――最悪。
それはたとえば。
「う、わ」
「な、………………――は?」
学校に内緒のアイドルが、ファンにも内緒の男装が。ライバル視してきてぎゃんぎゃん噛みつく、堅物お嬢様に知られるだとか。
誰にも秘密の最推しが、推しにも秘密の恋の相手が。地味で根暗な面倒くさがり、なのに常時首席のあいつと知るとか。
終わったと、そう青ざめるアイドルと。
負けないが? と、真っ白に思考するお嬢様。
ここから実れる恋があるなら、はじまりは多分、そんな最悪。
*
「――ずばり、それは、恋ですね」
「はあー!?」
欲しくなったら手を伸ばす。
届かなかったら背伸びする。
大抵のものはそれで十分で、そうでなければ遠慮なく、使えるものは全部使う。
「桜条先輩が一番望んでいるもの。それは、恋です」
「こ、っこ、恋……!?」
でもいつも、どうしても届かないものにばかり目を奪われてしまうから。
そんな言葉に、そこまで動揺したのだろう。
生徒会室、放課後の会合。マイペースな後輩がいつものように雑談を持ち出し、乗せられて心理テストに付き合って。いやそう、ただの心理テストなのだから。
そう思い直そうとしても、どうしても過る、一人の顔。
「いえ! い、いえ、恋なんて、……ちょっと表現が性急よ!」
私が一番望むもの。
ステージ上の、あの瞳。
でも、それが恋だとするのなら。
「いや、」
と、コホン、と空気を読まない咳払いが思考を遮った。
「書きながら聞いてましたけど、あの質問で恋なんてわからないでしょ」
「そんな。最新の心理学研究に基づいた手法を参考に検討された診断をベースに独自に考案された質問ですよ」
「つまり、根拠ゼロってことですか……」
「当たるも八卦です。ほら、桜条先輩を見てください」
届かないもの、どうしても欲するものなんて、すぐに浮かぶのは二つだけ。そのうちの、絶対に恋と縁がない方。
下ろした前髪と俯きがちの表情がトレードマーク、というには印象はどうしても薄く。本人曰く、クラスメイトにさえ覚えられてないだとか。そんなことは知ったことじゃないけど、私にとっては常に目の上のたんこぶ。
その呆れた表情が、後輩に誘導されてこっちを見た。
「な、何よ」
「……まあ、当たってるようには見えますけど」
「でしょ?」
「わたくしは認めていませんけど!?」
これが恋かなんてわからないでしょう! 初恋だってまだなのに!
「いや、そんなに真っ赤だとさすがに」
「ま、真っ赤!?」
頬に咄嗟に手をやって、その熱に一層温度が上がる。
「ここ、これは怒り!! あなたに対する怒りよ!!」
「耳まで真っ赤ですけど……大体怒るなら私じゃなくて」
「うるさい! それに素山さん別に信じてないでしょ!!」
「桜条さんを見て考えを変えてます」
「はあーっ!?」
どうしていつもこうなるのか。いつの間に調子を狂わされ、清楚で優雅な仮面が剥がれる。大体恋という診断だって素山さんが見ていなければここまで動揺しなかったのだ。つまり勘違いだってそっちのせいだ。せいだけど、そう言うのもちょっと癪でしばらくぎゃあぎゃあ言い合いをしてると、のらりと後輩が割り込んだ。
「まあまあ。ついでに会長もやりましょう、当たれば二発二中ですよ」
「わたくしをカウントに入れないで!」
「あの似非心理テストをですか……まあでも、私も『恋』なんて結果になったら桜条さんのも間違いかもですね」
「いいからさっさと答えなさい!!」
「じゃあ、答えたら今日は帰りますよ」
「いいから! ……え、ちょっとまたなの!?」
週二回、今年度十回目の生徒会で、早退がこれで八回目なのだけど。去年含めたら限度があるというレベルではないのだけど。と続ける前に、ぱっと書類を突き付けられる。
「今日やることは片付けました」
「……ま、待ちなさい、不備があるかもしれないでしょ! 見てなさい!!」
「診断お願いします」
「では会長、第一問。イカの足は十本ですが、うち二本は――」
だから、そんなので恋なんてわかるわけないし。心理テストかすら怪しいし。
それに、もしもこれが、恋だったとして。
私が一番望むもの。
人気急上昇中のアイドル、
それが恋と呼ばれる感情だとして。それでも私は諦められない。相手がアイドルだとしても。この熱が冷めないうちはきっと、手を伸ばしてしまうだろう。
使える手段は全部使って、その先に何があろうとも。
――と、そう思ってしまった時点できっと。
でも、そうなら。
諦めないけど、いいのよね?