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「――身の毛もよだつ”恐怖”を楽しむリアルお化け屋敷。本物と遭遇するという噂もあるので、心臓の弱い方はご注意ください』……」
「ねっ澪ちゃん、おねがいっ……!」
「まあ、私はいいけど……かすみ、……やっぱり物好きだよねぇ」
「えへへ……」
笑顔を見せながら、手はぎゅっと。
澪ちゃんの腕を引っ張って、どうにか心を奮い立たせて。
こわい。こわいけど、これも今よりも近づくため。澪ちゃんと距離を近づけるため。
「かすみ、足が子鹿みたいに」
「だ、大丈夫っ! これは武者震いだよ!」
「……ほんとにいいんだよね? 結構コース流そうだよ?」
「う、……うん!」
いつもは、すこしでも意識されたいから。心臓の方に、つまり胸元に引き寄せてるけど。今はそれも理由のひとつに含めながら、でも純粋にすがりたくって、澪ちゃんの腕を抱き締めてみせる。
「澪ちゃんが一緒にいてくれたら、だいじょうぶ」
きっとそれは、本当。
ほんとは、お化けとか怖いのはすごく苦手。お化け屋敷なんか入ろうと思わないし、怖がりながら楽しむなんて器用なこともできなくて、逃げ出したい気持ちでいっぱい、だけど。
「わかった。……まぁ、映画もホラーなの意外だったけど、かすみも楽しんでたみたいだし」
「う、うん! そう、……ね。えへへ、趣味なのっ、そう」
こうしたら。
いつもよりずっと近づいたって、状況が誤魔化してくれるし。吊り橋効果……がホラー平気な澪ちゃんに働くかはわからないけど、でも、すこしでも、私のことを意識してほしい。
『――桜条さん? え、ええと……友達というか、まあ、……え、……っとうん。でも、うまくいってないとかは、ないと思う…………よ』
それとなく。生徒会の仲を尋ねつつ、探りを入れた時。
何だか色々言葉を選んでる様子の澪ちゃんに、全部教えてと言ってしまいたいのも呑み込んで、でも、見逃せなかった表情がひとつ。
一瞬。言葉を選ぶ中で浮かべたそれが、あの時と重なった。
月曜日。生徒会の人たちが呼び出されてたあの日。夕暮れの中で、戸惑いながらすこしだけ頬を染めていた、見たことなかった表情と。
「――ねっ? だからお願い、澪ちゃん」
「わかった……かすみがいいなら、行こっか」
「うんっ!」
ぎゅっと縋って、震える足をどうにか進める。
こんなこと、回りくどいしバカみたい、かもしれなくても。でも、ちゃんと伝えられない私でも、すこしでも距離を近づけたい。
ずっと前から好きなのに、今更負けたくなんかないから。
「澪ちゃん、」
「え?」
「あの、……いなくならないでね?」
ほら。
お化け屋敷に入るためとか、理由を用意しちゃえば、こんなことだって言えるのに。
「あはは、もちろん。万一はぐれても、ちゃんと見つけるから大丈夫」
そんな。誤魔化しで包んだ重たい言葉も、素直に受け取って微笑む彼女。
澪ちゃんが、あまり目立っていなくてよかったって思う。澪ちゃんのこういうところを知ったら、きっと好きになる人なんて大勢いる。それを一人占め出来てるのが嬉しい、なんて心が狭いことを思いながら。
もっと勇気を出せるように。それと、澪ちゃんが同じ気持ちになってくれるように。
『期間限定! 特設お化け屋敷:戦慄の廃デートコース ~呪われしカップルたち~』
おどろおどろしい文字が並ぶそこへ、ごくりと唾を飲み込んで、足を踏み出した。
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いや、廃デートコースって何。
と思っていたけど、中に入ると意外と本格的で。
「みみっ、澪ちゃん澪ちゃん澪ちゃん!! あそこっ、なにか、何かいるっ!」
「あ、……あれは出そうだね」
曇っているという設定らしく、二階分の高さがある暗い天井は世界演出にちょうどよく。並ぶ街灯はお洒落さを不気味に崩したみたいな外観で、時々露骨にカップル向けっぽいハート型の石とかが聳えてたりする。と思えば室内らしき場所も入り組んで、雑多に恋愛要素と怪談を繋げた謎空間が広がっていた。
そんな一角。ゲームセンターを模した区画の、ケースが壊れたUFOキャッチャーの中に、人影みたいな何か。微妙に動いてるところを見るに、あれは多分スタッフの人だろう。多分通ると驚かしてくるんだろうな、と予期しながら向かおうとすると。
「み、みおちゃん……っ!」
囁きと悲鳴を一緒に出したみたいな器用な声、ぐっと引っ張られて転びかけ、慌てて踏みとどまった。
「だっ、……大丈夫だよ、かすみ。私が一緒だし、目、瞑ってもいいから」
「うんっ……うんっ……!!」
う、うーん。本当にホラー好きなのかと改めて疑問が湧くけど、どうしても入りたいのはそうだったようだし。本気で怖いからこそ楽しい、とかそういうのかもしれないけど、どうみても重症。すこしでも安心させられたらと、肩ごと掴むように引き寄せても、完全に震えが止まることはなく。
こうして毎回足が重くなると、後ろのお客さんを待たせちゃうだろうし。次リタイアできる場所があったら提案してみよう。と考えながら足を進めると案の定、ばん、とケースを叩く演出。
「いやああああああっ!!!」
「っぐ!?」
ぎゅ、としがみつかれた、のはほとんど首回り。
「か、っ……息、……かすみっ……」
「いやーっ!! いやっ、無理、無理無理無理っ、澪ちゃんっ……!!」
「だ、だいじょ、ぶ……」
回った腕と背中とを叩いてギブアップ。意識が遠のきかけた頃、すこし手が緩んでどうにか、オトされることなく脱出できた。
「は、はあっ、はあっ、だ、っ……だいじょうぶ、だから」
「っう、うん……! 澪ちゃんがいてくれてよかった、ほんとに、……」
これは。このままラストまで行くと、私が危ないかもしれない。
危機感を覚えながらどうにかUFOキャッチャー前を突破すると。通路の先に、『リタイアはこちら』の文字が。
「あっ! かすみ、あれ!」
「え――」
『この先にはァ!!』
「――っきゃあああああああああ!!!」
「ぐえっ!!」
不意に上がった老婆の声、と思った瞬間ほとんどタックル。ぶっ倒れなかったのは、アイドルとして鍛えられた体幹のお陰。
『この先には、告白にいい木があってなぁ……』
ひーっひっひっひっひ、と笑う老婆の音声が再び流れて。あ、息が。意識が。
「――澪ちゃん? 澪ちゃんっ!! みおちゃん!!」
「っは!?」
『告白にいい木があってなぁ……』
「っ……あ! 澪ちゃんっ……! 大丈夫!? ごめん、苦しかったよね……!」
多分すこし、意識がトんでた。あわやお化け屋敷のキャスト入りというところ。
かすみの潤んだ心配げな瞳を見ながら、聞こえてきた単語をぼんやり繰り返す。
「こ……こく、はく」
「うんっ……そう! 澪ちゃん、わかる? 告白ができるって! そういう木があるんだって……!」
なんて必死な声なんだ。まだぼんやりの意識もあいまって、感動的なドラマのエンド付近っぽい。かすみが伸ばした震える指先が、まっすぐに示す先。
その先に、綺麗な景色が広がっていれば完璧なんだけど。あるのは老婆の横の看板と、並ぶおどろおどろしいフォントだけ。
曰く、『呪われた木の下では、訪れた者が告白しなければ、恋を遂げられなかった怨霊が現れて恐ろしい目に遭う』。
「……告白したら出てこない、んだ」
「うんっ、だから、告白しないと、だよ、ねえ、……澪ちゃん」
怨霊なのか、それは。恋を応援してくれるってこと?
三度読む頃には頭もはっきりして、思わず冷静にそんなことを考えてしまうけど。
いや。案外告白させておいて、結局恨む怨霊が脅かしてくるってパターンの可能性も……とか先読みはあまりよくないのだろうか。というか、それはそれとして。
「でもほら、かすみ。ここまで行かなくてもさ、あそこにちょうどリタイアが――」
「ッ告白!!!!」
「――!?」
ぎゅっと。一瞬息を呑むくらいの勢いで、手を掴まれた。
「告白しないとなんだって!! ね? 澪ちゃん。そういう場所があるみたい」
「……い、いやでも、もし怖いなら」
「ぜんぜんっ!? ほんと、何にも怖くないよ! 澪ちゃんと手繋いでなくても平気!!」
ぱっと、手を放してひらひらと。いや、ほんとに?
だってさっきまで、と疑うような顔をしてたのか、かすみはなぜかすごく慌てたように、視線をあちこちにさまよわせて、上擦った声で続ける。
「あっ、えっとほんと、ぜんぜん怖くなくって、私一人でも平気なくらい――」
と。
その時にちょうど、人の話し声と足音が。お化け屋敷の演出じゃなくて、単に後ろのお客さんたちが来てしまったのだと、そう分かる距離感に振り返って。
「――うわあっ!?」
「きゃっ!?」
お化け屋敷で、初めて悲鳴を上げた。
「み、澪ちゃん!? どうしたのっ!?」
「っなな、なんでも! だ、かすみっ、大丈夫、早く行こう!」
咄嗟に立ち上がって、急いで先へ。
目が合ったのはもちろん人間。どころかよく知る人物で。
いやなんで! どうしてここに、桜条さんが!? しかも『なこ』の格好で!?
「あっ澪ちゃん!? そこ違うんじゃ」
「かすみほら、急いで!」
後から冷静に振り返れば、急ぐ必要は別になかった。突然の状況だとか、『なこ』は伶くんと直結するもので、かすみにはアイドルのことを隠していたから、なんて理由でテンパったのだろう。
「――み、澪ちゃん!? どこっ!?」
「ごめん、多分一つ隣……!」
「ねぇ澪ちゃんっ、ね、なにか、何かいる……!」
そうして失敗、大失敗。
焦った私はかすみの手を掴み損ねて、でもついてきてくれるだろう、大丈夫のはずだと足を進めて。どうやら、順路外から迷路ゾーンに入ってしまったらしい。
「大丈夫、大丈夫だから……!」
安心させるために声を出しつつ、どうにか辿り着こうとしてたら、――唐突に広い空間に出た。
「っひ……!」
「いきなり悲鳴なんて、失礼ね」
大木を模したハリボテ、その横に佇む人影。
「お、……桜条さん」
「ちょっと」
「あっ、……えっと、……なこさん」
Audit10nEEのイベントで、何度も見た彼女が。
どこか心細そうに、呪われた告白の木の横に立っていた。