それに、確かに昔から小言は多かったがそれは俺に対する愛情の裏返しなのだわかっているからいつもそれが嬉しかった。だってパーフェクトファングクローの言葉はそこいらの貴族や教育係なんかとは違って、いつもどこか温かいからだ。
ついパーフェクトファングクローに甘えてしまっている自覚もあった。でもそれは信頼しているからだ。子供の頃から、イタズラする時も叱られる時もずっと一緒の存在……パーフェクトファングクローは唯一無二の俺の本当の家族だった。未だに俺を『ジェス坊』と呼んでいつまでも子供扱いするのが困ったところではあるが、嫌な気はしない。父上や母上に言えないような秘密も、パーフェクトファングクローにだけは全部打ち明けてきた。時に厳しく時に優しく……パーフェクトファングクローはいつも俺に寄り添ってくれていたのだ。
だから、ルルとの事も色々と言ってはくるが無理矢理別れさせようともしないのは俺を大切に思ってくれているからだと知っていた。ルルのお願いだからと一時期パーフェクトファングクローを遠ざけていたから面白くないのかもしれないが、そのうちルルの良さに気付いてくれるだろうとも思っていた。……やたらフィレンツェアの擁護をするのはどうしても引っかかるが、一応あの女は俺の婚約者なのでパーフェクトファングクローの方が正論なのは仕方が無い事だとも。なんだかんだ言って精霊には“真実の愛”を理解するのは難しいのだろう。
王族であるのに真実の愛を求める俺はやっぱり子供なのかもしれない。それでも、パーフェクトファングクローは最後には必ず俺の味方でいてくれる。人間なんてルル以外は誰も信用出来ないが、守護精霊であるパーフェクトファングクローだけは絶対に俺を裏切ったりしないと信じていた。
それなのに────パーフェクトファングクローが、俺を裏切ったのだ。俺は、絶望でいっぱいになった。
この日、俺は朝からルルに会いたくて必死だった。最近は定期的にルルの側にいないと不安な気持ちばかりが膨れ上がってきて全然落ち着かない。それなのに昨日からルルの様子がいつもと少し違っていた。なぜか、急に俺への関心が薄れてしまったような……。気の所為だとは思うが、自分ではよくわからない。とにかくルルに会わないと俺は俺で無くなってしまうような気がしていた。だから血眼になって探して、噂を聞きつけこの場に乗り込んだのだ。
レフレクスィオーンという教師は俺を見るなり聞いてもいないのに噂の事をしゃべりだした。この教師は、“加護無し”が第二王子の婚約者であることにずっと不満を抱いていたそうだ。あんな“加護無し”など俺の婚約者には相応しくないと。“加護無し”には何の価値も無く、生きているだけで邪魔な存在なのだとも。そして諸悪の根源がフィレンツェアとジュドー・アレスターであることを教えてくれたのだ。確かにルルの様子が変になったのもあの男が留学してきたからかもしれない。きっと無垢で純真なルルの心をあの男が傷付けたに違いないのだ。
パーフェクトファングクローは『無理にこじつけてばかりでどうにも支離滅裂だ。ちゃんと落ち着いて考えろ』と俺を諌めようとしたが、その言葉は俺には届かなかった。
俺はパーフェクトファングクローを無視して教えられた部屋へと急いだ。それでもパーフェクトファングクローはちゃんと俺に付いてきてくれている。ほら、やっぱり俺が大切なんだ。ちょっとくらい無理を通してもパーフェクトファングクローなら許してくれると思ったんだ。そう考えたらモヤモヤとしていた気分が少しだけ良くなる。
……そう言えば、背後で何か声が聞こえた気がしたが今はそれどころではないな。早くルルを害したジュドー・アレスターと悪女であるフィレンツェアをどうにかしなくてはいけないのだから!
そして俺はジュドー・アレスターと戦った。ルルを守るため、俺の名誉を守るため……なんとしてもこの男に勝たなくてはいけない。どこから降ってきたのか謎のどしゃ降りのせいで水浸しになってしまったがそんなことなどどうでもいいことだ。それに、部屋には他にも誰かいるようだと途中から気付いてはいたが俺の邪魔をしないのならば放置しておけばいいだろう。
それにしてもこのジュドーという男、急に呆けた顔をしたと思ったら人を上から見下してさらには俺の手を捻り上げるなんて非道な行動をするとはとんでもない悪党だ。少し背が高いからって調子に乗りやがって。
だがすぐに事態は好転した。グラヴィス・シュヴァリエが俺の味方だったようでジュドー・アレスターを抑え込んでくれたのだ。だからこれはチャンスだと、パーフェクトファングクローに命じたのに。
俺はもうひとりの教師に囚われてしまったが、こいつは俺の立場をよくわかっているから無理強いはできないはずだ。いつでも振り切れる。あとはパーフェクトファングクローがあいつを噛み殺してくれればこの場はおさまるのだ。そう思っていた。
だが、パーフェクトファングクローは俺の命令に背いたのだ。
なぜジュドーを殺さない?
なぜジュドーの守護精霊に優しくしている?
なぜジュドーとその守護精霊の姿を、そんなに羨ましそうな目で見つめているんだ…………?
────あぁ、そうか。お前も俺を裏切るのか。
気が付くと俺は教師の手を振り払い、近くにあった頑丈そうな椅子を持ち上げていた。
「パーフェクトファングクロー……お前がやらないなら俺がやる!そこをどけえ!この裏切り者めぇぇぇ!!」
俺はジュドー・アレスターに向かって勢い良く椅子を振り下ろしてやったのだ。あの頭をかち割って生意気な顔をぐちゃぐちゃにしてやる。そうすればみんなわかるのだ、俺に逆らうことの愚かさを。
激しい衝撃音が響き、椅子がバラバラに砕け散ると……辺りは真っ赤に染まっていた。
しかし、ジュドー・アレスターは無事だった。
「……パーフェクトファングクロー、なんで…………」