それを見てルルが「やっぱり始まっちゃったぁ〜」と肩を落とした。あっという間に興奮状態になってしまったカンナシース先生を見て辟易とした顔をしている。その顔はもはや攻略対象者たちに向けていた顔とは別人のようだ。
「カンナシース先生ってば、グラヴィス……えーと、シュヴァリエ先生のかなり熱狂的な崇拝者なのよね。普段は人見知りでどっちかと言うと地味……じゃなくて控え目な先生なんだけど、シュヴァリエ先生が少しでも関わってくると人が変わったみたいに豹変しちゃうって感じかな。手に負えないのよね。まぁ、シュヴァリエ先生の目の前では無意識に本性を隠してるみたいだけどさ」
ルルは声のトーンを落としてはいるがカンナシース先生の目の前で堂々と私に話しかけてきた。しかし夢中になっているカンナシース先生はそれに気が付いていないのか、唾を飛ばしながらさらに同じような内容を繰り返しているようだ。
「あ。あとはー、思い込みがすっごく激しいうえに自分の気持ちに対して素直過ぎるっていうか、嘘がつけなさ過ぎるっていうか……なんでもかんでも自分が正しいって思った事を口にするくせに、そこに遠慮とか悪気が無いからどんなに酷い事を言ってても自覚が無いっていうものすごく面倒臭い性格みたいなのよ。あの時の図書館の件でもう知ってるかもだけど、あたしがシュヴァリエ先生にちょっかいをかけたって知った時も泣いちゃって自分の指導力不足のせいだとかなんとか言ってもう大変でさぁ。まぁそれもシュヴァリエ先生に会いに行く口実に使われた感は否めないんだけどさぁ。
とにかくあのモードになるとこっちの話とか聞いてくれないんだよね。カンナシース先生が満足するまで話は終わらないし、離してくれないの。それと、あたしには守護精霊が治癒魔法を使えるからって調子に乗らずに謙虚にならなければいけないとか、ジェスティード王子を誘惑したふしだらな女なんだからせめてシュヴァリエ先生は困らすなとか
どうやらルルが問題を起こす度にカンナシース先生は号泣しながらルルに訴えているらしい。数え切れないほどの問題行動って……それってまさかイベントの事?やっぱりヒロインってそこかしこでイベントを起こしているのね。
……それにしても、今も私に対して言っているような“悪意”とも取れる発言を含めてヒロインを責めるなんてカンナシース先生はそういった役割なのだろうか?
────いや、違う。カンナシース先生からは“悪意”的なモノが感じられない。ルルの守護精霊であるセイレーンが何の反応もしないのがその証拠だ。
私たちがカンナシース先生の言葉自体からそう感じても、本人の感情からは朗らかな雰囲気しか漂っていないのだ。精霊は人間の感情にはとても敏感なのだから。
ルルの言う通り、彼女は私やルルを“悪く言っている”つもりはないのだろう。ただ純粋に自分が信じる、真実だと思っていることだけを述べているようでなのである。だからそこに決して“悪意”は含まれていない……そこにあるのは、まさしく“純粋な善意”なのだ。
つまりは、カンナシース先生はある意味で1番厄介なタイプの相手ということになる。ヒロインに対してもこの対応ならば悪役令嬢相手ならば尚更か。
「はぁ、確かにこれはすごいわね……。それにしてもよくセイレーンが文句言わなかったわねぇ?私たちにはあんな無茶な事をしてきたのに……セイレーンは、ルルさんが悪く言われるのは嫌なんじゃなかったの?」
セイレーンが反応しない理由はなんとなくわかっていたが、ちょっとだけ意地悪な気持ちが働いてそんな事を言ってしまった。すると、反発するかと思っていたルルの反応は思っていたのは違っていたのだ。
「うーん、なんていうかぁ……。セイレーンからしたら、
一瞬だが、ルルの表情が悲しいものになった。その顔はセイレーンの事をよく理解していて、さらにはまるでこれまでたくさんの過酷な場面を見てきたかのようだ。今の状況も、相手に悪意があるかどうかではなくセイレーンの好みかどうかの話のようだった。
ヒロインはセイレーンに愛されているけれど、何も考えずにセイレーンをも振り回す……そんな存在だったはずだ。でも今のルルは……自由奔放な天真爛漫とか、そんな感じには見えなかった。
確かにルルの現状をよく考えれば、今のところジェスティード王子しかまともに攻略出来ていないように思える。攻略が成功していたはずのノーランドの事はルルの方から見捨てたようではあるが……グラヴィスには全く相手にされていなかったし、てっきりルルに惹かれていると思っていたジュドーにはさっきのセイレーンの魅了の効果が現れていなかったように思えた。ここがもしもハーレムルートならばヒロインの攻略は失敗しているのだ。ルルがこんな顔をするのは、それも関係あるのかもしれない。