目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
015 -呪われた告白の木-


 *



「なこ、ほんとに入る?」

「へ、平気よ! これくらい」

「あたしは心配だけどなぁ」

「姉さんに心配してもらうほどじゃないし、ほら、あの子たち行っちゃうじゃない」

 桜条撫子が、お化け屋敷に負けるわけない。

 目の前のおどろおどろしい施設は、駅ビル、テナントの入ってない区画を丸々使って仮設されたお化け屋敷。カップル向けを謳う期間限定のキャンペーン、だけどカップル向けには怖すぎるという噂が立ってか、人気はほどほど。待機列も出来てないその入口に、今まさに目の前で吸い込まれていく花糸さんと素山さん。まさか、ここで見つけるとは思ってなかったけど。

「平気だから、ほら姉さん!」

「わかったわかった。怖かったら、ちゃんと言うんだよ?」

 大人ぶった、というより実際大人のお節介な返しをしてくる彼女は、実際の姉などではない。

「全く、仕乃姉さんってば。私、いくつになったと思ってるの」

「十六はまだまだ子どもだよ~」

 ここしばらくはお手伝いさんとしてばかり接してくれていたから、大学生らしい私服を見るのは久しぶり。この頼りになるお姉さん、のような口調も同様で、何だったらすこし新鮮なくらい。

 梅園仕乃。彼女は別に、正式なハウスキーパーとして雇われているとかではなく。桜条と縁のある梅園家の次女で、普段は大学生のはずなのだけど。どう時間を捻出してるのか、私の生活を手伝ってくれているのだ。

 だから私には二つの顔を見せてくれるわけで、といってもまあ、親戚のお姉さんとしての彼女もやはり世話焼きだし、どころかお手伝いさんとしての彼女より、世話を焼いてくる節さえあるけど。

「なこ。あそこからお化け出てくるから、注意した方がいいよ」

「わわっ、わかってるわよ! それに別に、怖くないから!」

 そんな彼女と一緒であれば、お化け屋敷も忠告付きに。普段の彼女であれば基本的には黙って控えて、私が多少、いや少し、いえごくごく僅かに驚いたりすればそういう時に、お嬢様大丈夫ですよとか言い添えてくれるくらいのはずなのだけど。

 彼女の示した、学校の校舎入口を模したセットの中を、まあ一応忠告を頭に入れつつ、呼吸を止めて慎重に横切ると。

『ラブレターの恨みィイイイ!』

「っ……!」

「あははっ! どんな恨みなんだろ」

「……よっ、……予想通りね」

 突然、下駄箱から飛び出す手。けらけら笑う仕乃の横で一切動揺していない様子を見せてあげれば、何も言ってないのに手を握ってきた。

 全然鼓動が早まったりしていないのだけど。ま、まあ? 一応こういう事前忠告とか、何なら同行者さえ本来一切必要ないのだけどもね? 仕乃もきっと怖いのでしょうしええ、いいでしょう。手も、あなたが怖いなら握ってあげるわよ。

 にしてもすこし、怖すぎる。やっぱりこれはカップル向けではないでしょう。多分。

「でも、なこ」

「……何?」

 ぎゅ、と手を握りながら。油断なく周囲を観察する私に、仕乃が唐突に。

「なこも誘えばよかったんじゃない? 素山さんとデート、したかったんでしょ?」

「はっ、……はあー!?」

 何を言い出すかと思えば!

「デ、……い、いや、何でよ!」

「まぁまぁ、何でとかいいじゃない? とりあえず誘ってみてさ」

「なんで私が!! いっ、意味わからないわ!!」

「なこは、諦めてないんでしょう?」

『ぎゃあああああ』

「――っぎゃああああ!? っ、は、……あ、あき、え?」

 いやもう絶対、今じゃないでしょ。なんでお化け屋敷でこんな話してるわけ!?

「伶くんのこと。本気で諦めたくないならさ、素山さんとも、デート、行きなよ」

「……関係ないでしょ、伶くんに、素山さんは」

「そう?」

 本当に。全然違うじゃない。伶くんに対してのドキドキと。素山さんへのなんかこう、何とも言えない感情は。

「まぁ関係なくてもさ、素山さんとお友達になってみるのも、悪くないと思うんだ」

「お友達って……」

 そりゃ。ダメではないですけど。別に。

「それにほら、デート中に、伶くんとして振る舞ってもらえるかもよ」

「………………」

 まぁ。

 それはたしかに、悪くはないけど。





 なんて、思案していたのが十分前で。

「え、えっと……なこさんは、その、……かすみは?」

「……あなたと同行してた子なら、仕乃が心配して探しに行ってくれたわ」

「あ、そうですか……ご、ごめん」

「ほんとよ。人の顔見るなり逃げ出して」

 進むうち、花糸さんの悲鳴で常に距離が掴めるようになり、どこで驚きポイントがあるかもわかるようになり。といってもこちらも後ろが詰まるから、ある程度急がざるを得なくなって。いよいよ追いついた、と思ったら目が合うなり走り出すし、花糸さんは置いていくし。

『あの子、かなり怖がってたよね……ごめんなこ、ちょっとここで待ってて』

 順路を慌てて進んだら先に木に辿り着いてしまい、花糸さんの悲鳴は聞こえたままで。仕乃はそう言って行ってしまったから、一人ここで、待たされていたわけで。

「私はお化けじゃないんだけど」

「そ、それはわかってますけど……」

「あの子置いていったのも、ほんと情けない」

「う……反省してます」

 流石に後ろめたいのか、素山さんはいつもより妙に素直。

 それに。私も、伶くんと話すための『なこ』で、彼女と話すのは初めてな気がする。少し新鮮というか、くすぐったいような距離感。そう思うのは多分、さっき仕乃が言ってたデート云々のせいもあるけど。

「えっと……今日、もしかしてずっと、ついてきてました?」

「……ついてきた、……わけじゃないけど」

 一応。詳細なプランは把握してないし、ずっとべったりだった訳では本当にない。けど。

 駅前でというから、仕乃と周辺を散策していて。そうしたら、まあ、見つけてしまったから。どんなものかと確かめようとしたというか。

「……見かけたからって、同じところに入ったのは悪かったわ」

「い、いや……まぁ、……ダメではない、と思いますけど……」

 言いつつも、信じてるとは言い切れない目。いやまあ、正直私も客観的に、疑われてもしかたないとは思う。でも。気になるけどそこまで積極的になる程じゃないというか、というかそもそも気になるって何なのとか、そういう微妙な気持ちの話を、細かくするのもちょっと、口がうまく動かないし。

 そして彼女の瞳の残りは、「どうして」と。それも当然だけど。

 それこそ、私にだってうまく言えない。掴めない。

 のに。

「…………」

 多分、あんな会話のせい。

 もう少し、もうちょっとだけ、口が動けば。

 なんか、流れに任せてしまって。デートくらいには誘えるような。

 そう思うとすこし、こんなの緊張じゃないと思うけど、胸がなんか、すごく、ドキドキとしてきて。

「あの」

 喋るために息を呑んだら、一緒に鼓動が跳ねる感覚。

「邪魔するつもりはなかったの。でも……」

「……でも?」

 なんか。なんで、素山さんも。そんな、すこし、声が動揺してるの。

「だって、……私も、その」

 暗いし直視、できない、けど。素山さんの頬は今、染まっている?

 言ってしまえ。だって。そうしたいのは本当でしょう。なら、言っても大丈夫。

「っその! 私も、素山さんと――」



『こおおおおくはくだぁ!!』



「――ッ、いやあああああああああ!? ぅげほ! げほっ!」

『告白だぁ! 告白をしろ!!』

「けほっ、はっ、……はあ!? あ、あなた、私今!!」

『今ぁ?』

「今――……い、……し、……しようとはしてなかったけど!!」

 いや!! え!? し、てないけど。でもいや、不意打ちだし、タイミング考えなさいよ!?

 未だにばくばくと心臓が打つ中、飛び出してきた幽霊、もといキャストを睨む。

『告白だぁ』

「あ、あはは……もしかしたら、先に告白を迫る感じで全員脅かすのかもですね」

「ありえない、……な、なんなの」

 こんなの人気出るわけないでしょう! せめて空気は読みなさいよ、何らかの!

「……どうする? 桜……なこさん」

「っあなたがしなさい! 当たり前でしょ」

「いや、……まあ、そう?」

 当然!

 ばくばくする鼓動を抑えながら胸の前で腕組みをする。素山さんは、はあ、と深い溜息を吐きながら、こそこそと耳打ち。

「あの……一応なんですけど、キャストさんの前なんで、私としてになっちゃいますけど」

「ダメよ! 見た目はともかく、態度とか口調は伶くんでやりなさい」

「え、ええ……」

 当たり前でしょう。まぁほとんど反射的にというか、そう返したところで。

「あ、そう……だ」

「え……なんですか?」

「その、……………………」

 そう、そうよ。これなら別に、私から言ってることにならないし。そうよね?


「あの。告白だけど、私をデートに誘いなさい」


「え……………………。……え!?」

「全力で、あなたが行きたいから、私をデートに誘うのよ。いいわね!?」

「い、……え!? え、どっち!? 本気で!?」

「当たり前でしょ!」

 当たり前よね!?



「……なこ」

 と。

 声をかけられた瞬間。

 ちょっと間違ったかも、と思ってしまうくらい。

 ちゃんと言いなさいと圧をかけるつもりで、合わせた目が。そもそも素山さんのままなのに、伶くんとして言わせようとしたこととか。

「ここで言うの、ちょっと雰囲気なくてごめんね。……でも、……なこには、ちゃんと伝えたいから」

 素山さんも、律儀にまっすぐ目を見てくるし。その癖、ほんの少しだけ、伶くんの時より動揺とか、迷いとか見せてくるし。もっと徹底しなさいよと思うけど、私も全然、お嬢様どころか、なこも繕えていない気がして、それどころじゃなくて。

「なことさ、今より近くに行きたい。もっと距離を近づけたい、から」

 う、わ。ダメ。ダメよ。そう、よ。そう。伶くんを感じるから、きっと頬が赤くなってる、の。そのはず。

「だから……なこ」

 当たり前、かもしれないけど。

「よかったら一緒に、デートしてほしい」

 前髪越しのその瞳は、伶くんのものと、同じ色で。



「お、……ねがい、します……」



『告白大感謝ぁ! ありがとォオオ』


 ほんとこの幽霊、邪魔だなと思った。



 +



「っ澪ちゃん!! みおちゃん、ほんと、っ……こわかった……!!」

「ごめん、かすみ……ほんとごめんね」

「ううん、私が無理して入ろうって言ったから……ほんと、ごめん……!!」

 流れに任せて告白、というかデートにお誘いしてしまった後。別でやってきたスタッフの人が、同行者がリタイアしたと伝えてくれて。

 ぎゅっと抱き着いてきたかすみに、安心させるように腕を回しながらも、まだ鼓動はばくばくしている。

 さっきの桜条さんの一つ一つの反応とか。言う時、変に意識してしまったのもそうだった。けど。

 それだけじゃなくて。

『――あの。一応ですけど、ほんとにデート行くなら、伶くんとしては流石に無理ですよ』

 念の為。別れ際に、桜条さんにそう囁いたら。

『……なにか問題?』

 どうしてか。暗闇の中でも、桜条さんの頬は染まって見えたのだ。



 いやまぁ、それもこれも、幽霊が色々出てきたりとか、シチュエーションのせいだろうけど。

 今日のメインはかすみとのデートだし、頭を切り替えようと思いながらも。まだ治まらない鼓動を感じて、深々と息を吐き出した。

 お化け屋敷、というか吊り橋効果、恐るべし。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?