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016 -イマジナリードスとネオ化学室-


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「っはぁ、……ひぃ、……ひゃあ……っ、も、もう、無理」

「しっかりしてください、リリ。あと40mで一周です」

「む、むりだよぉ……」



 し、身体能力補助ロボ、リレーのコースを立体迷路化、走る距離を選択問題の解答にっ、――は、はぁ。

 だ、ダメ。どの案も多分秋流ちゃんを説得できない。でも酸欠で頭回らなくて、別案でない、し、しぬ。リレーの一周、まともに走るには長、すぎっ。



「もっ、……む! むり……」

「では休憩にしましょう」

 べたり、へたり込んで、そのまま倒れる。

「いいペースですよ、リリ。このままいけば、二週間後までには一周走れるでしょう」

「あっ、……あき、らめ、」

「ええ、諦めないですよね。さすがリリです。もちろん存じておりますよ」

 らめる、らめるよ、リリリ様は。

 鬼教官と化した秋流ちゃんに、どこにもない助けを求めて視線を彷徨わせる、と。

 あれ。視線の先に、微妙な表情の風紀委員。いつの間に。

「……小薬さんって、100m走れないんですね」

「……ぼ、凡びゃ、……かんそっ、も、凡百だねっ、…………ひゃ、……はは……」

 凡百、こと風穴かざあな紀子のりこ。いつも妙に突っかかってくるし煽ればキャンキャンぶっそーに吠えるクセに。今日はムカつく顔で溜め息一つ。

「無理して煽らないでください。そんな姿で煽られても効きませんので」

 えー。別に、無理は、まぁしてるけどぉ? 追加で煽る余裕もないから、ちゃんと煽り散らかせるようにがんばって息を整える。間にも、なんで来たのか凡百は周囲をきょろきょろとして、呆れたように凡百な台詞。

「こんなところでリレーの練習ですか? 明日中間テストなのに、余裕ですね」

「リリがどうしてもと言うので、私は泣く泣く」

「い、いや、……秋流ちゃ、……」

「さすが、学年首席ですね」

「……そういう、凡百は、何しに」

 いや、まぁ。秋流ちゃんの適当な言葉には反論するだけ負けではあるから、そこは呑んであげるとして。

 ようやく息が整ってきたから、迎え撃つために身を起こす。凡百はまだ周囲をきょろきょろして、何か探してるっぽい?

「いえ。……まぁその、……変なことはしてないみたいですね。生徒会が部対抗リレーってこと自体、変ではありますけど」

「……あ!」

 ははーん。当たり障りないこと言ってるケド、なるほどねぇ? きょろきょろしてたのももしかして、言い訳探しぃ?

「へぇー? あ、そういうコトですかぁ」

「な……、何?」

「リリリ様にそういう適当なごまかし、効くわけないじゃーん。ひゃはっ、全く凡百ってば、可愛いとこあるんだねぇ」

「は、はぁー!?」

 過剰反応は図星の証。まったくもー。

「だだだっ、だだ、っ誰が、か、可愛いですか!!」

 いやそこじゃないけど。まいいや、効いてるみたいだし。

「あんなにキャンキャン吠えといてぇー、リリリ様が化学室に全然いないから寂しくなったんでしょ? ごめんねぇー、リリリ様がいないと寂しいよねぇ?」

「なななっ、な、な! な、な、な」

「いいよいいよんっ! 凡百のために、風紀――乱してあげよっか?」

「ふ!? ふふ、ふっ、ふ! ふ、」

 あー、効いてる効いてるっ。紅潮してぷるぷる震える凡百に、背伸びして顔を近づけ、至近距離でとびきりの煽り顔を披露。

 キタキタ、今が押しドキ!



「ねっ、……凡百は、どんな風に乱してほしー?」

「――うらあぁぁあっ!!」

 っ!?



「は!? ちょっ」

「風紀万歳!! おりゃあああ!」

「ひゃあああっ!?」

 手、手出すな! 間一髪、一瞬掠めたから!!

「令和! ちょ、凡百の風紀委員が手出しちゃダメでしょっ!!」

「お黙れですわっ! ドスじゃねーだけ有難く思いやがれ!」

 握るジェスチャーするな! ドスならリリリ様死ぬでしょうが!

「秋流ちゃん、秋流ちゃん風紀、風紀が!!」

「もう、リリも風穴さんも、こんな公共の場ではしたない……」

 ああダメだ、当然秋流ちゃんは役立たない。顔真っ赤の見本みたいな暴走風紀委員を止める手立ては、手立て!

「あっ――そうだ凡百! テスト期間だよっ! テスト期間!」

「だから何ですかっ!」

「凡百めちゃくちゃ成績わるかったでしょ! ねっ?」

 ふう、さすがリリリ様。ここは冷静に、論理的に説得すれば。

「凡百は凡百なりにせっせと地道に勉強しないとっ! 天才リリリ様とはデキが全然違うんだからぁ、こんな余裕ゼロじゃないですか? 留年待ってますよ、ホラホラぁ」

「…………」

「まぁリリリ様はぁ、そもそもテスト用の対策ゼロでもいけるんだけどぉー、ま凡百はそういうの無理だろうしー? あ、何なら教えてあげよっか? 凡百がどーしてもって――」

「でやぁあああ!!」

「い、ひゃっ! ちょ、まだ途中!!」

「皆まで言わすかァ! 大体そんなに悪くねぇわのよ! 去年の期末も、赤点回避三教科!! あるから!!」

「さ、…………え!? か、回避が三!?」

 中等部の赤点ラインで!? こっちの想像越えてこないで!?

「風紀は頭じゃねーんですよ! 風紀は物理、力こそ風紀!」

「違うって! だから令和だってば!」

「ふふふふっ、小薬ィ……年貢の納め時ですよォ」

 ゴゴゴゴと謎の効果音が凡百の手の内で渦巻いて、イマジナリードスが握られる。

 やばい、――られる。

 論理とかカンケーない、本能が訴えて思わず。


「――わかった! 吐く、吐くからっ……!」


 言葉が口をつく。

「…………ほう?」

「ちゃ、ちゃんと計画、あるから」

 しかたない。命と引き換えにはできない。凡百に鼻を明かされた形になるけど、これくらいは譲歩してやるべきだろう。

 敗北感を噛みしめながら、絞り出すように吐き出す。


「……ネオ化学室」


 寂しがっていたみたいだけど。好き放題やれる化学室を、リリリ様が、みすみす諦めるわけがない。

「そのうちできる。今は、建設中」

「っ――は! ネオ化学室!」

 にんまりと笑って、めちゃくちゃゴキゲンになる風紀委員、いや、風紀破壊委員。ゴキゲンになるなよこんなことで。

「いいんですかぁ? この私にそんなことを明かしやがって」

「今回は、……でも、このままだと思わねー方がいいですよ、リリリ様を舐めるな」

「……ふふ。いいでしょう。今日はそんなに風紀も乱れていないようですし」

 す、とイマジナリードスが掻き消えて、凡百は、桜条先輩ちゃんサマの百分の一くらいの優雅さでスカートを持ち上げた。

「また学園の風紀が乱れたら、その時は」


 ごきげんよう――、と。


 離れていく背を睨みつけていると、秋流ちゃんがぽつり。

「リリ、体力回復しましたね?」

「今のくだり触れずに!?」

 ツッコミとか、統括とか!

「さ、もう一周」

「えっ!? あっ、リリリ様、勉強しないと不安かもぉ、中間テスト、ね?」

「大丈夫。私がその分勉強します」

「意味ないからね!?」

「一心同体というやつです」

「あっ今全然感じられない! 心通じてないよ! 秋流ちゃん!」

「ほら、リリ――む」



 と。秋流ちゃんは顔を上げると、いきなり離れる。



「失礼。私はこれで」

「え?」


 特に説明もなく解放してくれて、呆気に取られていると。


「――あの、」


 背後から、遠慮がちに声がかかった。凡百とは違う涼やかな声は、どこかで聴いたことあるような。

 振り返ると、有名人。


「……ええっと、」

「あっ、花糸かすみです。えっと、……一年生の、生徒会の子、だよね?」

「えっと、……う、うん。そうだけど」

「ごめんね。今時間大丈夫なら、澪ちゃんの生徒会での様子、聞いてみたくって」

「え、……――っひゃ、」

 遠慮がちな笑顔で柔らかい声音だし、言葉もすごく丁寧なのに。

 煽ったりしてはいけない空気に思わず固まって。再び本能が、さっきより強く警鐘を鳴らす。

「あっ、……あの、迷惑だったらごめんね?」

「そそそ、そんな! と、とんでもないでひゅ……ご協力しまひゅ」

 何も言わずに逃げた秋流ちゃんを、心の中で恨んだ。


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