目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報
03 少女の記憶

「お前! 何をしているんだ」

 警報音が鳴り、鍵を開けた新藤が家の中に足をかけた時、背後から大声で呼び止められた。そこには、背広を着た恰幅のいい男が一人立っている。

「すみません! 詳しくは後で説明します。救急車と警察を呼んでください。中で人が倒れているんです」

「なんだって!? まったく、こんな時に……」

 男は背広からスマホを取り出すと、困惑した様子で電話をかけ始める。すると、開いた窓の隙間からするりと犬が飛び出し、男に向かって走り吠えている。足元を噛むような仕草を繰り返すと、男は怯えるような仕草で軽く犬の横原を蹴った。男の足がヒットした犬は、痛みに一声鳴くと後ずさった。数回唸った後、逃げるように門の外へ向かって走っていく。

「あっ、ちょっと!……ベル!」

 新藤が名前を呼んでみたものの、犬は振り返ることはない。そして、いつの間にか少女の姿も消えている。具合が悪そうにしていたので、家の中に夢中になっていた自分を反省する。だが、まずは倒れた住人をどうにかすべきだろう。

「あんた、ベルのことを知っているってことは、兄さんの知り合いか? 玲奈の彼氏って年ではないよな。」

 けが人が気になるものの、部屋の中に入っていいのか戸惑っていると、背後から声をかけられた。振り返ると、男は落ち着いた様子で、新藤を値踏みするように見つめている。

そして、カーテンをずらして家の中の惨状を確認すると、ぐっと喉を鳴らすように唸った。

だがそれは、ショックを受けたというよりも部屋は争ったように本や置物が床に散乱していた。テーブルの足元に倒れた男性の腹が大きく血で汚れているのが見えた。また、奥のほうで女性が倒れているのが見えたが、足元を向けているため詳細がつかめない。だが、二人とも生きているとは思えなかった。

「私は、玲奈さんの家庭教師でお世話になっていました。あなたは?」

「……家庭教師?」

 嘘だとばれる可能性もあった。だが、父親の知り合いだという方が怪しまれるかもしれない。まだ、接触をした人物の話をしたほうがいいだろう。ただ、それも本当にあの少女が玲奈だったとしたら、が前提だ。口の中が緊張で干上がっていく中、救急車のサイレンが近づいてくる。

「そうか。だからか……。俺は、玲奈の叔父だ。あそこに転がっているのは兄だよ。近くの私立学校を一緒に経営しているんだけど。本当に今日は、厄日だな」

 ため息をついた男に反応する間もなく、救急隊員が門を入ってきた。新藤はややこしくなることを覚悟で、大きく手を振って隊員を呼ぶのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?