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008 -天才問題児、小薬リリ-


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 天才とはどんな人間を指すか。

 例えば、世界を魅了するアイドルとか。

 例えば、素振りも見せずに満点の首席とか。

 例えば、桜条おうじょう撫子なでしことか。いやそうでしょう。そうなのよ。

 そして例えば、――。


小薬おくすりさん! オラ早くここ開けろください!!」

『ひゃーはははは! 凡百では手も足も出ないよねー? ねね、悔しい? 悔しい?』

「勝つ気ないし悔しくないです!! オイさっさと開けないと扉ぶち破るぞ!!」


 例えば、バカとか。

 化学室前に設置された100インチのモニターから、ギザ歯を覗かせて高らかに笑う女子生徒。

 高等部一年首席、通称天才問題児、小薬おくすりリリ。

 紙一重なんて遠慮は、この子には不要だ。

「あっ! ほら副会長が来ましたよ小薬ィ!」

 集った野次馬が勝手に割れて、モニターを睨んでた彼女がすごい形相で振り返る。

「桜条先輩、はやくあの子やっちゃってください!!! あと会長も!」

 一年生の風紀を取り締まるはずの彼女に内心嘆息しながらも、柔らかく微笑んで見せた。

「小薬さんに翻弄されているのは理解しますが、少々言葉が乱れていますよ」

「あっ、――んン゛ッ! す、すみません、わたしったら」

 頬を赤らめた彼女は制服を整え、すっとモニター前を譲ってくれる。

「それで――小薬さん、これはどういう騒動かしら?」

『えーリリリ様にきかないでよぉ。化学室の利用について来週お話がありますって言われたから、ちょーっとおもてなししてるだけですよ?』

「……おもてなし、ね」

 化学室の扉はもくもくと白い煙を漏らし、廊下に面する窓も真っ白。どうしてこれで火災報知機が発動しないかわからないけど、まぁそこは考慮してるのだろう。扉の取っ手部分には見たこともない謎の機械があって、何やら問題文が表示されたパネルと、テンキーが設置されていた。

『二年次席の桜条先輩ちゃんなら解けるかなー? ね、どうかな?』

「モニターもこの機器類も、設置許可を出した覚えはないけれど」

『理事長に直でもらってるよ! 秋流ちゃんもオッケーって!』

『あ、桜条先輩。リリが一生のお願いだというので忍びなく、許可を出してしまいました』

「……そう」

 ひょこり、と問題児の横から顔を覗かせたのはやはりと言うべきか、生徒会室に来る方の後輩、清正院せいしょういん秋流あきる。そう、やっぱりあなたたちなの。さて落ち着きなさい、桜条撫子。人前だし、私は桜条の人間なのよ。

 どうにか息を吐き出して、心を凪にしようと努める。いや本当に、この子たちをきちんと受け流せる胆力は天才のそれだと思う。

「……解けばいいのよね?」

『ええー、解けるかなー、桜条先輩ちゃんに? リリリ様がヒント出してあげよっか?』

「あら、見くびってもらっては困るわ。私だって――」

『あっ、会長サマだぁー!』

 余裕をたっぷり含ませた返しをぶった切って、きゃぴきゃぴと素山もとやまさんに手を振る問題児。

『会長サマには簡単すぎるから、手助けしちゃダメですよぅ』

 あー、本当に、野次馬がいて良かった。扉ぶち破ってあげたいけれど、私は天才だから受け流せるのよね。

「……お、桜条さん、どうします? 私がやりましょうか?」

「いッ……い、から」

 危ない。なんてタイミングで囁いてくるのか。反射的に叫びそうになったのをぐっと抑えて、ひそひそ返す。

「別に! これくらい余裕だし、あなたはそこで指くわえて見てなさい」

「……協力してもいいと思いますけど……」

 解けばいいのよこんなもの! まだ問題見てないけど!

 もう答え分かってます顔がなんだかムカつく。ムカついて、ふと、思い至る。

「素山さん。……これ」

「え?」

「受け取りなさい。今日の指令よ」

「し、指令って……ちょっと、皆見てるんだけど」

「いいから」

「い、……や、……」

 さっと顔を青ざめさせた彼女に紙を開かせると、数秒の逡巡の後、深い溜息が返ってくる。

「できないですって」

「ここでじゃないわ。……場所はどこでもいいから、目立たない場所でしてきなさい」

「あの、……わかりましたけど、一応私、今日早く帰るつもりで」

「わかってる、配信でしょう」

「…………」

 金曜がライブで、土曜はお休みらしくSNSの更新だけ。昨日がショニの皆で配信。そして今日は、れいくんのライブ後初の個人配信。

「一応その、……色々準備で、十八時には下校したくて」

「絶対間に合わせる」

「……いや、」

「私……なこが、今日の配信に来ないわけないでしょ」

「う、…………あ、あの、間に合わないと思ったら勝手に帰りますよ」

「そんなことにはならないから! とにかく、指令は忘れないでよね!」

 そうして。くるりと振り返り、不正だなんだと大騒ぎのモニターを見つめ返す。

『あっやーっと離れた! ちょっとちょっとー、会長サマに答え教えてもらったんでしょ!』

「――皆さん」

 声は無視して、一転。皆を見渡して。

 私は、桜条撫子。

 使えるものは全部使う。

「お騒がせしてごめんなさいね。この子は生徒会が責任を持って躾けますから、なぞなぞ遊びにご協力いただけるかしら」

『……あー、そういう? ま、凡百が束になっても敵わないと思うけどねー。いいよいいよ、皆で解きなよ』

「副会長! わたしの拳ならいつでもお貸しっ、…………あら、会長は……よろしいのですか?」

 ざわりと、風紀委員の子を筆頭に。傍観者からこちらへ歩み寄ってくれる皆と入れ違いに、素山さんはするりと輪の外へ。

 素山さんからの、この子たちはいいの? と言いたげな視線を目で促して、廊下の先へ急がせる。

「必要ないわ、あんな人」

 使えるものは全部使うが、それはプライドが許す限り。

 それに、本当に要らないのだ。確かに天才かもしれないけれど。

「さぁ、……皆さん一緒に、清く正しい在り方を、思い出させてあげましょうね」

 彼女たちは、数の力を知らない。

『ひゃーはははっ! ヒントほしかったら、どーしてもって言うなら教えてあげるからねー』

『苗字からして清く正しくあるもので、いや、お恥ずかしい』

 加減しないから、覚悟なさい。



 +



 まぁ、そういうわけで。

 清正院学園生徒会のメンバーの中で、生徒会長の知名度が最下位なのは誰もが理解できたと思う。

「…………」

 私が地味、かつ目立たないように振る舞ってるのもそうだけど。とても生徒会とは思えない後輩二人と、どう見ても生徒会長の桜条さん。あの三人に勝てる誰かがいるのなら、ぜひ会長職に立候補してほしい。いや本当に、選挙制の方が良いと思いますよ、私は。

 でも本当に。私が手伝うのはダメで、何であの子たちがいいのかは謎だ。代わりにさせられるこれはまぁ、私しかできないことではあるけど。

 慎重に確かめた、廊下には誰の姿も見当たらない。第二校舎は部活動に関わる教室がほとんど存在しないから、放課後の今はがらりとしていた。狙い通り。

 ただ。

 ぱらりと、もらった紙を見つめ直して溜め息を吐く。

 本当に学校で、こんな指令をこなすなら。

 それを考えると必要以上に慎重になって、一つ一つの教室を吟味する。ここは階段に近すぎる。窓から覗かれる心配がある。この部屋は隠れる場所がない。

「……ここ、なら」

 そうして選び抜いたのは、埃の積もった用具置き場。状態からみて、普段使いの道具でもなく、予備とか廃棄のものばかりが収められてるよう。鍵は、かけられないけどしかたない。

 本当に、桜条さん、私にどうなってほしいんだろう。

 古ぼけた姿見に顔を映して、前髪を上げる。扉の軋む更衣用らしきロッカーを開けて、逡巡の後、制服の上着をハンガーへ。

 シャツのボタンを調整したり、その他、ノーメイクでもそれなりに整えて、遂に。

「……はぁ」

 生徒会長、素山もとやまみおを目に留めても、ほとんどの人間は気にしないし、意識に残らないだろう。

 でも。今の姿は、人々の目に留まるためのもの。

『自撮りを五枚以上撮って、一言添えて送ること』

 姿見の向こうのアイドルは、そんな指令にもすこし困るな、くらいの顔しか浮かべはしないのだ。

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