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004 -「――――え?」-


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 一度駅を出てから、目的地、へ向かう前にレンタルスペースを経由する。

 社長の伝手で、一度目の着替えをここで行う。貸し出し用とは別のスペースで、学校の制服は鞄にしまって、中性的で目立たない服へ。アイドルモードとは別の外出用。変装も随分手慣れたもので、やっぱりウィッグは強力だ。この間弟に写真を見せたら、スタッフの人? とか聞かれた。

 そのまま従業員用裏口から出してもらって、地下鉄に乗り換えて会場に移動。

 本当に、学生やりながらアイドルやるのってあんまり普通じゃない。本来ならリハだって昨日に回さず、午後の授業も全部休んで、皆と合流するべきなんだけど。生徒会長で特待生で、おまけにバイトは禁止ともなると、社長に相談して無理を通してもらうしかない。今日も桜条さんは憤慨してたけど、ほんとに生徒会に出席してるだけでも褒めてほしいくらいだ。いや本当に。

 車両の中にも、広告はない。まだそこまで大きくはなれていない。でも流石に会場に近づくにつれて、ファンらしき人、見覚えある、前にイベントに来てくれた人が目につき始める。大体の人はイヤホンをつけて、グッズや服装にも愛が見えて。

 そんな空気を肌で感じて、実感する。


 ライブだ。


 特に今日は、私――飛鳥井伶にとって大事なライブ。

 センターの曲が、二曲ある。うち一曲は、この間発表されたばかりの新曲。MCもその分振られるし、色々準備はしてきてるのに、どうしても緊張は拭えなかった。

 車両の反対側に立っている子は、服装から察するにリーダー推しの子。その横に伶のカラーがお洒落に遇われた子も立っていて、どちらもさり気なくグループ名が綴られたグッズを一つずつ着けている。

 普段使いにも違和感のないように遇われたそのグループ名は、『Audit10nEEオーディショニー』。

 人気上昇中のこの時期、ライブの評価は直接数字に繋がるし、正体がバレるなんて以ての外だ。

「…………」

 大丈夫。ここまで気を付けてるんだから、バレるはずない。

 ふう、と小さく息を吐き出して、意識をアイドルに切り替えていった。



 *



『――やはりこの建築物にはレンタルスペース以外ありません、勉強用に借りてるのではと』

「けれど、今借りられてるのはこの部屋です。学生の勉強用には高すぎるように思います」

『何かセミナーに参加しているとか? であれば不安ですが……』

「どれも憶測にしかなりませんね。いずれにせよ……リミットです。動き出さなければ、マスターが間に合いません」

「そうよ! さすがにもう待てないから!!」

 車内に流れる軽快でスタイリッシュな音楽のお陰で、緊迫感は3割減。もうライブの時間も近いから、さっきショニの新曲に切り替えたのだ。

「チームA、あなたたちは引き続き、スペースの出入りを監視してください。裏口から出たあの人物がターゲットだったとすれば、今日はもう追跡は不可能です」

『了解、……監視を続けます』

 返事を待たずに車は走り出していて、目指す先は区を跨いだ先のライブハウス。

 今日は、本当に、遅れたりできない。

 移動中にも服装と、グッズとコーレスの最終確認。尾行用からリムジンに乗り換えて、車内で制服から概念コーデへお着替えを。

 今日は、最推しセンターの新曲があるのだ。

「――お嬢様、到着――」

「ありがとう!!」

 待つのももどかしく扉を開いて、お上品さをぎりぎり保つ疾走を。

 いや。当然入場には十二分に間に合わせてる、合わせているけど物販がある。

「オディショニでこの箱えぐい」

「キャパ倍はいいけど人気ガチで伸びてるからねー」

 世間話に興じる同好の士を通り過ぎ、かけてそれとなく周囲に目を配る。

 いや。噂には聞いてたけど本当に施設の構造がわかりづらい。

 物販、どこ!


 会場内、そう判断して急ぎ足。廊下の向こうに足音を感じて、そっちに足を進めてみる。

 けれど。目に映るのは無人の廊下で、一応端の方まで歩いて、慌てて引き返そうとして。



 がちゃりとそこの扉が開いて、出てきた人物とぶつかって。


「きゃ!」

「っごめん、――って」


 ――そうして。

 私の初恋は、終わった。



「う、わ」

「な、………………――は?」


 一瞬、脳がバグりかける。

 地面に落ちてるウィッグと鞄。ぐるりとまとめられた髪でも、推しなら当然見分けが付く。

 付くはずなのに。なんで、どうして。

 輪郭が別人と重なる。転がった鞄から零れる制服。一瞬見えた、知ってる表情。


「な、な、な、……な……」


 至近距離の整った顔。とくんと打つ胸、焦って汗だくの顔見られてるかもとか、いつも握手会とかは変装した上でマスクするのにとか、今日大事なライブなのに動揺させてごめんとか、こんな大事な用なら追いかけないのにとか、いや言えるわけないかとか、一年以上こんなの続けてるのとか、てか、男装? 女装? いやバイト?


 とか。

 そんな色々が思考を染めて。



「……だ、大丈夫? 怪我とか」

「――い、いいから! ライブでしょう、大事な! センターの!! 新曲!!」



 顔面蒼白のまま、真っ先に出るのが心配の言葉なのが、やっぱり私の推しだって。

 思ったからか、意識する間もなく出る言葉順に追い立てて。そのまま、急ぐ背中を見送って。

「――――え?」

 真っ白な思考で、最後に残ったのは一つ。



 私の初恋が、素山澪に終わらせられるのか、と。



 いや、負けないが?

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