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18 時の指輪

コテージに荷物を置いたメンバーは、早速、山崎が示した城跡に行ってみることにした。俊太は、目の前を歩くさゆりにどう話しかけるか考える。島自体が小さいので、目的地にはすぐに着いてしまう。だが、地図がない中で森に入ってしまうと、うっかり方向を見失ってしまうこともあるだろう。また、城跡も思った以上に高さと迫力があった。レンガ調の塀は厳かで、しかしあちこち崩れかかっていることが時の流れを感じさせた。森の中に入っており、太陽の光が遮られてしまい、辺りは薄暗い。

「なんだか急に、肌寒いね」

 そう言って両手で白い肌の肩を撫でるさゆり。

「ちょっと待って。あんまり中に行くと危ないかもしれないから、一緒に……」

 背後からついてくる新藤の声が、微かに聞こえた時だった。俊太は地面がゆっくりと滑り落ちていくような感覚に襲われた。両手で頭を守り、砂ぼこりで目を閉じる。周囲から上がるいくつかの悲鳴。そして、尻と膝に岩が当たるような痛みを感じ、どこかに落ちたことに気づく。辺りは地上にいた時よりさらに薄暗い。足に痛みはあったが、傷があるのか全く見えない。粉塵が収まった頃、か細い声が聞こえた。

「理沙? 新藤君?」

 自分の名前が呼ばれないことに悲しさを覚えながらも、咽つつ応じる。

「さゆりちゃん? 俺、俊太だけど。他の奴らは大丈夫だったみたいだな」

 どうやって滑り落ちたのかは定かではないが、まずはさゆりを不安にさせないことと無事を確認することが最優先だ。声は近い。地面を探るようにして右手を宙で動かすと、柔らかい腕に触れる。

「怪我はない? 落ち着いて。俺がいるよ」

 そっと引き寄せるように手を握ると、耳元で冷たい声がする。

「馬鹿なの? 俺なんだけど」

 ひいっ、と声にならない悲鳴を漏らして退いた。勢いで、背後の物体にぶつかって横に転がった。痛いっ!という鋭い悲鳴で、さゆりに突っ込んだのだと理解する。

「ごめん! ほんっとごめん! 高石にちょっと」

 言い訳をしていると、段々と暗闇に目が慣れてきたようだ。薄っすらと右に高石、左にさゆりがいることが分かる。他の三人は、落ちなかったようだ。

「嫌だ……。擦りむいたみたい。めっちゃ痛い……。しかも、あんたたちが一緒って」

 微かに聞き取れるくらいだったが、さゆりは痛みで動揺しているようだ。高石は当てにならない。彼女を励ませるのは、自分だけだと信じる。頭上を見上げると、光は見えるものの相当の高さを滑り落ちたようだ。

「こんな無人島で、助けは来ないだろうし。自分たちで上まで行く道を見つけようか」

 パニックにならないように必死で次の行動を思案していた俊太をよそに、高石が立ち上がる気配がした。俊太とさゆりが無言でいると、ライトでパッと顔を照らされる。何をっ!と凄みかけて、すぐにスマホだと分かった。高石は周囲をぐるりと照らすと、再び俊太の顔に戻して告げる。

「ライトとして使えるけど、どれくらいで戻れるか分からないから、君たちのスマホはなるべく消耗するのはやめなよ。あと、飲み物もできるだけ」

「あ、俺。全部コテージに置いてきちゃった……」

 俊太の言葉に、高石は大げさなため息を漏らす。そして、一言「馬鹿なの?」と加えた。さゆりは一瞬だけ逡巡する表情を見せた後、高石の背負っているリュックを掴んだ。

「意外と頼りになるのね。早く、上に連れて行って」

「ちょっと。歩きにくいから掴まないでくれないかな」

 二人のやりとりが、俊太の胸に刺さる。足元は瓦礫の岩が転がっているようで平坦とは言い難かったが、それでもかつてここは使われていた道だというのは明らかだった。恐らく、城の地下として人々が行きかっていたのではないだろうか。高石も闇雲だろうが、角を曲がった時、微かに足音が遠くで聞こえた気がした。

「おい、なんか聞こえないか?」

「シッ!」

 さゆりは俊太を振り返り、素早く静かにするよう発した。口を噤むと、確かに複数の足音が近づいてきているようだ。新藤たちが探しに来てくれた! そう思って駆けだそうとした俊太の腕は勢いよく掴まれた。高石もさゆりも、俊太より前を歩いているはずだ。思わず叫びそうになった俊太の口を、今度はその誰かが塞いでしまった。んんっ!と振り払おうとした時、目の前が急に明るくなった。

 高石のスマホのライトではない。オレンジ色のぼんやりとした光は、蝋燭の火だろうか。複数の足音と共に姿を現したのは、カーキ色の軍服に身を包み、腰に銃や棒を刺した軍人のようだ。高石とさゆりも岩陰に姿を隠し、スマホのライトを消している。無意識に息を止めて佇んだ俊太は、男たちの姿が見えなくなって、口元に当てられた手が外されると大きく息を吐いた。辺りは再び薄暗くなっている。飛びずさって見た背後に立っているのは、どうやらすらりと背の高い女性だった。高石が、ライトを当てる。

「あなたたち、どこから来たの? こんなところで何をしているのよ」

 眩しそうに目元を手で隠しながら、女性は言う。年齢は、少し上だろうか。シャツを腕まくりし、ジーパンにシューズ姿の彼女は、リュックを背負って驚いている。

「あ、俺たち大学のミス研で島に遊びに来て。この城を見ようって歩いていたら、俺たち三人が落ちたんス」

「また、そんな人たちが来たのね。島へ来るのは勝手だけど、この城砦に入るのは危ないって知らなかったの?」

 女性は、自らを瞳だと名乗った。彼女がいうには、どうやら俊太たちが落ちた空洞は城の内部になっているらしい。要塞だったというように、兵士たちは敵がいないか監視しているそうだ。瞳に連れられて、大きな空洞となっている場所に連れていかれた俊太たちは、城の構造について大筋を聞かされる。地上に出るには、城の中核を位置するところの階段を上がる必要があるらしい。

「ちょっと待って。私たち、令和に生きているのよ? 兵士なんておかしいでしょ」

 さゆりの冷たく放った言葉に、瞳が鼻で笑った。

「おかしいと思うなら、あなたは自分で勝手に進めば? 奴らに捕まって亡霊となるのがオチね」

「亡霊? あれって幽霊なの? あんなにはっきり見えたのに? コスプレじゃないの?」

 さゆりの声が、急に勢いを失った。今までのイベントの様子を見ても、さゆりは怖い話が好きなくせに、誰よりも精神面は弱い。みるみる内に表情が強張っていく。

「今は、瞳さんに付いていくのが一番だろう。悪いんですけど、階段まで連れて行ってもらっていいですか」

 いつもは卑屈で、仲間の輪から一歩離れがちの高石が言う。咄嗟の判断といい、意外と性格がいいのかもしれないと思いなおす。瞳も軽く頷くと、静かにするよう口元に指をあてた。

「分かったわ。階段までは、そう遠くないから。でも、もしまた兵士が近づいてきたら、絶対に声を出してはダメ。姿だけ見られても、あいつらは気づかない。物音を立てたら、捕まるわ。いい?」

 彼女は俊太たち三人の顔に順番にライトを当てる。それぞれが頷いたことを確認すると、早速歩みを進めるのだった。

 瞳の懐中電灯の明かりがあるとはいえ、足元は暗い。進むスピードはゆっくりで、かつ背後が気になって仕方がない。何度も振り返りながら、浅い呼吸を繰り返して歩いていく。

「ねぇ、どうしてあなたは、こんなところに一人でいるの? あなたこそ、何をしていたのよ」

 怖さゆえか、若干剣のある口調でさゆりが言う。軽く振り返っただけの瞳は、答える。

「一人じゃない。ここには、考古学者の父と来ているの。別行動しているだけよ」

「そんなの答えになっていないじゃない! 何をしているかって聞いているの!」

「静かにしなよ。馬鹿なの?」

 俊太が止める間もなく、声を荒げるさゆりに高石が冷たく言い放つ。一瞬静かな間が訪れた後、瞳が続けた。

「あの兵士たち、何をしていると思う? 今も日本を守り続けているのよ。敵がいないか見張っているのが一つ。あとは、彼らの将官を守っているのね」

「……将官?」

 瞳は完全に足を止めると、振り返る。俊太たち三人が足を止めると、腕を組んでいう。

「あのね。知りたがりは結構だけど、騒がないでね。将官っていうのは、あいつらの親玉のこと。親玉は骨になっているのよ。そして、その遺骨を奪いに敵がやってくる。あいつらは、それから親玉を守ろうと戦っているの。だから、遺骨争いの戦いを防ぐために、私たちは毎日骨を取って、あいつらの陣地に渡しているのよ」

 一気に話してため息を吐くと、瞳は再びゆっくり足音を殺して歩き始める。俊太の体に一気に血液が逆流するほどの興奮が湧きたった。こんなことが現実に、あるはずがない。毎日、こんなことが起きているわけがない。もはや、この女を信じていいのだろうか。

「おい、それって君の腰に下げている袋にも関係しているのか? 銃じゃないよな」

 俊太がすごむが、瞳は腰の小さな袋に手を当てたあと、興味なさそうに答える。

「これは……、ちょっと嫌な奴がいるから、避けるためにもっているの」

 そんな瞳に、高石が鼻で笑った。

「そんなこと、どうでもいいよ。俺は、早く地上に上がれればいいんだ。ここは、いろんな噂があるみたいだしな。価値があるとしたら、ジェームズの指輪くらいだろうな」

「ジェームズの指輪?」

「なんだ、お前知らないの? 日本兵がうろつく噂くらい、ネットで見なかったのかよ。昔、この島に来たトレジャーハンターが落とした指輪がここに眠っているんだぞ。馬鹿なの?」

「お前さ、いちいち馬鹿なのってつけるのやめろよ! イライラするわ!」

 俊太が我慢できずにいうと、瞳が振り返って懐中電灯を向けた。咄嗟に口を噤んだが、遅かったようだ。幾人もの足元が、勢いよく俊太たちのいる方へ向かっているのが聞こえる。

「もう! 気づかれたじゃない。捕まらないように、逃げるのよ!」

 瞳の叫び声を最後に、四人は一斉に走り出した。




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