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「おっ! れーくんよっすー!」
「う、うんッ、…………ごめん、お待たせ」
声、裏返る。
いや無理だって。
集まった九つの視線。うち一つが、柔らかいまま鋭くなる。
「幽霊でも見た?」
「いや、……」
「緊張、にしてはいつも以上にひどい顔だけど。新曲がプレッシャーなのかな」
「う、……うん、まぁ、そんなところ」
グループのリーダー、
にこやかな笑みで、ファンだけじゃなくてメンバーのことも大事にしてくれるけど、イマイチ苦手だったりする。うまく理由は言えないけど。
「伶なら大丈夫。MVの時から完璧なんだし、昨日のリハもよかったよ」
「うん、……そうだよね、ありがとう」
「れーくんほんとに顔やばいじゃん! 逆にすごいって!!」
「あはは、ごめん……」
真っ先に挨拶を飛ばしてくれた、一番元気な彼は
「いっつもまこっち言ってくれんじゃん、こういうグループだけどチームなんだから、助け合いだから大丈夫って」
「七緒の言う通り。何かあってもサポートするし。何より、ファンのためにも、ライブに集中してあげて」
本当に、ファンに見せる顔だけじゃない、裏までアイドルのメンバーだ。
「……うん。そうだ、そう、だな」
そうだ。そう。目を瞑る。息を吸って吐く。
見たものにそのまま意識を取られて、空転していた思考を落ち着ける。
落ち着くため、敢えて考えてしまう。
さっきのこと。控え室を間違えて、部屋を出て、途端誰かにぶつかって。
咄嗟に声音を変えないとと、変装中の思考が一瞬、次にウィッグが取れての思考停止が一瞬、からの相手が目に入って、顔と格好でそれぞれ数秒。
思考停止、すると思う。誰でも。
あれはどう目を背けても間違いない。清正院学園生徒会副会長、かつ学園に三つしかない、いや三つもあるファンクラブの中でも最大規模のファンを抱える、桜条撫子、その人で。
何がどうなってそうなったのか、どう見ても飛鳥井伶推しのコーデ。
衝撃を受けた表情から、なぜかこちらを送り出してくれて。
あの表情は、ただ伶くんに急に出会ったファンではなくて。
ちゃんと素山澪だとわかった上での表情だった。
ライブ会場に潜入して何か企んでるのかもとか、でも普通にちゃんとアイドルファンとして本気が見える格好だったなとか、だとしたらすごく傷付けたかもとか、秘密を暴露されるかもとか、でも応援してくれるかもとか。
…………。
つまり、結論。
考えても無駄!
「……ごめん! 虎走、海老名。言う通りだね」
「おー、顔色戻ったね!」
「適度なプレッシャーはいいものだよ。呑まれなければ、それは壁を破る力になる」
「うん。……よし、オレもちょっと曲聴くよ」
「おっ。おれも聞こーっと」
こういうところ、ほんとに信頼がおけて、助けられる。
その上で、彼らのことも裏切っているのがいつでもついて回るけど。
Audit10nEE、そのメンバーで副リーダーの飛鳥井伶が、実は男装した女子高校生。それを知るのは、事務所でも社長とマネージャーだけ。
ファンにも、メンバーにも、親友にだって嘘をついて、裏切って。それでもこのステージに立つのは、一番は確かにお金のためだ。それを誤魔化すつもりはない。ないけど、だけどそれだけじゃない。
応援してくれるファンのため。信頼してくれる皆のため。支えてくれる人のため。好きになってくれた『君』のために。
せめて、パフォーマンスでは裏切らない。
それが、飛鳥井伶のすべきこと。
だから。ライブ前の今、考えるべきことは決まってる。
それできっと大丈夫。
桜条さんがこれからどうするのだとしても。彼女がファンであり続けるのなら、飛鳥井伶は。オレは、それに応えてみせる。