、一緒に登校してるのよ!


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?