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006 -ライブ-


 *



「…………」

 物販は当然のように敗北した。

 新曲に合わせての会場限定グッズ。座席は抽選漏れてもそれだけゲットしに来る子も多くて、ライブ終了後に買えるかどうか。

 というか。

 擦れ違ううち四人に一人がひっと息を呑むくらいには、すごい表情をしているらしい。今能面の自覚はある。いや。怒りとかじゃなく、通り越して、負けないが、で止まったこの感情。

 え?

 何度考えても、負けたくない。

 なんであの子のために、私が、初恋を諦めないといけないの?

 ここまで来るともう恋でいい。はいはい恋です、一番求めているものです。

 さすがにと躊躇していた、上品だけど露骨なハートモチーフの小物もがっつり付け直した。これで仮に、ライブが始まっても感情がごちゃごちゃしたまま戻らなかったら、あの子には責任を取ってもらおう。どういう形かわからないけど、じっくり生徒会室で相談しましょう。

 会場に入って、席に移る。最前から三列後ろ、センター寄りのすこし左という神ポジションに、いつもならテンション爆上げなのに。今日はただぼんやり開演を待っている。横の子がそんな態度を少しだけ嫌そうに、怠そうに感じているのが伝わる。ごめんなさいね。かといって。あなた六番推しなの、私零番で失恋中で、とか世間話できるわけもなく。


 開演前の暗い会場。

 ぼんやり浮かぶ、初めての記憶。

 アイドルなんて知らなかった頃。

 中等部の最期の学期。私の進路なんて少しも興味がないお父様に嫌気が差して、不良になろうと飛び出した街。

 ライブハウスなんて不良の巣窟だって、あの時はそう思っていて。初めての変装は頼りなくて、迎えに見つけられないように、人混みと騒音に紛れられたらそれでいいって、適当に当日券を買ったのだ。

 あの時はそれくらいガラガラだった。箱のキャパだってまだ小さくて、一人一人が自己紹介から、グループの売り出しから頑張っていて。

『おーでぃしょにーって、英語でオーディション受ける人って意味なんだよね』

『そうそう。さすが伶、よく知ってるね』

『いや、オレたちは知らないとダメでしょ』

『えー、おれ初耳なんだけど!!』

 お客さんからパラパラ上がる笑い声と、いまいちわからない状況を、不機嫌に見つめていたら。

 ふと。彼が。私を見たのだ。

『……あらためて、オレは、飛鳥井伶』

 まるで、私のために名乗ってくれたみたいに。

『そういうグループ名だからさ、だからオレたち一人一人が、お客さんに審査されるつもりでやっていきます。コイツは認められる、コイツはダメだって遠慮なく思ってくれていいから、推しができたら全力で推して!』

『おいー、今ので名乗り直すのは飛鳥井の点数稼ぎだって』

『そういう発言が減点でーす。伶はお前と違って本心なの』

 再び彼の目線は動いていって、私は会場の一人になって。でも。あの時確かに、推しになった。

 ううん。


「…………」

 しんと、不意に周囲が静まる。

 どこかを起点に、静寂が伝う。

 いよいよだと。どうしてか。

 あんなに最悪の気分だったのに。あんなに真っ白だったのに。

 とくりと、胸が高鳴った。



『――言葉以上に伝わる 想いがほら 君の瞳が好きだよ』



「――」

 周囲の悲鳴に近い歓声のなか、何度もリピートした新曲のイントロ。ブルーのライトが持ち上がって、そこに、彼がいた。

 すぐに輝き始めるステージの中央、眩しい笑顔が観客席に。『君』に、向けられる。

 そうして、今、たしかに目が合って。


「――伶くんーーーー……!」


 そう。

 私は初めて会った時にも。あの時も、彼のパフォーマンスを見て。ステージ上の瞳を見て。



 そうして、彼に恋をしたのだ。



 +



「飛鳥井お前っ、や、る、じゃんっ!」

「うへっ!」

 馬籠まごめ五郎ごろう。筋トレ大好きな彼の背中への一撃で、思いっきりむせ返る。振り返れば、控え室に戻った誰もが、明るい瞳でこっちを見ていて。

「え、えほっ……力強いって! いや、ありがとう」

「今日の伶ほんとにすごかった……始まる前あんな顔してたのに」

「伶さんほんと、かっこよかったです……!」

「そーだよれーくん、まじさいこー!!」

「うわっ!! ちょ、ちょっと……重いから」

「新曲以外も完璧だったよね。こっちも助けられたし……何より、皆も触発されて、いつも以上のパフォーマンスだったと思う」

 口々に上がる言葉をリーダーがそうまとめると、皆はそれぞれに同意を示して。ライブ後特有の高揚感が、そのままグループへの、仲間への信頼へ繋がっていく。だから心から、首を振って返せる。

「オレがうまくできたの、皆が元気づけてくれたおかげだから。……あらためて、ありがとな」

「いーってことよ!! 焼き肉でいい焼き肉で!」

「ちゃっかり奢られようとすーるーな。せめて一と七緒だろ、奢られるのは」

 ほっと。

 手応えを感じたライブ後特有の空気感。やっぱり。アイドルを始める前は想像さえもつかなかったけど、緊張したり不得意な活動もそりゃあるけど、でもライブは、この活動は、好きだ。

 今日はすごいスタートだったけど、だからこその結果かもしれない。終わったなんて思っていたけど、むしろここから始まるような。そんな気さえする。いつも以上に、パフォーマンスを届けるっていうことを意識できた。

 何だかこの控え室の光景を収めておきたくて、スマホを手に取る。

 取って、固まる。


「…………」

『ライブ後、このカフェに来なさい』


 現実は幾分残酷で。送り主は、桜条さん。


「飛鳥井?」

「れーくん? どう……えっ、なんでライブ前の顔色に!?」

「なな、なんでもない!! うわーっ急用が、ちょっとお先に! ごめん、打ち上げはまた後日で!!」



 やっぱり、終わったかもしれない。

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