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第110話  失ってしまったモノの大きさは②

 その時、パッと部屋が急に明るくなったかと思うと聞き覚えのある腹の底にズドンとくるような重低音が部屋に響いた。怒っている時の声音だとわかると、俺の毛穴からぶわりと冷たい汗が吹き出してくる。


 ずっと暗闇だった上に寝起きなせいかその明るさに目が眩んだが、その声だけで誰がやってきたかは一目瞭然だった。どうやらすでに翌日の朝になってしまっていたようだ。


 兵士たちが一斉に頭を下げ、部屋の壁に沿うように並び出す。そして国王専属の騎士たちに囲まれて姿を現した父上……いや、国王陛下が絶対零度の視線で俺を貫いていたのだ。


「お前は、そのような姿で何をしている」


「────……ち、父上!お、おはようございます。ご、ご機嫌麗しく……」


 俺はその迫力に押されてゴクリと生唾を飲み込んだ。そして芋虫のように寝そべった格好のままだと気がついて急いで姿勢を正そうとするが、手が拘束されたままのせいでなんとも不格好な挨拶になってしまった。


「本当に、機嫌が良いとでも思っているのか?昨日の失態をどう責任を取るつもりだ!」


 威圧とも感じられる声音がビリビリと腹の底に響いた。これは父上と守護精霊の両方が怒っている時の雰囲気そのままだ。姿は見せていないが、父上の守護精霊も怒り心頭といったところだろうか。


「ち、違うんです!これにはちゃんと理由が……」


 あまりの迫力に怯えながらも、しどろもどろと説明を始めたが父上の視線の冷たさが緩むことはなかった。説明さえちゃんとすれば本当に悪いのは誰なのかすぐにわかってもらえると思っていたのに、なぜ父上はそんな落胆したような顔をしているのだろうか。


「……お前は愚かにも、パーフェクトファングクロー殿に契約を解除すると言ったらしいな。いつもわがままばかり言っているお前を大切にしてくれていた守護精霊だったのに、なんてことをしてくれたんだ。どうせまたお前が一方的に癇癪を起こしたんだろう!」


「そ、それは……確かにこれまで俺は多少わがままだったかもしれませんが、今回に限ってはパーフェクトファングクローの方が悪いんです!だって、あいつが先に俺を裏切ったんですから!父上も守護精霊との関係は信頼が大切だと言っていたではないですか?!それなのにパーフェクトファングクローはお小言ばっかりだし、あんな時まで“加護無し”のフィレンツェアばかり庇うし……だから、つい売り言葉に買い言葉で。で、でもご安心ください!なんてったって俺の守護精霊になりたい精霊は数え切れないほどいるんですから、すぐにパーフェクトファングクローより優秀な守護精霊をお見せしてみせます!ま、まぁ?父上はパーフェクトファングクローを気に入っているようだし、あいつが泣いて謝ってくれば許してやらないこともないですよ!そうしたら、すぐにもとどお「こぉんの、大馬鹿者がぁぁぁ!!」ぐへぇっ!?」


 父上はいつもパーフェクトファングクローを気にかけていたから、きっと俺の守護精霊が他の精霊になるのが嫌なんだろうと思って俺の考えを教えることにしたのだ。そうすればすぐに笑顔になって「さすがはジェスティードだ」と、「そんなに精霊たちに愛されているなんて自慢の息子だな」と、褒めてくれるに違いない。そう思っていた。だが、父上は今度は怒りで顔を真っ赤にし目をつり上げて俺の頬を殴ってきたのである。


「お前の守護精霊になりたい精霊が数え切れないほどいるだと?!そんな奇特な精霊がどこにいると言うんだ?!寝言は寝てから言わんか!


 お前がパーフェクトファングクロー殿に吐いた暴言は全て報告が来ているんだぞ!もちろんお前の行動もな!!お前は学園の教師の許可がないと入れない立ち入り禁止区域に自分の立場を乱用して無理矢理侵入し、パーフェクトファングクロー殿が止めるのも聞かずに根拠の無い話を一方的に信じて隣国の……アレスター国の第二王子を害そうとしたそうだな?!取っ組み合いだけならばまだなんとかなったものを、あからさまな殺意を持って襲いかかったそうじゃないか!その場にいた教師が機転を利かせて精霊魔法で防いでくれたからたまたま無事だったが、友好の証として留学してきた他国の王族を襲ってケガでもさせればヘタをすれば戦争になるところだったんだぞ?!それに、もしもパーフェクトファングクロー殿がその身を持って庇ってくれなければお前はその場で危険人物として逆に殺されていたかもしれないんだからな……!正当防衛だと言われたら反論など出来ないようなことをしておいて、頭に花でも咲いているのか!いいか、相手も王族だということを忘れるな!」


 今度は反対側の頬をまたもや力いっぱい殴られたが、痛みに反応している余裕はなかった。父上の言葉であの時のパーフェクトファングクローの顔を思い出してしまったからだ。


「そんなパーフェクトファングクロー殿にお前はどんな暴言を吐いたのだ?!だいたい、守護精霊との契約を解除するというのがどんなことかわかっているのか?!ああ、なんて情けない!今すぐ泣いて謝るのはお前の方だ、ジェスティード!」


「そ、そんな、大袈裟な……。たかが子供の喧嘩くらいで戦争だなんて……。結局ジュドー・アレスターは無傷だったじゃないですか!それに、パーフェクトファングクローはなんだかんだ言って俺に甘いから、いつも笑って許してくれてるし……」


 そう言えば、俺が「お前なんかいらない」と言った時、パーフェクトファングクローはどんな顔をしていただろうか?ちゃんと思い出せない。ただ、その時の無のように静かでひんやりとしていた声だけが脳裏に木霊していた。




“『ジェス坊……。それは本気なのか…………本気で、俺様の事がいらないと……』”




 そう呟いたパーフェクトファングクローは、もしかして俺の言った事を本気にしてショックを受けたのか……?そう思った途端、背筋がゾッとした。


 ────え、まさか本当に本気にしたのか?これまで口喧嘩なんてそれこそ両手でも足りないくらいしたし、その度にパーフェクトファングクローに「あっちにいけ」だの「こっちにくるな」だのと散々言ってきたんだ。だがその度にパーフェクトファングクローは『ジェス坊は仕方ねぇなぁ』と許してくれていたのに、なんで。






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