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003 -尾行と秘策-


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 男装アイドルをバイト禁止の学園でやってます、なんて、絶対バレてはいけない。当たり前だけど。


「澪ちゃん、今日生徒会だよね?」

「うん、金曜だから」

 吐いた唾は飲み込めないから、せめて墓まで抱えていく。だから最大限に注意を払って、家族以外には明かさない。もう一年以上経つけれど、今後も緩める気は一切ない。

「私今日部活なくって。もしよかったら、一緒に帰らない?」

「あー……」

 たとえ、親友のかすみ相手であっても。

「ごめん、今日ちょっと寄りたいところがあって、生徒会も途中で抜けようと思ってて……」

「あ、全然付き合うよ! 澪ちゃんと最近遊びにもいけてないし……あっ、よければだけど」

 うっ。

「ごめん。ちょっと、難しいかも」

「そ、そっか……ううん、ならいいの! 無理言ってごめんね。また一緒に帰ろう?」

「うん……ごめんね」

 花糸はないとかすみ。本当に、それこそアイドルみたいに可愛いし、天使みたいに優しくて、なんでこんな地味な私と一緒にお昼を食べてるかわからないくらいのいい子なのに。お弁当を抱えて気遣わせないように健気に微笑む彼女を見たら、非公認ファンクラブの人たちに説教されそうだ。

 でも、今日は、今日だけは。

 アイドルにとって、どうしても外せない用だから。



 *



「尾行よ、尾行!!」

 放課後、生徒会。

 そそくさと帰る背中が廊下の先に消えないうちに、ばん、とデスクに手をついた。

「またですか?」

「今日という今日は見失わないわ! 秘策があるの!」

「桜条先輩もサボり、と……」

「人聞きの悪い、副会長として会長の補佐をするのは当然でしょう。健全な生徒会の運営も含めてね」

 別に。毎回理由も告げずに早退する彼女と違って、私はこうして目的も明確だし。もちろんその日やらないといけない作業はきちんと済ませているし……というのはまあ、素山さんも一緒ではあるけど。

「でも、言い出してからもう五敗ですよ? 会長は出席してるだけマシですし、もう諦めましょうよ」

「いいえ。大体あなたも諦めないで、ちゃんと化学室に突撃なさい」

「私は不戦敗でかまいません」

「情けないわね……」

 清正院の生徒会は、成績順で任命されるという珍しい形式で、基本的にはメンバーは持ち上がる。一年次は中等部の終了試験か編入試験の成績を元に、書記と会計の二人が選出。二年次は一年次の成績順に、副会長と会長。つまり、一年生も二人いるのだ、本来は。

「まあいいです、おサボりください。一人の生徒会室であんなことやこんなことをするの、最近のトレンドなので」

「なら今日が最後になるから、心残りのないようにね」

「そんなこと言っていいんですか? 清正院の覇者として君臨しますけど」

「……あの、人としての節度は守りなさいね?」

「お任せください」

「心配だわ……」

 こういう軽口を叩きつつ、良い子ではあるから信頼しているけど。でも思い切りが妙に良いから、火曜の会合がすこし怖い。

「あ、先輩」

「何?」

「会長、玄関出てますよ」




『――こちらチームA。ターゲットは3番線から5分発の快速に乗車。チームBは停車駅に目処をつけて、移動を開始してください。降車の挙動を確認したら連絡します』

「了解。マスターのリミットまでは53分28秒、一度見失ったら収穫は無いものと思ってください。乗り換えにご注意を」

 これよ、これ。あの子の放課後に迫る秘策。

 物々しい雰囲気を盛り上げるためか、車内には勇ましいクラシックがかけられている。正直必要ないだろうと言いたくなるけど、多分本人たちがやりたいのだろう。

「お嬢様。ターゲットの動き次第では少々運転が荒くなります。お気をつけて」

「いいわ、それより見失わないで」

「もちろんです」

『了解です――っ、すみません、ターゲットが!』

「何事ですか」

『いえ、……車両から人は移動していないはずなのに、どこに行ったのか……』

「落ち着いてください。ターゲットは気配を巧妙に抑えています。冷静に、数を把握して一人ずつ人相を確かめて」

「……抑えてるかしら」

 ぼそっとツッコミをしてみるけど、緊迫したやり取りに流される。

 あの子、そんなに見つけづらいだろうか。確かに私も街で見失いはするけれど、やり取りを聞いてると最早特殊能力だ。

 後輩の子にも、本人からも、それとなく学園の子に確かめても。誰もが揃って、素山澪は印象が薄い、地味だと言葉を返す。一番多い返答は「誰?」だし。確かに地味ではあるけれど、そんな存在に気付かない程じゃないでしょうに。まあ、席次の掲示もないから普通は首席を意識しないだろうし、生徒会だって裏で勝手にメンバーが決まって活動も基本裏方となれば、会長を覚えてなくとも無理はない。

 でもそうなると、まるであの子を一番意識しているのが私だけみたいで、すごく癪に障るのだ。あの子、友人とかいるのだろうか……とか思考が巡り始めた辺りで、ほっとした声が通信越しに。

『すみません、ターゲット、再度視認できました』

「いいですね。そのまま見失わないように。本人だけでなく周囲の流れも見ながら移動を見極めて」

「…………ねぇこれ、電車でこんな通話してるの?」

『あ、ご安心ください。うまくやっていますから』

 頼んでおいてなんだけど、なんでこんなことできるのよ。

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