でもこれは……今だからこそ思うのだが、天然というよりは相手によって使い分けてるって感じがして、もはや職人技のようだ。結局ルルの
ルルが「おーい」と手を振ると、それに気が付いたジェスティード王子が血走った目をさらにひん剥いて反応した。一気に焦点の合った瞳がルルの姿を捕らえると、少しだけ頬に色味が戻ったように見えた。
「ちくしょう、パーフェクトファングクローめ!裏切り者、大嫌いだ、あいつなんか、あいつなんか────あ!ル、ルル……!?ああ、ルル!ル、ルルなんだな?!あい、会いたかった……!会いたくて、ずっと探していたんだぞ……!!お、俺は……!俺は!!」
そこいらに唾を飛ばしまくり、ルルの名前を鼻息を荒くしながら連呼するジェスティード王子のその過剰な反応にルル本人は唇の端をヒクヒクと震わせて「うわぁ……ナニコレ」と苦笑いで呟いている。だが、すでに盲目になっているジェスティード王子の目には不都合な真実などは見えていないようだった。きっと自分を見て頬を赤らめて再会を喜ぶルル……そんな夢のような光景が脳裏に広がっているのだろう。
そんなジェスティード王子が、まるで餌を目の前にぶら下げられた馬のような勢いでルルに駆け寄ろうとしたがグラヴィスの腕がそれを瞬時に止めていた。
「申し訳ありませんが……今は他生徒との接近はご遠慮下さい、ジェスティード王子殿下。理由は
グラヴィスの眼鏡がギラリと光ると、ジェスティード王子は目をギラギラと殺気立たせ鼻息は荒いままで今度は苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いた。ギリギリと歯を食いしばっている剥き出しの歯茎からは血が滲んでいる。
私も、もちろん小さなフィレンツェアもこんな姿のジェスティード王子は初めて見た。神様はジェスティード王子の事を「少しだけコンプレックスを持った完璧王子の設定なんだよ♪」と言っていたから余計に驚いたのかもしれない。
一体ジェスティード王子が何をやらかしたのか気にはなるが、グラヴィスがやたらピリピリしているように感じてそれを聞き出す雰囲気ではない。それにジュドーも何も言わずに大人しくしてはいるが、やはりジェスティード王子と同じく殺気立っているようにも見えた。
「あああ、シュヴァリエ先生!ご無事だったんですね?!わたし、もうどうしたらいいかわからなくて……!」
ここぞとばかりにグラヴィスに抱きつこうとしたカンナシース先生だったが、無意識なのかわざとなのかグラヴィスはそれをヒラリとかわして私とルルに怪我はないかと声をかけてくる。真っ先に生徒の心配をするところがグラヴィスらしいと言うべきか。ルルが「カンナシース先生の片想いって、実らなそうだよね」と小声で言ってきた。カンナシース先生には申し訳ないが同意してしまいそうになった。
もう一人の男性教師がよろけたカンナシース先生に心配そうに駆け寄っていたが、グラヴィスは視線すら向けない。カンナシース先生は引きつった笑みを浮かべるばかりだ。あれだけグラヴィスに心酔しているカンナシース先生だが、ルルの読み通り、恋の相手として意識はされていないようである。
「……マッカオーニ先生、カンナシース先生。この場の調査は後にして、まずは生徒たちを帰しましょう。レフレクスィオーン先生のことですから心配は無いと思いますし、まずは一刻も早くジェスティード王子殿下と守護精霊の事を陛下にお伝えしないと……」
「そうですね。特に守護精霊については……もしものことがないとも限りませんし。アレは、冗談だったで終わる話では無いと思います」
「そ、そちらでは何があったんですか?それになぜジェスティード王子殿下がご一緒に……も、もしかして彼らが王族である王子と喧嘩をしたんですか……?!それは大変ですわ!あああ、どうしましょう……」
3人の教師たち(一部勘違い)の話し合いにより、その後、私たちの話や詳しい調書は後日にまた改めて聞く事になったからとそれぞれが家や寄宿舎に帰されることになった。
だが、その日が来ることはなかったのだ。
あれから数日後、レフレクスィオーン先生が失踪し行方不明だと正式に発表された。それを聞き、あの時の事だと確信する。本人がいつも自慢気に語っていた、自分に忠誠を誓っているというレフレクスィオーン先生の守護精霊もいなくなってしまったそうだ。
それだけでも学園を騒然とさせるにはじゅうぶんな騒ぎだと言うのに、さらに隣国では守護精霊が消えてしまい“加護無し”になる人が続出していると言うのだ。
そして、この世界に厄災が降りかかっているのだと宣告された。
ある日突然、守護精霊が消えてしまい呼び掛けに応えてもらえなくなった人たちは“精霊に見捨てられた存在”として混乱のさなかに王族から“加護無し”の烙印を押されてしまった。さらに、それにより巻き起こった暴動と争いのせいで、想像を絶するような事になっているらしい。
その厄災は、もちろんこの国の王族にも降りかかっていた。
「なぁ、パーフェクトファングクロー!拗ねてないでそろそろ出てこいよ……。頼む、謝るからさぁ!」
何度も繰り返して名前を呼んでも、その声に反応する守護精霊はその場に現れなかった。それを目撃した国王は床に手をつき嘆いたという。
守護精霊との繋がりすらも感じられなくなったジェスティード王子は────あんなに嫌っていた“加護無し”と認定されてしまったのだ。それが何を意味するのかは、ジェスティード本人がよくわかっているはずだった。