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014 -臆病と吊り橋効果と戦慄の廃デートコース-


 ■



「――身の毛もよだつ”恐怖”を楽しむリアルお化け屋敷。本物と遭遇するという噂もあるので、心臓の弱い方はご注意ください』……」

「ねっ澪ちゃん、おねがいっ……!」

「まあ、私はいいけど……かすみ、……やっぱり物好きだよねぇ」

「えへへ……」

 笑顔を見せながら、手はぎゅっと。

 澪ちゃんの腕を引っ張って、どうにか心を奮い立たせて。

 こわい。こわいけど、これも今よりも近づくため。澪ちゃんと距離を近づけるため。

「かすみ、足が子鹿みたいに」

「だ、大丈夫っ! これは武者震いだよ!」

「……ほんとにいいんだよね? 結構コース流そうだよ?」

「う、……うん!」

 いつもは、すこしでも意識されたいから。心臓の方に、つまり胸元に引き寄せてるけど。今はそれも理由のひとつに含めながら、でも純粋にすがりたくって、澪ちゃんの腕を抱き締めてみせる。

「澪ちゃんが一緒にいてくれたら、だいじょうぶ」

 きっとそれは、本当。

 ほんとは、お化けとか怖いのはすごく苦手。お化け屋敷なんか入ろうと思わないし、怖がりながら楽しむなんて器用なこともできなくて、逃げ出したい気持ちでいっぱい、だけど。

「わかった。……まぁ、映画もホラーなの意外だったけど、かすみも楽しんでたみたいだし」

「う、うん! そう、……ね。えへへ、趣味なのっ、そう」

 こうしたら。

 いつもよりずっと近づいたって、状況が誤魔化してくれるし。吊り橋効果……がホラー平気な澪ちゃんに働くかはわからないけど、でも、すこしでも、私のことを意識してほしい。



『――桜条さん? え、ええと……友達というか、まあ、……え、……っとうん。でも、うまくいってないとかは、ないと思う…………よ』

 それとなく。生徒会の仲を尋ねつつ、探りを入れた時。

 何だか色々言葉を選んでる様子の澪ちゃんに、全部教えてと言ってしまいたいのも呑み込んで、でも、見逃せなかった表情がひとつ。

 一瞬。言葉を選ぶ中で浮かべたそれが、あの時と重なった。

 月曜日。生徒会の人たちが呼び出されてたあの日。夕暮れの中で、戸惑いながらすこしだけ頬を染めていた、見たことなかった表情と。



「――ねっ? だからお願い、澪ちゃん」

「わかった……かすみがいいなら、行こっか」

「うんっ!」

 ぎゅっと縋って、震える足をどうにか進める。

 こんなこと、回りくどいしバカみたい、かもしれなくても。でも、ちゃんと伝えられない私でも、すこしでも距離を近づけたい。

 ずっと前から好きなのに、今更負けたくなんかないから。


「澪ちゃん、」

「え?」

「あの、……いなくならないでね?」

 ほら。

 お化け屋敷に入るためとか、理由を用意しちゃえば、こんなことだって言えるのに。


「あはは、もちろん。万一はぐれても、ちゃんと見つけるから大丈夫」

 そんな。誤魔化しで包んだ重たい言葉も、素直に受け取って微笑む彼女。

 澪ちゃんが、あまり目立っていなくてよかったって思う。澪ちゃんのこういうところを知ったら、きっと好きになる人なんて大勢いる。それを一人占め出来てるのが嬉しい、なんて心が狭いことを思いながら。

 もっと勇気を出せるように。それと、澪ちゃんが同じ気持ちになってくれるように。

『期間限定! 特設お化け屋敷:戦慄の廃デートコース ~呪われしカップルたち~』

 おどろおどろしい文字が並ぶそこへ、ごくりと唾を飲み込んで、足を踏み出した。



 +



 いや、廃デートコースって何。

 と思っていたけど、中に入ると意外と本格的で。

「みみっ、澪ちゃん澪ちゃん澪ちゃん!! あそこっ、なにか、何かいるっ!」

「あ、……あれは出そうだね」

 曇っているという設定らしく、二階分の高さがある暗い天井は世界演出にちょうどよく。並ぶ街灯はお洒落さを不気味に崩したみたいな外観で、時々露骨にカップル向けっぽいハート型の石とかが聳えてたりする。と思えば室内らしき場所も入り組んで、雑多に恋愛要素と怪談を繋げた謎空間が広がっていた。

 そんな一角。ゲームセンターを模した区画の、ケースが壊れたUFOキャッチャーの中に、人影みたいな何か。微妙に動いてるところを見るに、あれは多分スタッフの人だろう。多分通ると驚かしてくるんだろうな、と予期しながら向かおうとすると。

「み、みおちゃん……っ!」

 囁きと悲鳴を一緒に出したみたいな器用な声、ぐっと引っ張られて転びかけ、慌てて踏みとどまった。

「だっ、……大丈夫だよ、かすみ。私が一緒だし、目、瞑ってもいいから」

「うんっ……うんっ……!!」

 う、うーん。本当にホラー好きなのかと改めて疑問が湧くけど、どうしても入りたいのはそうだったようだし。本気で怖いからこそ楽しい、とかそういうのかもしれないけど、どうみても重症。すこしでも安心させられたらと、肩ごと掴むように引き寄せても、完全に震えが止まることはなく。

 こうして毎回足が重くなると、後ろのお客さんを待たせちゃうだろうし。次リタイアできる場所があったら提案してみよう。と考えながら足を進めると案の定、ばん、とケースを叩く演出。

「いやああああああっ!!!」

「っぐ!?」

 ぎゅ、としがみつかれた、のはほとんど首回り。

「か、っ……息、……かすみっ……」

「いやーっ!! いやっ、無理、無理無理無理っ、澪ちゃんっ……!!」

「だ、だいじょ、ぶ……」

 回った腕と背中とを叩いてギブアップ。意識が遠のきかけた頃、すこし手が緩んでどうにか、オトされることなく脱出できた。

「は、はあっ、はあっ、だ、っ……だいじょうぶ、だから」

「っう、うん……! 澪ちゃんがいてくれてよかった、ほんとに、……」

 これは。このままラストまで行くと、私が危ないかもしれない。

 危機感を覚えながらどうにかUFOキャッチャー前を突破すると。通路の先に、『リタイアはこちら』の文字が。

「あっ! かすみ、あれ!」

「え――」


『この先にはァ!!』


「――っきゃあああああああああ!!!」

「ぐえっ!!」

 不意に上がった老婆の声、と思った瞬間ほとんどタックル。ぶっ倒れなかったのは、アイドルとして鍛えられた体幹のお陰。

『この先には、告白にいい木があってなぁ……』

 ひーっひっひっひっひ、と笑う老婆の音声が再び流れて。あ、息が。意識が。



「――澪ちゃん? 澪ちゃんっ!! みおちゃん!!」

「っは!?」

『告白にいい木があってなぁ……』

「っ……あ! 澪ちゃんっ……! 大丈夫!? ごめん、苦しかったよね……!」

 多分すこし、意識がトんでた。あわやお化け屋敷のキャスト入りというところ。

 かすみの潤んだ心配げな瞳を見ながら、聞こえてきた単語をぼんやり繰り返す。

「こ……こく、はく」

「うんっ……そう! 澪ちゃん、わかる? 告白ができるって! そういう木があるんだって……!」

 なんて必死な声なんだ。まだぼんやりの意識もあいまって、感動的なドラマのエンド付近っぽい。かすみが伸ばした震える指先が、まっすぐに示す先。

 その先に、綺麗な景色が広がっていれば完璧なんだけど。あるのは老婆の横の看板と、並ぶおどろおどろしいフォントだけ。

 曰く、『呪われた木の下では、訪れた者が告白しなければ、恋を遂げられなかった怨霊が現れて恐ろしい目に遭う』。

「……告白したら出てこない、んだ」

「うんっ、だから、告白しないと、だよ、ねえ、……澪ちゃん」

 怨霊なのか、それは。恋を応援してくれるってこと?

 三度読む頃には頭もはっきりして、思わず冷静にそんなことを考えてしまうけど。

 いや。案外告白させておいて、結局恨む怨霊が脅かしてくるってパターンの可能性も……とか先読みはあまりよくないのだろうか。というか、それはそれとして。

「でもほら、かすみ。ここまで行かなくてもさ、あそこにちょうどリタイアが――」

「ッ告白!!!!」

「――!?」

 ぎゅっと。一瞬息を呑むくらいの勢いで、手を掴まれた。

「告白しないとなんだって!! ね? 澪ちゃん。そういう場所があるみたい」

「……い、いやでも、もし怖いなら」

「ぜんぜんっ!? ほんと、何にも怖くないよ! 澪ちゃんと手繋いでなくても平気!!」

 ぱっと、手を放してひらひらと。いや、ほんとに?

 だってさっきまで、と疑うような顔をしてたのか、かすみはなぜかすごく慌てたように、視線をあちこちにさまよわせて、上擦った声で続ける。

「あっ、えっとほんと、ぜんぜん怖くなくって、私一人でも平気なくらい――」


 と。

 その時にちょうど、人の話し声と足音が。お化け屋敷の演出じゃなくて、単に後ろのお客さんたちが来てしまったのだと、そう分かる距離感に振り返って。



「――うわあっ!?」

「きゃっ!?」


 お化け屋敷で、初めて悲鳴を上げた。


「み、澪ちゃん!? どうしたのっ!?」

「っなな、なんでも! だ、かすみっ、大丈夫、早く行こう!」

 咄嗟に立ち上がって、急いで先へ。

 目が合ったのはもちろん人間。どころかよく知る人物で。

 いやなんで! どうしてここに、桜条さんが!? しかも『なこ』の格好で!?

「あっ澪ちゃん!? そこ違うんじゃ」

「かすみほら、急いで!」

 後から冷静に振り返れば、急ぐ必要は別になかった。突然の状況だとか、『なこ』は伶くんと直結するもので、かすみにはアイドルのことを隠していたから、なんて理由でテンパったのだろう。

「――み、澪ちゃん!? どこっ!?」

「ごめん、多分一つ隣……!」

「ねぇ澪ちゃんっ、ね、なにか、何かいる……!」

 そうして失敗、大失敗。

 焦った私はかすみの手を掴み損ねて、でもついてきてくれるだろう、大丈夫のはずだと足を進めて。どうやら、順路外から迷路ゾーンに入ってしまったらしい。

「大丈夫、大丈夫だから……!」

 安心させるために声を出しつつ、どうにか辿り着こうとしてたら、――唐突に広い空間に出た。


「っひ……!」

「いきなり悲鳴なんて、失礼ね」



 大木を模したハリボテ、その横に佇む人影。


「お、……桜条さん」

「ちょっと」

「あっ、……えっと、……なこさん」


 Audit10nEEのイベントで、何度も見た彼女が。

 どこか心細そうに、呪われた告白の木の横に立っていた。


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