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「伶」
「……あ、虎走」
「高校の勉強?」
「あー、うん。テスト期間が近くて」
レッスン合間の休憩時間。授業用のノートを覗き込む虎走一にそうは返すけど、さっきから紙面で目は滑って、文字は全然追えていない。
「どこの高校だっけ?」
「ごめん、だけどそれ秘密だって」
「あはは、そうだったね」
多分わかってて聞いてるだろうなぁと思う、柔和な笑み。本当に腹が読めないリーダーだし、一応特定されないようにテストもあくまで「近い」って表現にしたけど、とっくに学校くらいは割れてる可能性もある。
「じゃあ、今日のレッスンあまり集中できてなかったのも、テストの関係?」
「う、……悪かった。気付かれてたか」
「これでもリーダーだから、メンバーのことは気にかけてて」
気付かれないように意識したつもり、だったんだけど。
だけど。
集中できてなかったのは、勉強のせいではない。
『遊園地なら、貸し切れるけど』
それが昨日、届いた連絡。
いや、もちろん貸し切るほどじゃなくていいし、下手にそんなことしたら伶くんで行かざるを得なくなりそうだし、チケットだけ用意してもらう、で話はまとまったんだけど。てか、遊園地貸し切るって桜条家どんだけなんだ。まぁ、金銭的な余裕を考えたら、チケットで十分ありがたい提案なんだけど。
でもそう、遊園地。遊園地で過るのはやっぱり、あの夢で。
『回るアトラクションとか、他のプランは任せるから。伶くんじゃなくても、最高にしないと承知しないわよ』
釘を刺すようなそのメッセージと、夢で見た夕暮れの観覧車とで、頭がぐるぐるしているわけだった。
「……伶、もしかして」
「な、何?」
「……ううん、何でもない」
向けられた視線はにこりと微笑んで、追及の手を緩めてくれる。危ない。危ないというか、こんな調子じゃマズい。中間テストも、首席維持のために応用とか難問系は復習したいし。
「アイドルに勉強に。根を詰めるのもいいけど、ほどほどにね」
「あはは、うん。まぁ……オレは努力型だからさ」
「努力の天才だけどね」
首席だって、何もせずに取れてるわけじゃないし。入学した時だって、過去問から傾向を推測して、がちがちに対策したからうまくいったのであって。
大事なのは生活。首席もアイドルも、崩すわけにいかないポジションだ。
そう、集中、集中。
と。
「ところで、伶」
「うん?」
ノートに目を落としたところで、また虎走。
「来週も土曜、ずれたよね? 予定、空いてる?」
「……あー。……ごめん。埋まった」
「あ、そうなんだ。もう?」
「ちょうど昨日……」
まさに。件のデート、いつできるかわからないからと、来てた連絡からそのまま予定を入れてしまって。
「……わかった。それじゃ、先にスタジオ戻ってるね」
「オッケー。オレももう少ししたら戻るよ」
つまり、デートプランの考案と、中間テストを同時に乗り切る必要がある、一週間。
「…………はー、……よし」
観覧車入れるか入れないかは、金曜の夜に悩んでしまおう。他をバランスよくまとめたらそれでいい。
あれ。というか虎走、あっさり引き下がったけど、何の用事だったんだろう……とか思ったら。
「ん?」
スマホが震えて、見ればかすみからメッセージ。
『明日から、一緒に登校できないかな?』
■
小薬さんは、噂で聞いていたよりもずっと良い子だったし。
『あっ、え、えっと……桜条先輩ちゃんサマはっ、……たしかにちょおーっと、会長サマと最近、仲良いかも……? ひゃ、ひゃはっ……』
言葉を選ぶようにする素振りとか。さまよう視線が、やっぱり気にかかった。
から。
『私はいいけど、かすみはそれで平気?』
3分くらいで返ったメッセージに、ほうっと息を吐き出す。
『うん! 迷惑だったらいいんだけど』
嫌われたくない。どうしても。だからそんなクッションも外せないけど。
でも内心の、本音の部分。
そのまま届いてほしいと込めて、追加で一つ、メッセージ。
『もうちょっとちゃんと、お友達だって、皆にいえたらいいなって』
ほんとは。本音は、お友達より、もっと先。
『いいよ。朝なら合わせられるから大丈夫』
「…………」
ころり、と鈴の音。こないだのデート、水族館でお揃いにした、ハートに砂と水を閉じ込めた、鈴付きのストラップ。
恋が叶う、なんて売り文句、きっと全然気にされてないけど。
「……もっと、勇気をください」
手で握ったら、ちゃり、と響きが止まった鈴の音がした。
*
「お嬢様、熱心ですねぇ」
「当然よ。今回こそ、一位を取ってみせるわ」
朝、車内。参考書にノート、教科書を広げて、今日の科目を徹底復習。テストは戦争、戦争なら勝利。桜条の者ならば負けるわけにいかない。
「心が安らかであれば、きっと実力を発揮できますよ」
「そうね! そういう意味でも万全よ。ふふふっ……見てなさい、素山さん」
週末すぐに結果が出るわけではないけど、マウントを取る用意は完璧。要するに、一点も落とさなければいいのよね? 素山さんにはデートプランを考えさせているから、その分勉強時間も多少削がれるでしょう。私の方は、デートに着ていく服装なんかも、仕乃に候補の選定をお願いしている。
「っふふ、うふふ、あははははっ! いける、いけるわ! 力が満ちてる!! 今ならヤツを倒せるわ……!!」
「お嬢様、悪のオーラが滲んでますよ」
「滲ませてるのよ!! これがわたくしの真の力――って!?」
「到着ですが……どうなさいました?」
あれ、は!?
「あ、ありがとう……わたくし、行ってくるわ」
「ええ、いってらっしゃいませ……ああ、なるほど」
手早く荷物を片付けて、車を降りる。納得した様子の仕乃も、きっと目に留めたのだろう。
ざわつく周囲と、恐らく意識的な彼女と、多分気付いていないだろうバカ一人。
「あっ! 桜条さん、おはようございますっ」
「あっ……おはよう、ございます」
「ふ、ふふ……ええ、お二人とも、ごきげんよう。素敵な朝ね」
あくまで冷静に、挨拶したけれど。
いや。
花糸かすみ。
素山澪。
何であなたたち、一緒に登校してるのよ!