「そうですか、隣国のアレスター国にまで私の噂って届いているんですね。あらあら、私ったらとんだ有名人だわ。それにしても、たかが公爵令嬢ひとりに大騒ぎして皆さんそんなに暇なのでしょうか。そうですね、確かに私は嫌われ者で有名な“加護無し”の公爵令嬢です。それにこの子は私の大切なペットですので、かっこよかろうがそうでなかろうがアレスター第二王子殿下には関係ないことかと……。
それにしても、まさか私に守護精霊がいないせいで隣国にまでご迷惑をおかけしていたとは夢にも思いませんでした。そんな事とは露知らず、アレスター国第二王子殿下のお目汚しをしてしまい大変申し訳ございません」
嫌味にも取れるような発言だったが、“オレ”の言い放った失礼な数々の言葉に比べれば可愛いものだろう。
そしてすくっと立ち上がると、完璧なカーテシーを披露した。うっかり見惚れそうな淑女の礼をし、そして未だ牙を剥くトカゲを抱きかかえたかと思うともうこちらを見ることなくその場から立ち去ってしまったのだ。
「あっ、ちょっと待ってフィレンツェア……。あぁ、行っちゃった」
“オレ”は残念そうに肩を竦めた。ちなみにその手にはゲイルが鷲掴みにされたままぶら下がっている。ゲイルなら簡単に抜け出せそうだが、いつものオレとの違いに呆然としているようでぷらんぷらんと横に揺れていた。
「うーん、おかしいなぁ。この世界を見守っていた時は絶対に悪役令嬢は聖女の記憶を思い出してると思ったのに、勘違いかぁ。まさかボクの事を思い出してないなんてとんだ誤算だよ。それに乙女ゲームで攻略対象者にされたら絶対に喜ぶだろう事をしたのになんだか反応がイマイチだったし……やっぱり悪役令嬢だから攻略対象者には好感度上がらないのかなぁ。それにあのトカゲの姿も……どうせなら元のままの方がかっこいいのに悪役令嬢の趣味とか?あぁもう、フィレンツェアに嫌われちゃったじゃないか。全部この体のせいだよ……どうしてくれるの?」
ぷくっと頬を膨らませた“オレ”は肩を竦める。端から見れば盛大な独り言なのだが“オレ”は気にすることなく言葉を続けた。
「目覚めた途端にいっぱい動いたからかなんだか疲れちゃったな……なるほど、体って疲れるんだね。ボクはちょっと眠るから後はよろしく……あ、それから面倒くさそうな護衛だけど本当は君の味方だから安心して。
……ふふっ、
と言うだけ言ってそのまま眠ってしまったのだ。まるで糸が切れた人形のようにガクンと体の力が抜けた。
「────っ!か、体が動く……?!お、おい……ちゃんと説明を……ダメだ、本当に寝てやがる」
そして“オレ”の反応がなくなってしまった瞬間、体の主導権がオレに戻ってきたようだった。慌ててゲイルを掴んでいた手を開くと目を回したゲイルが地面にぐったりしながら寝転んで涙目でオレを見てくる。その瞳にはクエスチョンマークが溢れていた。
『……さ、さっきのなんだったのぉぉぉ?』
「……そんなの、オレが聞きたいくらいだ」
体の自由が戻ったものの、先ほどまでの事を考えると頭が痛かった。しかもオレの中でさっきまで無かったはずの気持ちが燻っているせいでモヤモヤとしてしまう。
知らないはずの記憶によって知ってしまったフィレンツェアと言う公爵令嬢……。噂とは全然違っていたし、なぜか運命的な何かを感じてしまったのだ。
これはオレの感情なのか、それとも“オレ”の感情なのか……。フィレンツェアの事を考えると胸がぎゅっと締め付けられるようだ。
あぁ、それにしたって“オレ”は自由過ぎないか?一部だが“オレ”の記憶が見えたせいでなんとなくは事情はわかっているつもりなのだが、その記憶の内容すら突拍子もなさ過ぎてオレの妄想ではないかと疑いたくなる。だが、それが真実だと言うこともなぜかわかっているから余計に不思議な気分なのだ。
しかし……“オレ”はともかく、オレが嫌われるのはなんだか納得がいなかい。いや、同じ体なのだから彼女からしたら違いなどないのか?いやいや、それでもやはりオレは彼女に……フィレンツェアに嫌われたくないと思っている。
「いや、でも……ダメだろ」
もしかしたら運命の相手かもしれない。だって空から降ってきたんだぞ?!そんな風に思う一方で、フィレンツェアがこの国の第二王子の婚約者だと言うことも知っている。ましてや“加護無し”だ。何をどうしたって認められるはずがない。
わかっているのに、自分をまっすぐに見つめるフィレンツェアのアクアブルーの瞳が目に焼き付いて離れなかった。
「……っ」
そんな時、思い悩むオレの背後に気配を感じて慌てて振り向くと、そこにはいつも黙ってオレを見ているだけの護衛が立っていて……なぜか頭を下げていたのだ。
「ジュドー様。アレスター国から離れ、第一王子の目が無い場所であなた様と向かい合える日をずっと心待ちにしておりました。実は我が守護精霊が第一王子に囚われていて命令を聞くフリをしていたのです。ですが、我々はジュドー様のオッドアイを吉兆と崇拝する第二王子殿下派閥なのです!」
「へ?」
いつも無口な護衛がなぜか急に語り出した事に違和感しかないが、なぜかその時、脳内に“オレ”の言葉がすらすらと思い出されていた。
“あ、それから面倒くさそうな護衛だけど本当は君の味方だから安心して。
いや、まずそのイベントってやつについての説明を聞いていないんだけど?!どうなってるんだよ“オレ”ぇぇぇ〜っ?!