※ノーランド視点
俺の名前はノーランド・スラング。スラング侯爵家の息子だ。将来は騎士になりたいと夢見て日々鍛錬に励んでいる。本当なら侯爵家の跡取りとして生まれた俺が騎士になりたいなどと口に出来るはずがないのだが……諦めたらそこで試合は終了なんだ!俺は決して夢を諦めたりしない!何度だって両親を説得してやるつもりだ。
そんな俺には、実は好きな人がいる。友達以上恋人未満といったような曖昧な関係ではあったが、俺の心はすでに彼女に夢中だった。たぶん彼女も……だが敢えて追求しないのが本当のいい男なのだ。
ルル・ハンダーソン嬢は貞淑で優しく、とても可愛らしくてか弱く庇護欲をそそる女性だ。……そして正義感を持ち合わせた素晴らしい女性でもあった。いつも俺を支えようと優しい言葉をかけてくれるのだ。
彼女との出会いはいつだったか……そう、学園に通い出してすぐの頃だ。あれは、俺がいつもの街中探検パトロールに出向いていた時の事だった。
学生なのになぜ街をパトロールなんてしているのかって?そんなの決まっている。俺は未来の騎士なのだから、今から街の平和を守るのは当然の事だ。それに、俺に守られて街の平民達もたいそう喜んでいるらしい。その証拠に俺が店に行くといつもプレゼントをくれるんだ。そして俺の手を煩わせてはいけないから早く次に行ってくれと促されてしまう。ふっ、人気者はツラいな。まぁ、最近はちょっと行けていないのだが……とにかくその頃はほとんど毎日出向いていたんだ。
そんな時だ、噴水広場に人集りがあるのを見つけて何事かと駆け寄ると……その人集りの中心にピンク色の美しい髪をした乙女を見つけたのである。
乙女は鬼の形相をしていて地面に倒れている男と荷物を押し付け……いや、奪い合っているように見えた。もしやひったくりでは?と思って急いで近付こうとしたのだが人集りが多すぎてなかなか前に進めない。なぜこいつらはあの乙女を助けずに傍観しているのか?こいつらは正義ではない……そう思ったら急激な怒りが湧いてきたんだ。
人をかき分け、少し近付くとやっと声が聞こえてきた。
「ほらほら、この荷物が欲しいんでしょぉっ?!誰か偉い人に頼まれてあたしの荷物を盗もうとしてるんでしょ?!正直に言いなさいよ!」
「だから違うって!ぶつかったのは悪かったけど、あんたのカバンにボタンが引っかかっただけで盗みなんか……!」
「悪い人はみんなそう言うのよ!ちゃんとあたしのカバンを引ったくって逃げたら許してあげるから、白状しなさいよ!どっかの令嬢に金を握らされたんでしょぅがぁぁあ?!」
「ひいぃぃ!なんだよそれ?!荷物なんかいらないって……だ、誰か助けてくれぇ〜っ!」
………………ん?!
「よくわからんが、か弱い乙女から荷物を引ったくろうなどとは……そんなこと神が許しても俺が許さあぁぁぁん!!」
現状を目の当たりにして数秒固まってしまったが、俺は俺の正義を信じるしか無い。なぜなら正義がすべてだからだ。
そうして俺が飛び出すと、ピンク髪の乙女は鬼の形相から一変して大きな瞳を涙で潤ませて俺に抱き着いてくるではないか。俺の正義は正しかった。
「……っ!やったわ、最新きろ────ゲフンゲフン!こ、怖かったぁ〜!お願い、助けてくださぁい!」
どうやらそうとう怯えていたらしい。だいぶ混乱しているようだった。あぁ、こんなに声と体を震わせて……たったひとりで暴漢と戦っていたなんて、なんて勇気がある女性なんだ。と、感動したのをよく覚えている。結局引ったくりは逃がしてしまったが、荷物は無事だったし俺の功績は上がったし万々歳だ!
その時にどこからか神の祝福のような歌が聞こえた気がした。その歌はとても気持ちよくてまるで夢見心地な気分になり……これが俺とハンダーソン嬢の運命的な出会いなのだと確信したのだ。
それから俺とハンダーソン嬢の仲は急激に近づいていった。だが、ハンダーソン嬢は可愛いから他の男達ともすぐ仲良くなってしまっていたのでもちろん嫉妬もしたが……ハンダーソン嬢は俺の事が一番気になっていると誰かに言っているのを聞いて安心もした。ハンダーソン嬢は人気者だから独占するわけにはいかないな。と、大人の対応もしてみせたものだ。
そんな時だ、ハンダーソン嬢の男友達の中にあの第二王子がいることを知ってしまったんだ。そのせいであの“加護無し”で有名な悪役令嬢にイジメられているとも……。しかもなんとこの悪役令嬢ときたら、守護精霊がいない分を筋肉で補おうとしているらしい。その実力は素手で熊を退治出来る程なのだとか。ハンダーソン嬢が言うのだから間違いないだろう。あんな細い見た目なのに人は見た目ではわからないとはこの事か。
そして、あんなにか弱いハンダーソン嬢がそんな恐ろしい相手に日々イジメられていたのかと思うと俺は居ても立ってもいられなかった。
きっとまだ何か企んでいるに決まっている。ハンダーソン嬢がこれ以上危険な目に遭うのを黙って見ていられるはずがない!……そうか、上腕二頭筋のマイケルも同意してくれるか!なんと、右大胸筋のロドリゲスまで……!みんなありがとう!!例え相手が公爵令嬢だろうと……俺は負けない!
こうして俺は、愛の為に悪役令嬢フィレンツェア・ブリュードに戦いを挑んだのだが────。