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09 大切な彼女

 バイトのシフトが終わる凜を公園で待っていると、新藤は一刻も早くこの問題を解決しなければと感じた。ベンチであやうく一眠りしそうになっていた新藤が、ベルの呼び声で顔を上げると、目の前に立っている凜の頬に絆創膏が貼ってある。これが初めてなら、気にしなかっただろう。だが、今日の傷はこれで何度目だ。

 ベルは、凜にもはや懐いてきたのだろう。飛び掛かりたくてうずうずしている。そのリードを必死に手繰り寄せながら、新藤は聞いた。

「何が原因?」

「お客さんのナイフ。シフトが終わるころに、食事中のカップルが喧嘩を始めたの。別に仲裁をしたわけじゃなくて、隣のテーブルを片していた時、彼女が投げたフォークが当たって」

「そうか」

「二人は逆に冷静になって、すごく謝っていたし、仲直りもしたみたいだけど」

「キューピッドになったんだね」

 もう怒る気もなくしたのだろう。力なく隣に腰を下ろす凜に、新藤は謝った。

「ごめん。さっきの話の続きだけど、『こっくりさん』は成功したの? つまり」

「指が動いたのかってことね。ううん、もちろん何もなかったよ」

「どうしてこんな目に遭っている原因だと思うの? 他に誰か同じことが起きているとか」

「ううん、それもない。だから、原因は違うのかもしれない。むしろ、実は、みんな私のことを気味悪いって感じで見始めている。かまってちゃんだと思っているのよ」

「誰かに心配してほしがっているってことだね。念のため聞くけど」

「そんなわけ、ないでしょ」

 ちらりと凜の背中を確認した新藤は、焦りを覚えた。朝は右側だけを取り巻くようにかかっていた靄が、今では左半分まで広がっている。この影が大きくなるほど、もしかしたら危険な事故は大きくなっていくのかもしれない。これが人の恨みなど感情で呪われているものか、生霊そのもののか早めに判断をしなければならない。公園は人通りが少なく、家に帰る距離さえ心配だ。新藤は、背負っていたリュックをとると、中をまさぐった。

「やっぱり、あんな降霊術なんてやっちゃいけないのよ。昔、お母さんにも怒られたことがあるの。操ることもできないのに、霊なんて関わってはいけないって。身を亡ぼす原因になるって知っていたのに」

 肩を落として、今にも泣きそうな凜の背中に、新藤はゆっくりと手を伸ばす。瞳に涙をこぼれそうなほどためた凜が、新藤を見上げる。そして、新藤が一気に凜の背中を片手で張った。バチン、と平手打ちされた音と、凜の痛みに上げた悲鳴が重なる。同時に、一瞬閃光が走った。ベルが興奮してリードが引ける限界の場所まで走り回る。だが、それも何をしているのかを目を凝らすと、凜の背中から一瞬離れた黒い影が、地面を逃げるようにはい回っているのだ。それをベルは捕まえようと走っていた。

「ベル、やめろ!」

 無暗に触ってほしくない。だが、新藤がベルに注意をひかれている間に、それは凜の背中に這い上がるようにして戻っていた。

「ちょっと、何をしたのよ!」

 訳が分からず混乱している凜に、新藤が慌てて説明する。

「ごめん、こういうのは不意をつくことがいいんだ。油断している間にこれ、えっとうちに代々伝わるお札なんだけど、これをちょっと貼ってみた」

「貼ったっていうより、ぶったって感じだったけど」

「……ごめん。でも、とにかくこれの想いが強いみたいで、やり返されて火花がでたんだ」

 ほとんどが燃えカスとなったお札を、新藤はリュックに戻す。

「思っていたより原始的な退治方法なのね。もう無理なのかも。帰ろう、おなか減っちゃった。おじいちゃんのご飯も作らないと」

「待って。もう一個だけ」

 立ち上がった凜の背中に、新藤は勢いよくペットボトルの水をかけた。ほとばしる水に目をつぶり、予想していたことだが、顔にかかった水を手で拭くと、凜が鬼の形相で立っていた。ベルは喉が渇いていたのか、新藤の手元のペットボトルから垂れる水を、懸命に舐めている。

「だ、か、ら」

「ごめんって。でも、さっきも言っただろう。不意打ちが必要なんだ。でも、今回は全く背中から動かなかったよ。あれ、なんか薄くなった気もするけど……気のせいか」

「それにしたって。びしょびしょじゃない!」

「もう、何ももっていない。本当だよ! これで除霊できたらって思っただけで。言っただろう? 何か理由があるはずなんだ。それを探っていこう」

「ほかの友達は、なんともないのにどうして私だけ」

 どんなに維持をはっていても、まだ大学生だ。不安で泣きそうになる凜を励ましながら、新藤はベルと一緒に、三階の大吉の元へ送り届けたのだった。

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