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011 -清正院の覇者と控えめなギザ歯、親友と恋人疑惑-


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「あら、ごきげんよう。今日は珍しくちゃんと出席したのね」

「ひゃっ! ひゃ、ひゃい。ゴキゲンです。出席してるよます。桜条先輩ちゃんサマ」

 一体何があったのか。ギザ歯も控えめな覗き方で、引きつった笑いを浮かべる小薬さん。

「そんなにかしこまらなくてもいいけれど……かしこまっているのよね?」

「もちろん! ひゃははっ、もちろんだよです……」

「桜条先輩、リリはすごく反省しているようですよ」

「あなたはいつも通りすぎない?」

「心外な。そう見えます?」

「見えるけど……」

 ずず、とお茶を啜る秋流さん。清正院の名と四人の兄弟姉妹を持つため大概名前で呼ばれる彼女は、桜条さんの評価通り、全然違いが見られない。

「……我が身を省みればたしかに。すみません、反省がすこし不足していました。うわー、桜条先輩、お許しを」

「反省の反省は要らないから」

「む。たしかに、今の行動を」

「反省の反省の反省も不要です!」

「……なるほど」

 ずず、と一口。ちなみに『清正院の覇者 清正院秋流 祝勝会』の紙もパーティーみたいな飾り付けも全くそのままで、心からすごい子だと思う。その傍らで、ちらちら豪胆な同級生と桜条さんとを見比べる小薬さん。

「……何と言うか、……昨日は途中で帰ってすみません」

 思わずそう言うと、捨てられた子犬みたいな瞳がぱっとこちらを向いた。

「ほ、ほんとですよぅ。どう転んでも会長サマが一番に来てくれると思ってたのに、急に扉が吹っ飛んで、鬼がたくさん――あいや、淑女がわんさか湧いてきて」

「後半も言い直した方がいいですね」

 様子は浮かぶけどこれでいいのか。昨日を思い出したのか、彼女はぶるりと身を震わせて、自身の身体をひしと抱いた。

「まぁ、小薬さんも、今日来たことは評価しましょう。とにかく、あなたらしく振る舞うのはいいけど、他生徒に迷惑はかけないこと」

「ひゃい」

「さて。今日の議題は体育祭よ。といっても実行委員会が動いてくれているから、こちらがすることはほとんどないけど……と、その前に」

 さっきまで後輩たちを見ていた瞳が、今度はこちらに。

「念の為だけど、素山さん、今日は予定はないのよね?」

「えっと……」

 配信も、レッスンも、打ち合わせも収録も何なら家のお使いもない。けど。だから今朝の桜条さんからの釘刺しみたいなメッセージにも、今日はちゃんといますと返したんだけど。

「……ちょっと、まさか」

「あ、あの。友だちが、今日はどうしても一緒に帰りたいというので、……」

「……」

「……」

「……会長サマ」

「い、いや! そんなに遅くならなければ大丈夫だと思いますよ、打ち合わせることがあまりないなら、多分あの子も待ってくれますから!」

 かすみには頑張って抜けてくると言ったけど。我ながらすごく情けない。桜条さんもいわゆるジト目を向けてくるけど、溜め息でとりあえず流してくれる。

「……あなた、友だちいたのね。まぁ、言った通り今日は話し合うことはそんなにないから……」

「あ。私この間、部活動対抗リレーに生徒会で応募したので、話し合うことありますよ。特色出しましょう、生徒会の」

「…………」

「…………」

「…………会長サマぁ」

「え? 勝手に応募したの?」

「いえ、全会一致です。欠席者三名だったので」

「ぶ、部活動対抗リレーって! 生徒会は別に関係ないじゃない! 別に募集もしてないのに!」

「青春の一ページになります」

「絶対そんな理由じゃないでしょう!」

「リリリ様は走ったら倒れるよぉ……会長サマ……」

「共に鍛錬、それも青春」

「……な、長そうですし、私はこれで……」

「あ、ちょっと!!」



 *



「怪しい、ですか?」

「な、なにが?」

「会長、そそくさと帰りましたね」

「別に、いつものことじゃない」

 どうにか引き留め三十分の口論の末、出ることは決定、放課後の自主練はひとまず小薬さんと秋流さんの二人だけ。そこまで決めると、見慣れた流れで彼女は色々言いながら帰って、その背中を見ていた、何となく。そう、何となく。

「……会長サマって、恋人いる?」

「はあ!?」

「ひゃっ!」

「怪しいですよね」

「いやいないでしょ!」

 アイドルなのよ! い、いや、え? アイドル、……も恋愛絶対禁止とは思わないというか、ていうか私自身、ああもうそうじゃなくて。というか言えないし。

「……桜条先輩ちゃんサマって、会長サマのこと」

「な、い、か、ら!」

「怪しいですよね」

「あ、あなたねぇ……! っていうかそれこそ、小薬さんの方が好きでしょ! あなた気にならないわけ!?」

「リリリ様が!? 会長サマを!?」

 ずがーん、と雷に打たれたような表情で、彼女はギザ歯をだらしなく出して固まった。

「……桜条先輩、触れてはならぬことを」

「え?」

「それに気付いてしまわぬよう、私は伝えずにいたんですよ……」

「え? ……えっ!?」

 そ、そんなこと言われたって! 大体態度違いすぎるし、誰だってそう思うでしょう! てか先に言ってきたのあなただし!

「ああ、これでは私の想いは、叶うことはないですね。リリ、あなたは遂に本当の想いに気付いてしまったわけですから……」

 秋流さんも、そう言いながら表情が動かず、何ともリアクションができない。けれど。そう呟いた秋流さんに、小薬さんがゆっくりと顔を向けて。

「……それじゃ、……天才リリリ様が最後に学ぶのは、恋の感情ってこと……?」

「やっ、……え? え! やかましいわね!? びっくりしたわ……え!?」

 何なのこの子たち。

 どういうテンションでそんなやり取りできるのよ。さっきまでフリーズしていた彼女はあっさりギザ歯をつり上げて、いつもの調子で首を振る。

「まま、桜条先輩ちゃんサマには分からないと思うけどぉーです、リリリ様は恋も学習済みだし、会長サマに恋、っていうのははちょーっと違うかなぁ? ですー?」

「……」

「桜条先輩ちゃんサマはもしかしたらぁ、会長サマのこと好きなのかもだけどですっ、まー譲ってあげるよっ、リリリ様は! まーす!」

「秋流さん、いい?」

「はい?」

「教えないといけないことがあるから、少し二人で残ろうと思って」

「ひゃっ!? ごごごごめんデスなさい!!」

「リリとあんなことやこんなことをするんですか、羨ましい」

「あら、混ざる?」

「いえ帰ります」

「秋流ちゃん!?! あっうそうそ、桜条先輩ちゃんサマは会長サマ大っ嫌いだし、リリリ様は会長サマ愛してる大好き恋人で――ひゃっ!!! うわーっ、やだ! 秋流ちゃん!!?」

「お疲れさまです」



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『ごめんね、……でも、今日は一緒に帰りたくて。あの、……理由、ないんだけどね』

 お昼休み。深刻な顔でそう言われて、うまく断れなかったわけで。

「……迷惑だったよね。ごめんね」

「いや、大丈夫。大した打ち合わせもなかったし……」

 最悪、生徒会長のリレーでの負担がとんでもないことになるくらい、だろう。

「ごめん、最近ずっと一緒に帰れてなかったよね」

「あっううん、私も部活忙しかったし。でも、……今日は、だから、迷惑かけちゃったけど……うれしいな」

 申し訳なさそうにしながらも、そうはにかむ彼女。ファンができるのも頷ける。

 桜条さんが高嶺の花なら、花糸かすみは皆の天使だ。

 ちゃんと彼女との時間も大切にしよう。そう染み染み思ったところでふと、かすみが「澪ちゃん」とちいさな声を出した。

「うん?」

「空いてる日あったら、一緒に遊ぼうね。私、澪ちゃんしか一緒に遊べる人いなくって……澪ちゃんがいちばん、近くにいるの。私の中で」

「……そうだね。私も友達って言えるのは……親友って言えるのはかすみくらいだし」

 選び直すのはこそばゆいけど、かすみが否定しないのは知ってる。言葉だけじゃなくて、ちゃんと予定を空けようかと。思いを巡らせて、はっとする。

「あ、……今週末、土曜なら……」

「えっ!」

 レッスンの予定だったはずが、講師の人がぎっくり腰とかで。空いてる講師の人を探したらそのまま、日曜に予定がずれこんだのだ。はず、と念の為再確認して、頷いて。

「あ、うん。空いてる」

「っほんと!?」

「わっ」

「あ、ご、ごめんねっ。うれしくて」

 ぎゅっと手を取られて、その豊かな胸元へ引っ張られて。それほど行きたかったのかとあらためて反省。親友と言いながらも、許してくれるかすみにずっと甘えている自覚はあるから。

「じゃあ、土曜日は澪ちゃんとデートだねっ?」

「……ふふ。そうだね」

 あっという間に、音符でも周囲を飛び交いそうになった彼女に、こちらまで心が温まった。


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