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第94話  悪意なき善意①


 私とルルの(ある意味で)白熱した手に汗握るような壮絶な戦い(注※ババ抜き)にちょうど決着がついた頃。いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこからひとりの女性がこちらを見ていた事に気が付いた。


「……あら、あの人は誰かしら?」


「うげっ!やっばぁ、カンナシース先生がきちゃったじゃん……。絶対、またが始まる……。あー、最悪ぅ」



 私と同じくその女性の存在に気付いたルルは、苦虫を噛み潰したような顔をしてブツブツと呟きながらあからさまに眉を顰めている。その反応を不思議に思い、咄嗟に小さなフィレンツェアの記憶の中を探ってみるが“フィレンツェア”にとっては全然知らない人物のようだった。だが、ルルの「先生」と言う言葉とこの状況を考えるにルルに関係のある教師と言うところだろうか。


 するとルルが「あたし、この先生の事ちょっとだけ苦手なんだけど……たぶんフィレンツェア様も目をつけられてると思うから気をつけた方がいいよ!」と声をひそめて耳打ちをしてきたのである。見た目は優しそうな印象の女教師に見えるが、どうやらヒロインが警戒(?)するほどの何か秘密があるのかもしれない。いつの間にかセイレーンも姿を消してしまっているし、ルルは女教師にバレないようにかそっぽを向いて心底嫌そうな表情で口をへの字に曲げていた。


 そして、その淡い空色の髪と緑色の瞳をした女性……カンナシース先生は「……なんで、ババ抜き?」と怪訝な表情で呟いていたが、私たちと目が合うとすぐに取り繕うように咳払いをした。どうやら私たちの事について聞き取りと説明をしに来たらしいのだが、さすが教師というべきかにこりと顔に張り付けた淑女のお手本のような笑みを見せつけてくる。貴族のマナーについては専用の教科書にも詳しく載っているが、基礎中の基礎、基本をそのままの微笑みを作ったといった感じだ。えーと、淑女とはどんなに嫌な事があろうとも常に微笑んでなくてはいけない……だっただろうか?特に貴族令嬢は高位になればなるほど相手に感情を悟られてはいけないとされているのだ。だからこそヒロインは表情豊かで天真爛漫で……悪役令嬢とは対極の存在なのである。今現在もルルの顔には、いかにも「不満です」とハッキリ書いてあった。本当に苦手な相手のようだが、でもルルの裏の顔は全く違うような気もしているのだが。


「ええっと、ブリュードさんとまともにお話をするのは初めてですよね。わたしは教師でマリアンヌ・カンナシースと言います、こちらにいるルル・ハンダーソンさんの担任なんですよ。どうかよろしくお願いしますね。本当ならあなたの担任のシュヴァリエ先生にも来てもらったほうが良かったんでしょうけれど、男子生徒たちの方の聞き取りをお願いしているのでわたしが代わりに話を聞かせてもらいに来ました。その、ここは学園内ですし……わたしは今、この場ではあなたとは教師と生徒の関係として対応したいと思っているの……。あ、さすがにハンダーソンさんのような態度をとったりはしないわよ?わたしは常識のある大人てすもの。でも、もしかしたら公爵令嬢に対しては失礼な発言をしてしまうかもしれないから……その時は許してもらえるかしら?」


 確かに笑ってはいるが、よく見ればその瞳は怯えているかのようにわずかながらに震えていた。なんとなくルルを(非常識だと)馬鹿にしたような言い方だったが、その感情を悪役令嬢に悟られているようではこの先生もまだまだな気がするが。


 たぶん、本人と会った事は無くてもフィレンツェアの“悪役令嬢としての噂”を知っているのだ。だから横暴な振る舞いをされるかもとか、又は理不尽な暴言を吐かれるのではないか……とでも心配しているのだろう。見た感じからして気が弱そうだし(口は悪そうだけど)、これまでのフィレンツェアの言動を考えれば気に入らなければ爵位と権力を振りかざしてくると思われても仕方が無いのかもしれない。


 さすがに教師にそんな事をするつもりなど微塵もないが、とりあえずは“フィレンツェア”の事をちゃんと生徒として扱ってくれるのならばこちらもちゃんと応えなくてはいけないだろうと私は頭を下げた。


「……カンナシース先生、ですね。改めましてフィレンツェア・ブリュードです。こちらこそよろしくお願いいたしますわ。もちろんこの学園では私は生徒の1人ですから、先生のご指導に従わせていただきます」


 私が生徒としてそう言ってお辞儀をすると、カンナシース先生は心底ホッとしたとばかりに表情を緩めた。そして今度こそにっこりと無邪気な笑顔を私たちに向けてきたのだが、それを見てルルがため息混じりに目を逸らしたのである。


 そのまたもやあからさまな反応に何事かと思っていると、カンナシース先生の口から出た発言のおかげでルルの態度に納得してしまう羽目になったのだった。


「────ああ、よかった!ブリュードさんって公爵令嬢だし第二王子殿下の婚約者でもあるからいつも誰かを虐げる事を考えているらしいとか、傲慢な性格で横暴な上に弱い者イジメが大好物の極悪非道で残虐な悪役令嬢だって他の人から聞いていたから怖かったんだけど……とっても礼儀正しくってびっくりしてしまったわ。それに自分が“加護無し”だからって守護精霊を持つ人間に嫉妬してそれはそれは酷い事ばかりするって有名だし、それに最近では下手に関わると不幸な目に遭うとか呪われるとか……だから、わたしに対しても理不尽な事を言って何かしてくるんじゃないかって本当にとても心配だったの!もしも酷い事を言われてたら思わず泣いてしまうかもしれないって悩んだりもしたのよ。でもわたしは教師なんだからどんなに悲しくても泣かずに耐えて広い心で許してあげなくちゃいけないって、つい身構えていたの。……でも、さすがシュヴァリエ先生のご指導の賜物ね!あなたのように精霊に見放された最低最悪の悪役令嬢がこんなに淑女らしく振る舞えるようになっているなんて、やっぱりシュヴァリエ先生は素晴らしい教師なんだわ!ブリュードさん、あなたはシュヴァリエ先生から直接ご指導していただける幸運を今すぐ神に感謝するべきなんです!」







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