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まあ。心理テストも案外、バカにならない。のかも。
活動前のルーティーン。メモ帳やスマホはデスクに伏せて、その日あったこと、の些細なものばかりを振り返る。雑談の種になることもあるし、等身大の自分を感じて、緊張をほぐすのにちょうどいい。
その中でふと、浮かんだ言葉。
『――ずばり、それは、金ですね』
桜条さんがなんでよと叫んで、後輩のあの子は淡々と補足。
別にそれが全てじゃないけど。でも一番を決めるなら、きっと私はそうだろう。
この活動を、普通じゃないこんなことをどうして続けているのかの、切実な理由はやっぱりそれで。
「――『前のライブ最高でした! 新曲も毎晩鬼リピしてます』、あまミカさんライブもスパチャもありがと!」
上げた前髪。慣れきった笑顔。置いた鏡に眩しいライト、デスク向こうの付箋には直近の話題デッキと、『ストリーム切れるまでが配信です』の標語。
「新曲ほんといいよね! 覚えやすい曲だし次やる時はコーレスやりたいんだよね〜……あ、そうそう間奏の振りな〜! あの動き結構大変なんだよなぁ…………コメント皆かっこいいって言ってくれるじゃん。ほんと? あははっ、できてたならよかった」
配信アプリ端のコメント欄。集めて早しのそれを慣れたペースで拾いながら、見慣れたアイコンと名前をバランスよく目に留めていく。偏って拾いすぎるのも不和の元だから、今度はあの人を拾おうかなとか。でもスパチャなら毎回ちゃんと読み上げて、ただがっつきすぎずにフレンドリーに。
「――うわ、一時間ってあっという間! 皆と話すの楽しくて……いや、もう終わらないとだって。アーカイブ長くなったら追うのつらいぞ〜。……うん、そうそう……皆も、今日も見てくれてありがと、金曜もよろしくね! ほんと、皆と話すと元気もらえるよ」
それじゃあお休み、いい夢見なよ。配信停止は三度確認、念のためカメラを布で覆って、マイクのスイッチはきちんとオフ。よし、大丈夫。
「……………………はぁ」
どより、と戻した前髪と同じくらい重い溜め息が漏れた。慣れてきた、慣れてはきたが、ハードルの方が積み上がる。同接は安定して延びていて、それはすごくありがたいけど。配信アプリも完全に落として、事務所からの連絡を軽くチェック。そっちは特段何もなく。
私には、秘密がある。金のため、別にそれがすべてじゃないけど。学校に隠れてアイドルをやっているとか、それくらいならまだ可愛かった。いや学則上はアウトだし、絶対誰にも悟らせないけど。
SNSを開けば、いくつも届いてるメッセージに、ざくざくの新着エゴサ結果。一番上にはMVの切り抜きスクショと大量の絵文字付きで、『ここの伶くん最強しぬ』の文字。グループの公式アカウント最新のポスターに並ぶのは、粒揃いのイケメンたち。
鏡を見れば、うへぇという顔で見返してくる、地味な女子高生。
『配信来てくれてありがとう! 皆の応援で走り続けられるから、これからもオレのこと、見ててくれたら嬉しいよ』
そう投稿したアカウントの名前は、『飛鳥井 伶』。
アイコンは前髪を上げたアイドル……男性アイドル。
そう。
素山澪は、性別を偽って、アイドルをしている。
*
「もう、いつもいつもどこに消えるのよ……!」
迎えの車の中で憤慨しながら、推しの配信の余韻に浸る。
せっかくの伶くんの配信なのに、開始十五分見逃すし、今日はスパチャもできなかった。恋、なんて言葉に無駄に思い悩まされるのも、早退常習犯でサボり疑惑の素山さんをまた見失ったのも、どっちもほんとに腹立たしい。学園に隠れてバイトしている可能性も考慮に入れて、まぁその場合は色々話はあるとして、色んなお店も見て回ったのに。
いや。確かに書類は完璧だったけど、そういうことじゃないし。
「充実してますね、お嬢様」
「あなた、面白がってるでしょう」
「毎日頑張っていらっしゃるので、うれしいんですよ」
ルームミラー越しの彼女の笑みに、もうと溜息を吐きだして。からはっとして、顔を上げる。
「そうよ! ねえ、今週金曜の夕方は平気?」
「あら、デートのお誘いですか?」
「そんなこと言ううちは誘ってあげない。空いているなら、手伝って」
「お嬢様とのデートがかかるなら、『はい』以外お返事が見つかりませんよ」
「空いてたら二人も呼びなさい! ……そうよ、そうすればいいんだわ」
そうだ、至極単純なこと。
私は桜条撫子。遠慮なく、使えるものは全部使う。
「――見てなさい、素山澪! 一体何にうつつを抜かしてるのか、絶対に突き止めてやるんだから!!」
「妬けちゃいますねえ」
「炎上上等よ! 生徒会長の不祥事だって新聞部に垂れ込んでほどよく燃やしてやるわ!!」
「ふふっ」
何が面白いのか、くすくす笑う彼女は置いておいて、良い気分でイヤホンを付け直す。
目処が立ってようやく、いつもの心地で彼に向き合えそうだ。新着コメントの時間表示から、録音の開始地点にジャンプ。聞き逃した開始の挨拶ひとつで、一気に心が溶けはじめた。