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第96話  悪意なき善意③

 トレードマークでもあるピンクの髪は相変わらずふわふわと揺れているが、今の姿はどう見ても神様の設定にあったヒロインの姿とはかけ離れて見えたのだ。


 ルルは、キャラクターたちの攻略方法を知っている転生者のはずだ。どこから転生してきたのか、どうやって攻略方法を知ったのか、もしかして神様の事を知っているのか。ルルには聞きたいことが山ほどある。本当なら私も転生者だと明かすほうが話は早いのかもしれないが、もしもルルがアオの失踪に関わっているのなら────。


「────ちゃんと聞いていますか、ブリュードさん?!とにかく、シュヴァリエ先生は本当に本当に優秀で素敵な方なんですよ!?あなたのような無能な“加護無し”には到底理解など出来ないかもしれませんが、シュヴァリエ先生はその昔この学園に首席で入学してさらに成績は優秀で常にトップクラス!そして卒業後は難関だと言われている教師になるための試験にもたったの1回で合格した本校始まって以来の秀才なんです!レフレクスィオーン先生に理不尽な嫌がらせをされてもいつも大人の対応をなされていて……本当に素敵でみんなの憧れの方なんですからね!それなのに問題行動を起こしてシュヴァリエ先生を困らせるなんて、これだから“加護無し”は……!ああ、ダメだわ。そんな“加護無し”をシュヴァリエ先生は教師としての信念の為にご指導なされているんだから、わたしだって頑張って受け入れなくては……そう、これはまさに愛の試練なんです!ちゃんと聞いていますか?!」


「えーと、はい……聞いてます」


 途中からあまり聞いていなかったが、内容的には私のような“加護無し”を見捨てずにちゃんと面倒を見ているグラヴィスを敬愛して崇拝している……と言うものだ。たぶんルルの時も似たような物言いだったのだろうと思われるカンナシース先生は、こちらから聞いてもないのにずっとグラヴィスの素晴らしい点とやらをただ一心不乱にペラペラと繰り返し続けている。その目の焦点がどこに向いているかは理解不能で謎でしかない。


「……これじゃまるでホラー展開か、壊れたテープレコーダーみたいね」


 つい思考が逸れて、天界にいた頃に神様がコレクションだと言ってアンティーク(?)とか、レトロ(?)とか言うジャンルのグッズなるものを見せてくれた時に言われた事を思い出してそんな事を呟いてしまった。それらはこの世界にも聖女時代の世界にも存在しないの貴重品らしく、そのテープレコーダーとは音や声を保存して繰り返し聞く事が出来る魔法の箱のようなものなのだとか。だが、それが一部でも壊れると同じ箇所を繰り返し続けたり音が変わったりするのだという。神様の事だからふざけて一部のキャラクターのセリフにそのシステムを組み込んでいたのかもしれないが……うーん、まさか壊れた方のシステムなんかわざわざ使わないわよね?一応、私とルルでは多少内容が違うようだし……それにグラヴィスのルートでカンナシース先生のようなライバル的な登場人物がいたなんてことも私は神様から聞いていないのだ。


 逆にバグの影響で起こったホラー現象だと言われた方がしっくりくるけれど……いや、きっと偶然のことなのだろう。そこいらでホラーな事ばっかり起こられたらたまったものじゃないし。それにカンナシース先生は重要な人物ではないみたいだし、攻略対象者がヒロイン以外からもモテるのは乙女ゲームではよくあることだと神様も言っていた気がする(たぶん)。そしてその間もカンナシース先生の口が閉じることはなく、どこで息継ぎをしているのかわからないくらいの速度で話し続ける様子は確かに狂気を孕んでいるように見えた。


「……これっていつ終わるのかしら?」


「うーん、どうだろう?あたしが聞かされたは3時間くらいだったはずだけど、さすがにそこまではいかないんじゃないかなぁ……。ぼーっとしながら聞き流しておけばけっこうあっという間に終わるよ?飽きてダルくはなったりするけど。まぁ、どうしても今すぐ終わらせたいならが一応無いわけじゃないけど……そうすると後々さらに、とぉーっても“面倒臭い事”になるんだよねぇ。それでもいいならいいんだけど────どうする?」


 そう言って首を傾げて上目遣いになり、あざとかわいい微笑み見せつけてくるルルの目は何を思い出したのか決して笑ってはいない。どうやらその“面倒臭い事”をルルはすでに経験済みのようだ。そしてそれは、私の想像以上にとてつもなく“面倒臭い事”になるのだろうと察してしまった。これは下手に刺激すると余計に厄介な事になりそうだと思ったのである。


 どのみちカンナシース先生が居てはルルから話を聞くことは出来ない。それならば少しでも早く解放されるのを待つのが最善だろう。私は首を左右に振って苦笑いをしながら肩を竦めてみせると、ルルのアドバイス通りに心を無にして聞き流しながら終わるのを待つことにしたのだった。





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