違うんだ、パーフェクトファングクロー。確かにあの時は頭に血が上ってしまって思わずあんなことを言ったが、俺の守護精霊はパーフェクトファングクローしかいないんだ。お前が俺よりも他の人間を大切にしようとするから、ちょっとだけ悔しくなって意地悪が言いたかっただけなんだ。他の精霊を守護精霊にするなんてほんのジョークじゃないか。
「言い訳は聞きたくない!とにかく今すぐパーフェクトファングクロー殿に謝るんだ!許してもらうためならば何でもしろ!そうでないと、た、大変なことに……。
いいか、よく聞け。ついさっき、アレスター国から厄災が起こったと緊急で連絡があったのだ。これは世界を揺るがす大厄災だとな……」
父上の話すその内容に、俺は「は?」と間抜けな声を出すことしか出来なかった。精霊たちが、次々と人間を見捨てて姿を消しているだなんて信じられない。だが実際に教会の調べによって“加護無し”として烙印を押された人間がゴロゴロと出てきているというのである。
「ジェスティード、一刻も早くパーフェクトファングクロー殿に戻ってきてもらうんだ!実は昨日、そのアレスター国から教会の人間がやってきたんだ。厄災がどこまで広がっているか調べるためだと言って滞在許可を求められた。反対などできるわけがない。やつらはきっと何か企んでいるが、この国は大丈夫だと知らしめて帰ってもらうには今のお前の状態は危険なのだ。────もしもあいつらに“精霊に見捨てられた”と認定されたらどうなるかなど、わざわざ言わなくてもわかるだろう……?!」
今度は悲痛な顔をした父上の変化する表情を見ながら、さっき学園まで俺を捕らえに来ていた兵士たちをチラリと見る。その顔は王族を前にしているとは思えないくらいニヤニヤと歪んでいて、なにかを確認するかのように部屋中を舐め回すように見ていた。
あぁ、そうか。俺はあいつらには試されていたんだ。俺が本当にパーフェクトファングクローに見捨てられたのかどうかを確かめるために。だから、わざとあんな乱雑で横柄な態度で俺に接してきたんだ。今も部屋の中に異変がないか確認している。パーフェクトファングクローが俺の心配をして様子を見に来ていないか、俺を助けようとしていないか。だからこの部屋は何も置いてなく、窓すらも無かったのだ。もしもパーフェクトファングクローがくれば必ずわかるように。
このままパーフェクトファングクローが現れなかったらどうなるか。
「さぁ、早くパーフェクトファングクロー殿を呼べ!そして許しを請うんだ!!」
想定外の出来事に俺の体はガクガクと震え出してしまった。もしこの予想が当たっていたら俺はどうなるのかと考えるだけで恐ろしかったからだ。
「パ、パーフェクトファングクロー……!聞こえているんだろ?今すぐ出てきてくれれば、あんな言葉すぐに撤回してやるから……あんなの、本気じゃなかったんだ……だから」
静かな部屋に俺の震えた声が響いた。そして、かすかに足音が聞こえたかと思うといつの間にか見慣れぬ服装の人間が数人、扉の側に立っていた。
ああ、あいつらがアレスター国からやってきた教会の人間だ。鋭い目で俺を睨んできているそいつらに、例の兵士が近寄りなにかを耳打ちしている。それに気付いた父上が「ジェスティード、早く!」と声を荒げた。
「なぁ、パーフェクトファングクロー!拗ねてないでそろそろ出てこいよ……。頼む、謝るからさぁ!」
俺は泣きそうになりながら何度もその名前を呼んだ。世界にたったひとつの、俺が考えた大切な名前。長い名前が嫌だって言っていたが、子供心に俺は大好きなお前をたくさん呼びたくて、だからめいっぱい長い名前にしたんだ。
そして、ふと気付いてしまった。いつもほのかに感じていたパーフェクトファングクローの気配が昨日のあの時から感じられなくなっていたことに。当たり前にあったモノが消えてしまっていたのだ。
いつも俺を見守っていてくれたのに。親よりも兄弟よりも大切な絆だったはずなのに……。パーフェクトファングクロー、お前は本当に俺を見捨ててしまったのか。
「パーフェクトファングクロー……ごめ、ごめんよぉ…………」
「なんてことだ……」
父上がガックリと床に手をついて項垂れていた。
この日、ガイスト国の第二王子ジェスティード・ガイストは王族としてあるまじき“加護無し”になってしまった。教会の人間にバレたのだからそれは即座に発表されてしまうだろう。隠すことなど到底出来はしない。
一度失ってしまった守護精霊との絆は二度と戻ることはない。もちろん、他の精霊が承諾すれば新たな守護精霊が見つかる可能性も無いわけではないが……いくら精霊が気まぐれだはといえ、自分の守護精霊に見放されるような人間に他の精霊が興味を抱くことは難しいだろう。余程その人間の魂が魅力的でない限りは。
ジェスティードは知らない。彼が生まれた日に群がっていた精霊たちは決してジェスティード本人に興味があったわけではないことを。それはパーフェクトファングクローが、ジェスティードが生まれる前から自分が守護精霊になると周りの精霊に宣言していた存在だから面白がって顔を見に来ていただけなのだ。実際、ジェスティードの魂には王家特有の強さはあったものの第一王子のそれに比べればかなり劣っていた。精霊たちから見れば期待が大きかった分、所謂“欠陥品”扱いの彼にちょっかいをかける精霊はいたが守護精霊になろうとまではしなかっただろう。だが、パーフェクトファングクローはそんなジェスティードの魂の存在を感じ取った瞬間から守ろうと思っていた。放っておけなかっただけではあるが、パーフェクトファングクローを他の王族の守護精霊たちも歓迎して賞賛していたのだ。
そんな、ひとりの精霊との絆を自ら断ち切ったジェスティードの新たな守護精霊になろうとする精霊など、この世界のどこにもいなかったのだった。