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第103話  大切な存在①


※ジェスティード視点




 俺にはこの世に、何よりも大嫌いな人間がふたり存在している。


 それは異母兄である第一王子と、婚約者のフィレンツェア・ブリュードだ。このふたりのせいで俺の人生はめちゃくちゃになってしまったんだ。






 初めて会ったときからフィレンツェア・ブリュードの事が大嫌いだった。



 精霊に見放された“加護無し”の公爵令嬢。フィレンツェアの事は守護精霊もいないくせに金と権力を振りかざす底辺の人間だと思っている。見た目はそれなりにマシな容姿をしているのかもしれないが人間は見た目じゃない、中身が肝心なんだ。フィレンツェアの中身なんて最低最悪に決まっている。なによりも“加護無し”であることがその証拠だ。フィレンツェアの魂が穢れているからこそ、精霊にも家族にも見放されているんだろう?


 それでも、確かに公爵家の一人娘である事だけは多少は価値があるかもしれない。それは認めるが、だがたったそれだけだ。なにせ“加護無し”である時点であの女個人に存在価値など無いも等しいのだから。


 強力な後ろ盾のためとは言え、そんな“加護無し”を婚約者にさせられた俺の気持ちが誰にわかるというんだ?


 情けなくて惨めで、ずっと悔しかった。王族ならば政略結婚など当たり前だと皆は言うが、“加護無し”の力を借りなければ王太子にもなれないなんて情けない王子だと影で笑われているのは知っている。それなのに本当に俺を愛してくれる人も見つからないままなんて、俺はなんてかわいそうな人間なんだ。そう思ったら余計にフィレンツェアが憎くなった。


 それでも、ブリュード公爵家の後ろ盾のおかげで俺は王太子候補にまでにはなれた。ブリュード公爵家はこの国でもとても強い力を持っている。それこそ一人娘が“加護無し”であったとしても揺るがないほどの権力があった。だからこそ、俺の父である国王はフィレンツェアを俺の婚約者として認めたのだろう。


 それに、フィレンツェアが婚約者になってからある意味では裕福にもなった。なにせブリュード公爵家からの支援金のおかげで金は使い放題だ。俺に難色を示す貴族どもの愚かな口を金の力で塞ぐ事もできたし、例えばなかなか手に入らないような珍しい品物でもフィレンツェアに俺がひと言「アレが欲しい」と言えば必死になってそれを献上してくるのだからすぐに俺のものになる。その時だけは皆が俺を羨ましがったものだ。だが、これは当然の権利なのだ。フィレンツェアと婚約してやって、フィレンツェアにを与えてやったのは俺なんだからな。これでも足らないくらいだ。


 俺はストレスが溜まる度にそれを発散するため、フィレンツェアに無茶な要求ばかりをし続けた。フィレンツェアはいつも俺の顔色を伺っているから決して断りはしない。第二王子の婚約者の座に必死にしがみついている姿は滑稽で、そんなフィレンツェアを見ていると少しだけ心のモヤモヤが晴れた気がした。


 しかし……それくらいでは俺の本当の心は全然満たされなかったのだ。


 確かに王太子候補にはなれた。周りの人間は口々に「ブリュード公爵家のおかげだ」と言うが、そのブリュード公爵家の後ろ盾を持ったとしても結局は候補止まりでしかない。これではフィレンツェアと婚約した意味がないと余計に苛立つことが増えてしまう。


 だが、その理由も本当はすでにわかっている。……父上は、の存在が忘れられないのだ。だから俺を正式に王太子として任命してくれないのだと、それはもはや誰もが知る公然の秘密だ。


 俺は国王と正妃との間に生まれた王子だが、第二王子だった。第一王子である側妃との間に生まれた異母兄とは病弱だからとずっと会うことはなかったのにある時突然、奴は俺の前に現れたんだ。そして、あらゆる方面で俺より優秀であることを見せつけてきたのである。事実、異母兄にはなにも敵わなかった。実際に顔を合わせれば存在感の薄いイマイチな奴で顔だってハッキリ覚えていないほどだ。それなのに、これまで俺が必死に守ってきた全てを奴はいとも簡単にかっさらっていってしまったのだ。



 ずっと第一王子に無関心だったはずの父上が、期待を込めた目で兄上を見た時のことは今でも忘れられない。それは俺がフィレンツェアと婚約して兄上よりも立場が上になっても、その兄上がまたもや領地に引っ込んで寝たきりになったらしいとの噂を聞いても……父上は心の何処かでずっと兄上を気にしていたのだ。正妃である母上よりも溺愛していると言う側妃の息子を……。


 それでも俺は、“俺自身”を認めて欲しくて頑張ったんだ。けれど、何をしても「やっぱり兄王子の方が優秀だった」と「なぜ、兄王子のように出来ないのか」と比べられ続けたのだ。


 あんな奴のどこがいいんだ!王太子争いから逃げ出した腰抜けのくせに!出自の怪しい側妃の子供のくせに!なんの後ろ盾もないくせに!なぜ今更、父上やみんなの関心を引くのか……!!



 そんな生活の中で、守護精霊のパーフェクトファングクローの存在は俺の心の支えだった。ルルとの逢瀬も、もちろん俺に自由と潤いを与えてくれるが……パーフェクトファングクローはまた別格で特別なのだ。


 パーフェクトファングクローは口うるさくて世話焼きだが、決して俺を見捨てたりしない。生まれたばかりの俺の魂を選んでくれた俺だけの守護精霊だからだ。俺が生まれた時は数え切れない程の精霊が群がっていたそうだが、パーフェクトファングクローがそれらを全て蹴散らしたらしい。それほどに俺の守護精霊になりたかったのだろう。その頃から俺は精霊に愛されていたのだ。







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