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第102話  交差する殺意③



「……君には関係ないよ」



「関係あるさ、俺は教師だ。それに、この守護精霊は話のわかる精霊だと俺は思うぞ。……あの王子よりはよっぽどな」


 ため息混じりのその言葉に「パーフェクトファングクロー」とジェスティードに呼ばれていた守護精霊に視線を向ける。グラヴィスの言う通りさっきまでのエグいほどの殺気はすでに消えていて、その牙でボクを切り裂く気はないようだった。ライオン精霊は牙を引っ込めると、なんだか疲れ気味に深いため息をついていた。あんなに殺気立っていたくせに今は申し訳なさそうにしている。


『……ジェス坊は、今はちょいと駄々をこねてるだけなんだ。本心じゃねぇと思うんだが、代わりに謝らせてくれ。この部屋にも無理言って入っちまってな。それとこれは言い訳になるが、あのレフレクスィオーンとか言うハゲ……いや、教師が何のつもりかフィレンツェアお嬢ちゃんの悪口ばっかりジェス坊に吹き込んできやがったんだ。まったく、王子ともあろう者が自分に都合のいい話ばかり信じ込んで暴走するなんて情ねぇったらありゃしねぇ……あぁ、それとさっきのは慣れない気配を感じたとったもんでつい警戒しちまったんだ。すまなかったな』


「……その名前、長すぎて不便じゃないの?」


 思わずそんな事が口をついて出ると、ライオン精霊は『この名前は、なんというかジェス坊の趣味でなぁ……出来ればクロと呼んでくれや』と鋭い爪先で器用に頬をかいていた。


 どうやら精霊本人も困っているようである。自由で気まぐれな精霊ならばこんな名前は嫌だと跳ね除けることも出来るだろうに、やはり精霊にも色々な性格がいるようだ。なにかの資料で読んだことがあるなぁ……そうだ、世話焼きなおかん属性ってやつだ。あんな馬鹿なジェスティードのお守りをしなきゃいけないなんて大変だよね、その点については同情しちゃうかも。そう思ったら少し落ち着くことが出来た。だからって絶対に許したりはしないけれど。



 あぁでも、ゲームの設定ではそこまで細かくは決めていなかったから少し変な感じではある。


 それにしてもこんな名前を守護精霊に付けるなんてもしかしてジェスティードってば厨二病ってやつ?守護精霊の名付けなんて決めて無かったからボクの趣味じゃないことだけは確かだよ。変なイベントばっかり始まってるみたいだし、やっぱりパラレルワールドになっちゃうと曖昧にしていたところが全部変わっちゃうんだなぁ。と、改めて思ったよ。



「ところで、パーフェクトファングクローくん」


『クロだ』


「えーと……クロくん、とりあえず君のお尻に噛み付いてる“うちの子”を返してもらっていいかな?」


 あえて誰も触れなかったが、パーフェクトファングクロー……いや、クロのお尻にはいつの間にかゲイルが噛み付いたままぶら下がっていたのだ。同じ王族の守護精霊とはいえ、クロとゲイルの力の差は歴然である。ジュドーの守護精霊であるゲイルは精霊としてもまだ子供だ。あるきっかけでパワーアップする設定だったのだが、それを実行するにはヒロインがジュドールートを選んだ上にとあるイベントで好感度が最高値にならなくてはいけないのだ。ジュドーには申し訳ないが、ボクはヒロインとどうこうなるのはお断りだよ。


『ん?ああ……、さっきからくっついてるこいつはお前さんの守護精霊か。まだ若い風の精霊だな。契約者を守る為に俺様に立ち向かってくるなんざ、なかなか根性がある……大事にしてやんな』


 するとクロが尻尾でペシッとゲイルを軽く叩くと、ゲイルの体はコロンと床に落ちてしまった。うるうると瞳に涙を浮かべているがケガはしていないようだ。


『うっ、うっ……うわぁ〜ん!ジュドー、無事でよかったよぉ〜!目が覚めたらジュドーがどこにもいないし、全然名前を呼んでくれないし……もしかしたら大ケガしてるんじゃないかって心配してたんだ〜っ!!そしたらこのおっきな精霊がジュドーに殺気を向けてたから……ケガは?!ケガはしてない?!どうしてすぐ名前を呼んでくれないんだよぉっ!!』


「ごめんごめん、悪かったって。ボクは大丈夫だよ」


 ゲイルが泣きながらボクに抱きついてくると、さすがにグラヴィスも思うところがあったのかボクの腕を自由にしてくれた。もちろん「くれぐれも下手なことはしないように」と忠告つきだったけれど。ゲイルがどこにいたのかは知らないが、守護精霊にこんなに心配されてるなんて思わなかった。まぁジュドーは友達も碌にいない拗らせたボッチなキャラクターだから、守護精霊からしたら心配になるものなのかもしれない。自由になった手で泣きじゃくるゲイルを抱き上げていると、その様子を見ていたクロがポツリと呟いた。


『……なんか、お前さんたちが羨ましいなぁ』


「?どうかしたのかい、クロく……っ!」


 どこか悲しげな声色が気になり、声をかけようとしたその時……その奥に不気味な笑みを浮かべるジェスティードが何か大きな塊を振りかざす姿が見えたのだ。



「パーフェクトファングクロー……お前がやらないなら俺がやる!そこをどけえ!この裏切り者めぇぇぇ!!」



 そんな叫び声が聞こえたかと思うと、ばきぃっ!!と硬い物がぶつかる衝撃音と共に肉の抉れる不快な音が部屋に響き────ほんの一瞬でボクの視界は真っ赤に染まっていたのだった。






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