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第98話  揺らめく感情②

 ……うん、信じてくれてよかった。だが、逐一私に対する引っかかる発言はどうしたものか。言い回し方が思わずカチンときてしまう。いくら悪意はないとはいえ、やはりカンナシース先生も心の奥底では私の事が……いや“加護無し”が嫌いなのだろう。それだけ“加護無し”に対する差別は根強いのだとわかってはいるつもりだけれど……。


「でも心配しすぎだったわね!それに“加護無し”のブリュードさんには“王子の婚約者”であることしか価値が無いもの!価値を見出す為に無理矢理になったのに、せっかくの婚約者の立場を自分から危うくするようなことしないわよね。うふふ、ごめんなさいね?」


「いえ、気にしないでください……」


 ズキン。と、私の中で小さなフィレンツェアの心が痛んだ気がした。小さなフィレンツェアにとって、せっかく吹っ切れたはずの過去をほじくり返されて気分が良いはずがない。アオと出会えてからも“加護無し”で居続けたのはジェスティード王子との婚約を破棄するためだし、それについては小さなフィレンツェアも同意してくれているが……やっぱり、ずっと守護精霊がいなかった事実は小さなフィレンツェアを苦しめていたのだ。それに、今はそのアオもいなくなってしまったし……。


「あらブリュードさん、なんだか顔色が悪いわね。やっぱり“加護無し”は精霊に見放された存在だから体も弱いのかしら!こんなささやかなトラブルも耐えられないんじゃ結婚してからはもっとたいへ「カンナシース先生!」……あら、どうしたの?ハンダーソンさん」


 カンナシース先生が不思議そうに私の顔を覗き込もうとしたその時、ルルが遮るように甲高い声をあげる。魅了魔法なんて使っていなくても、人を惹きつける透き通った声はとても綺麗だ。これもまたヒロインの魅力のひとつであった。


「あたし達の事はもういいからぁ、早くシュヴァリエ先生の所へ行きましょうよぉ!きっとシュヴァリエ先生はを待ってるんじゃないですかぁ?それにあたし、もうこの部屋にいるの飽きちゃったしぃ〜!」


 ルルはカンナシース先生の腕に絡まり、まるで駄々っ子のように振る舞い始めた。するとカンナシース先生は「シュヴァリエ先生が……?」とあからさまに反応して浮き足立ち始めたのである。ソワソワと頬を赤らめる姿はすっかり恋する少女にしか見えない。


「そ、そうかしら?やっぱりハンダーソンさんもそう思う?……でもそうよね、早くブリュードさんとハンダーソンさんから聞いたことを報告に行かなかいとシュヴァリエ先生が待ってるわね!さぁ、ふたりとも行くわよ!」


 そうしてカンナシース先生は私の顔色の事などすっかり忘れたようにルルを引っ張りながら部屋を出ていったのであった。


「ほら、フィレンツェア様も早くおいでよ〜!」


 そう言って振り向きざまにウインクをしてくると、ルルはカンナシース先生にグラヴィスの事を話しかけ続けた。そのおかげなのかカンナシース先生が再び私に「“加護無し”」と言ってくることはなかったので、小さなフィレンツェアも落ち着きを取り戻したようだ。


 やっぱり、さすがはヒロインと言うべきか。ルルは攻略対象者以外の扱い方もよく知っているようである。これもヒロインに元々備わっている能力なのだろうか?神様ってば、最高のヒロインを作るんだって張り切ってたものね。そんな事を考えながら後を追おうと足を踏み出した瞬間、右肩からズシリとした威圧感を感じた。


『……ルルって不思議な女の子でしょぉ?んふふっ。まるで、“どうしたら”いいのかをぜぇんぶわかってるみたいだと思わなぁい?』


 いつの間にか私の肩付近に姿を現していたセイレーン(手乗りサイズ)が楽しそうにこちらを見ていた。綺麗だが妖しい色に輝く真珠色の瞳には息を呑む私の顔が映っている。


「っ!セイレーン……そんな所にいたのね。ルルさんの側にいなくていいの?」


『ルルはねぇ、ほんとぉに不思議な子なのよぉう?あの子が生まれた日の事は今でもよぉく覚えてるんだからぁ……だぁってルルの魂はとぉっても綺麗で複雑で、見た瞬間にわたくしはこの魂の行く末がどぉしても気になって仕方が無かったんだものぉ。……でもねぇ?』


 頬に羽の先を当て、今度はため息混じりに語り出すセイレーンはどうやら私の質問には答える気がないらしい。何を言いたいのかはわからないが『あぁん、ルルからは距離をとってゆっくり進んでよぉう?』と羽先を振りながら言ってくるあたりルルには聞かれたく無い内容のようだ。


『あの子はねぇ、嘘がとぉっても下手なのよぉう?ううん、あの子はわたくしにバレてないって思ってるつもりみたいだしぃある意味で“嘘”はついていないんだけどぉ……でも、ルルは変わっちゃったわぁ。契約した人間と守護精霊は通じ合っているはずなのにぃ……なんでなのかしらぁ?わたくしにはそれがどうしてもわからないのぉ』


 セイレーンは悩まし気な息を吐くと、ビチビチと音を立てて尾ヒレで私の肩を叩いてきた。これは私に意見を求めていると解釈していいのだろうか?ヒロインの守護精霊が悪役令嬢に相談(?)をしてくる展開があるなんて聞いてないんだけど。


「……私には守護精霊がいないから、わからないわ」


 しかし私が聞きたい事もまだ教えてもらっていないのに素直に答える義務は無い。それに、私とアオの関係をセイレーンは知らないはずである。だから……少し視線を逸らして“加護無し”らしくそう答えたのだ。




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