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第59話 苛立ち


「────それにしても、まさか私に守護精霊がいないせいで隣国にまでご迷惑をおかけしていたとは夢にも思いませんでした。そんな事とは露知らず、アレスター国第二王子殿下のお目汚しをしてしまい大変申し訳ございません」



 皮肉なことに、この時のカーテシーが今までで1番美しく完璧に出来た気がした。お母様に散々仕込まれたからではあるが、カーテシーをすることに集中して苛立ちがこれ以上爆発しないように抑えているせいもあるかもしれない。


 ジュドーの言葉を聞く度に苛立ちはどんどん酷くなり、そのせいか口から出た言葉もつい嫌味っぽくなってしまっていた。浮かべているはずの微笑みもたぶん引きつっているだろう。いくらカーテシーが完璧でも、もしもこれが公式の場だったならば確実に不敬な物言いになるだろうということもわかっている。なにせ小さなフィレンツェアがやたら心配しているくらいだ。だが私にだって限界というものがある。



 それでもなんとか引きつる笑みを正し、未だ牙を剥くアオを抱きかかえた。そして、もう視線を向けることもせずにその場から立ち去る事にしたのだった。








***






「あぁもう、ムカつく!なんなのあの王子は?!私の事はまだしも、アオの事を馬鹿にするなんて許せない!!私のアオは世界で1番可愛いのよ!!」



『よくも僕のフィレンツェアにあんなことを!!あいつが“おーぞく”とか言うのじゃなかったらあの場で噛み殺してやるとこだったのにぃぃぃ!!』



 最後の攻略対象者ジュドー・アレスターの印象は最悪だった。まさか単なるチャラ男ではなくセクハラ大王だったとは予想外もいいところである。ジュドーは王族だし護衛の目もあったからアオには我慢してもらったけれど、私も殴りそうになるのを必死で耐えたのだ。


 私は最初にジュドーを見た時に、わざとダメな自分を周りに見せつけようとしているのではと思ったのだ。きっと何か考えがあって悪く見えるように振る舞っているのでは。と。警戒心も強そうだし他人を信頼していないようだけれど、きっと一度心を許したら一途に相手(ヒロイン)を想うような、そんなキャラクターなのではと……。なによりもあの神様が好みそうな設定である。ヒロインとの出会いにより運命が変化して、そこから信頼出来る仲間が増えたりする……そんなルートならば、断罪されるのはもちろんごめんだがなかなかいい物語かもしれない。そう思ったのだが……。


 しかし実際は全然違った。


 まず、悪役令嬢を“聖女”なる人物と間違えてセクハラし放題。勝手に触ったり涙を舐めたり髪の毛の匂いを嗅いだり……さらには気持ち悪いセクハラ発言まで。前世の時も多少のセクハラ被害はあったがここまで酷いとゾワゾワと鳥肌が立ちそうだった。“聖女”がどこの誰だか知らないが毎回あんなやり取りの相手をさせられていたのなら同情するしかない。直に髪の毛の匂いを確かめるなんて最低だ。


 さらには私が“加護無し”の悪役令嬢だとわかった途端に自己中心的で思い遣りの無い発言の数々である。わざわざ本人に「嫌われてる」だの「悪役令嬢」だのと言葉のひとつひとつに嫌味を込めて馬鹿にして、自分が王族で相手が逆らえないとわかっていて確実に相手にダメージを与えているのだ。本当に最低だ。


 別に“加護無し”である事について色々と言われるなんていつもの事なので慣れているし、それ自体は気にしていないのだ。アオと出会ってからも今の立場を望んだのは私自身なのだから“加護無し”だと思われていると言う事はアオの存在がバレていないという証拠でもある。ただ、言い方に棘があるように感じてしまった。それにアオの事を馬鹿にされたのが無性に腹が立ったのである。



「それにしても誰と間違えたかは知らないけれど、まさかこの世界にも“聖女”がいたなんて驚いたわ。小さなフィレンツェアの記憶にはそんな人物いなかったもの……もしかして重要人物だったりするのかしら?」


 私が首を傾げるとアオも『僕もわからないなぁ』と同じく首を傾げてくる。しかし、神様の語っていた主要キャラクターの中に“聖女”なんて名前は無かった気がする。だって神様は私が前世の聖女時代にツラい目に遭っているのを知っているから、あえてこの乙女ゲームは「聖女のいない世界」にしようかなって言っていたのだ。


 もしかしたら世界がバグにより勝手に作った人物かもしれないが……どのみち、この世界の“聖女”と呼ばれる人物のその扱いはあまり良くない気がしていた。私の前世の時のように命を削ってドラゴンと戦うなんて事はなさそうだけれど、もしも“聖女”がみんなに敬愛される存在ならばその“聖女”と間違えているのにあんなセクハラ三昧などはしないだろう。つまりはジュドー……王族からしたらその程度の価値しかない存在なのだとも言える。まぁ、ジュドーだけがそう思っている可能性もあるけれど。


「それに、もうひとつ気になることがあるの。私が落ちてぶつかった後……なんとなくだけど、ジュドーの雰囲気が変わったような気がしたのよね。ほんの一瞬なんだけど……」


 はっきりとはわからないが、なんというか……ヒロインと対峙している時とは違うまったく別の雰囲気に変化したように思えた。そして、その一瞬だけなぜかジュドーの纏う雰囲気に懐かしさを感じてしまっていた事に今更だが気付いたのだ。だから余計に腹が立ったのではと……気のせいかもしれないし、今となってはと確認のしようもないが。


 しかしフィレンツェアはジュドーとは初対面のはずである。小さなフィレンツェアの記憶も探してみたがジュドーとの思い出は何もなかったし、私にあるのはジュドーが攻略対象者だと言う情報だけである。懐かしさを感じる理由は無いのだ。


『僕にはよくわからなかったけど……、あいつがフィレンツェアにしたことは許しちゃいけないよ!』


「そうね、とりあえずもう二度と近付きたくないわ。またあんなやり取りをされたら今度こそ人前で殴っちゃいそうだもの。

 それにしても、ジュドーのせいでお昼も食べ損なっちゃったわね。バスケットをあの場所に置いてきちゃったわ……」


 空腹である事を思い出した途端に私とアオのお腹が同時にきゅるる……と鳴る。こうなってくるともう懐かしい雰囲気がどうだったかなんてどうでもよくなってきた。たぶん私の気のせいだったのだろうと思ったらそんな気がしてきたのだ。


 どのみち、攻略対象者に下手に関わるとフィレンツェアの命の危機に繋がってしまう。今の私がやるべきことは断罪を避けつつジェスティード殿下と婚約破棄することなのだから。


「まだ昼休み時間は残ってるし、こっそり抜け出してお菓子でも買いに行こうかしら。嫌なことを忘れるには美味しいお菓子が一番だわ。アオも食べるでしょう?」


『僕ねぇ、クッキーが食べたい!』


 そして、どうせならと抜け道への近道へ向かう為に方向転換をして足を一歩踏み出したのだが。




ぶぎゅるっ。




 私の足は地面ではなく、何か別の物を踏みつけてしまったのだ。


「う、うぅ……」


 足の下から唸り声が聞こえ、恐る恐る視線を下へ向けると……見覚えのあるダークブラウンの短い髪が見えた。


 そこには攻略対象者のひとりである、ノーランド・スラングがうつ伏せ状態になって倒れていたのである。




 ……また攻略対象者が現れた!



 今日は厄日かもしれない。そう思いうんざりするのだった。









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