なんでそんなこと、尋ねようと思ったのか。
「えへへっ、そうなんです。澪ちゃん、その、……私が唯一、一緒に帰れる相手なので」
「…………」
素山さんも、なんでそんなに満更でもなさそうなわけ?
何がこんなに面白くないのか、私自身もよくわからない。
「……お買い物なんか、一緒に行くのね」
「あっ! 澪ちゃんから聞いたんですねっ」
にこりと。音符がつきそうな微笑み。
「すごく久しぶりなんですけど、昔はよくしてたんです、お買い物。小学校とか、中学校の頃」
「……花糸さんって、ずっと学園じゃないかしら?」
「あっ、そうなんですけど、家が近くって。えっと……幼馴染、っていうのかな。ね、澪ちゃん?」
「あー……たしかに。幼馴染か、言われてみれば」
「ね?」
ぱっと。隣に座る素山さんを見る時の彼女は、私に向ける聖女のような笑みと違って、心を許した距離のもの。それに答える素山さんも、あまり見ないくらい呑気な顔。
「かすみはだから、学園に来る前からの知り合いで……というか、学園に来たのも、かすみに誘われたからですし」
「あっ、……それは、澪ちゃんが勉強がんばったからだよ」
「いや、かすみが――」
「そう、事情はわかったわ」
すとん。と。
ひとまず、奇妙な距離感は合点がいく。昔馴染みというのであれば、たしかにこういう距離にもなるだろう。私は一年と少しばかりの、それも生徒会というお固い場所での付き合いなのだし。
何も嫉、……いえ、勘ぐる……というのも変だけど。何も思うようなところはないはず。そうなのね。
と。
「でも、土曜日楽しみだなぁ」
別に何も気にする必要はないと、再確認したところでふと。花糸さんが、自然な笑みを零した。
一瞬ちらりと、素山さんがこちらを見て。花糸さんはきょとんとしてから、あっという顔をして。
いや。何よ。
「あれっ、あっ」
「……別に、わたくしは気になさらないでいいけど?」
「あっいえ、えっと、……あれ、澪ちゃん、いいよね?」
何、一々。という態度はおくびにも出さず、素山さんにだけ届くように、言いなさいという圧を放出。
「え゛っ!? あっう、うん、いいけど……え、あの、いい……、ですよね?」
「なんで私に聞くのよ?」
「あっごめんなさい、澪ちゃん、私が変な言い方しちゃった……。あの、デートなんです」
「………………。あ、ら。仲が良くて、いいじゃない」
ぎりぎり。デ、と口を動かしかけたし、無言を挟んだような気もするけれど。
な、何? いや別に不自然な言葉選びじゃないし? 仕乃だってそう表現するし、本当に変じゃないと思いますけど? どうしてそんな態度で言うのか、問い質してみたいし。花糸さんが私に申し訳ないという目を向けながら、一瞬素山さんを観察した。のも、見逃さなかったけれど。
「澪ちゃんとのお出かけ楽しみすぎて、ちょっと挙動不審な言い方でしたね、えへへ……」
「デート、いいじゃない。どちらで?」
「あっえっと、細かいとこは澪ちゃんと計画中ですけど、駅前で。あっでも、澪ちゃんほら、あそこ行きたいって言ってくれたよね?」
「え? ……あ、あー、水族館?」
「そう!」
本当に行きたいと言い出したのか単に案を挙げたのかわからないテンションで素山さんが答えて、花糸さんはぱっと笑顔をこちらに向ける。
「今ちょうど、カップルに大人気のイベントがあるみたいで、そこ澪ちゃんと行こうねって話してるんです」
「……へ、へぇ。いいわね、それは」
流石私、頬が引きつらない。本当よ。一切よ。
花糸さんはころりと笑って、素山さんにするりと身を寄せた。
「澪ちゃん、きっと生徒会でも大事な役目を果たして頑張ってるって思うんですけど……私にとっても、澪ちゃんってすごく大事で、いないとダメだなって思うんです」
「いやいや、それはさすがに言い過ぎじゃない? 私、生徒会でもそこまで役に立ってないし」
流石素山さん。拍手喝采。彼女に腕を取られて、その柔らかい輪郭の身体を押し付けられながら、そんな無神経な返答ができるのは多分あなたくらいでしょう。言い過ぎなのも役立ってないのも両方同意してあげましょう。言わないけど。花糸さんはえへへと照れたように笑うと、何も返さず、ただぎゅっと掴んだ腕を引き寄せる。
「……」
ちら、と目が合って。にこりと微笑まれながら、まるで私のもの、と言われてるように思えて。
「――お嬢様、到着です」
何か返しそうになっていた口が開ききる前に、リムジンが静かに停車する。
花糸さんはふわりと笑って、ありがとうございます、と天使染みた声音で言った。
ぺこりと。律儀に仕乃にもお礼を言って、二人は帰っていく。車内にかかっていたお兄様好みのクラシックを、テーブル近くの端末で操作して、ショニの曲に切り替える。
「仕乃」
「はい」
いや、別に。
「土曜、空けられるわよね?」
「あら。ええ、たった今空きました」
素山さんのことなんか、何とも思っていないけど。友人関係だって、好きにしたらと思うけど。
「デート、しましょうか」
「ふふ。お嬢様のお誘いとあらば、喜んで」
だから、これは断じて、嫉妬とかではないし。
それに、今日迎えに行く前にされた口止め。「かすみはアイドルのこと知らないから」だとか。親友かどうか知らないけど、こっちの方が色々知っているのだ。
とかも……まあ、本当にどうでもいいのだけどね?
「お嬢様、お手伝いとしての私をご所望ですか? それとも久しぶりに、親戚のお姉さんになりましょうか?」
「うん? 別に、好きになさい」
「……やけますねえ」
ただ、うまく言えないけど気に食わない。
理由はそれで、十分でしょう?