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第56話 もうひとつの記憶①

※ジュドー視点






 それは、不思議な感覚だった。


 グワングワンと、やたら激しく揺れる脳内で知らないはずの映像が突如流れ出したのだ。もちろん戸惑いはしたが……その人物も出来事も……なぜかと感じた時も違和感などはなく、じんわりと染み込むようにがオレの中に浸透していったのだ。


 意識そのものは違うのに、なぜか“同じ”だと理解出来るその不思議な感覚の中で、オレは“オレ”の記憶の中を漂っていた。


 その記憶の中で、なぜか見たことのないはずのひとりの少女の笑顔に“オレ”の気持ちはいつも一喜一憂していたのだ。そんな、不思議な気持ちた。



 そして、“オレ”は少女と出会うまで孤独だった。



 感覚でしかわからないが、娯楽はたくさんあってもそれを共有する相手がいない事を寂しく思っていた。そんな風にその感覚を全身で感じ取っていたのだ。



 だから、始めての友達となってくれた少女に特別な感情を抱くのは自然だと思う。確かに友情か恋愛かの差は悩むかもしれないが“好意”に違いはない。“オレ”は確かに、特別な好意を抱いていたはずだった。



 ……でも“オレ”は、なぜかその感情に蓋をして気付かないフリをしているようにも見えたのだ。今のオレにとって「なぜ?」としかいいようがない。



 少女との時間は特別でとても大切だったはずだ。流れ込んでくる感情から、本当なら少女を手元に閉じ込めておきたい衝動にかられる事もすでに知っている。


 そして、そんな事が許されるわけがないともちゃんとわかっていたんだ。


 そして、とうとう別れの時。





「世界を救ったら、また会いましょう」




 少女はそう言って“オレ”から離れてしまった。





 絶望。それしかなかった。


 前向きな言葉は数え切れないくらい並べたし、納得もしている。仕方が無い事だとちゃんと理解していた。それが自分の仕事で、そして世界の理であり、絶対だとわかっていながら絶望したのだ。



 それからの“オレ”は、たぶん前途多難だったように思う。オレはその時の事をこうやって外側から見ているだけなのだが……“オレ”の奥底の気持ちはその都度に伝わってきていた気がする。


 平気そうなフリをしていつもふざけた態度ばかりだったが、その裏側がどれだけどす黒く燻っていたかなんてきっと他の奴らにはわからないだろう。



 今はジュドーである中身があんな危険な賭けをやってしまったのも結局はこの少女の為だ。それがどれだけ罪深いのかもわかっているのにそれでも掟を破った“オレ”は欠片も後悔なんかしていないとわかる。その脳裏に浮かぶ人物が誰なのかなんて、調べるのが無粋なほどだ。


 そして、とうとう“オレ”は五感を奪われて暗闇に落とされたのだが────。













「この体、いいね」


「?!」


 気が付くとオレの前に“オレ”がいたのだ。


 なぜか全体的に白く輝いていてその顔は全く見えないのだが、感情だけは伝わってくるせいか笑っている事はわかった。


「うんうん、ボクと相性がいいんだね。な力があるせいかもしれないけど……これなら上手く馴染みそうだ。より断然マシだし……世界への影響も少なそうかなぁ」


 “オレ”はオレを見ながらひとりで頷いている。何を納得しているのかわからないがとにかく嬉しそうな感情が溢れていた。


「この体ならに会いに行けるよ。もしもの時の行き先を事前に設定しておいて良かったけど、そんな事すら確認もしないでボクにやってやったとか思ってるあいつらもマヌケだよねぇ。アレを動かすのって自分じゃ出来ないし誰かに頼もうにもボクの為に罪を犯してくれる友達なんていないからさぁ……もしかしたらこの方法は使わずじまいになるかもってちょっと諦めてたんだけど、結果的には大満足さ!だから────この体、ちょうだい?」


「えっ、ちょっ……?!」


 それは、“オレ”の手がオレの胸を貫くのと同時だった。オレは抵抗する暇もなく意識を失ったのだが────。







 次に目を覚ました時に最初に目に映ったのはオレを覗き込むアクアブルーの瞳だった。朝露のような涙を浮かべたその瞳に思わず見惚れていると、なんとオレの意思とは関係なく勝手に腕が彼女に向かって伸ばされたのだ。


 それだけでも混乱していたのに、なんと指先でその涙を掬い取ったかと思うとそれを舌でペロリと舐めたのである。しかも口の中に広がるその塩味を味わうように舌で転がすと「しょっぱい……」と味の感想まで口にしたのだ。


 いやいやいや、何やってるんだオレ?!


 混乱と羞恥心でどうにかなりそうだったが、オレ以上に動揺を隠しきれないその相手の蜂蜜色の髪か揺れている。さっき空から降ってきた妖精がそこにいる事実にオレはさらに動揺していた。



「なぁっ……?!」



 みるみる顔を赤くしてこちらを見てくるそのアクアブルーの瞳には確かにオレが映っている。だがオレは慌てる事もせずまっすぐにその瞳を見つめ返して口を開いた。




「やぁ、また会えたね。ボクの聖女」と。





 その瞬間にオレは全てを察してしまったのだ。



 オレの中には“オレ”がいて、オレの意識はあれどこの体の主導権は“オレ”が持っている事。


 そして目の前にいるこのアクアブルーの瞳をした少女こそが“オレ”が指切りの約束を交わした聖女と呼ばれていたその人なのだと……。なぜ姿形が変わっているのかはわからないが間違いない。しかしご満悦なのは“オレ”だけでこの少女は戸惑っているように見えた。


 だがそれも仕方が無いだろう。この少女が誰なのかはわからないが、反応を見るにきっとこの国の貴族令嬢なのだろうと思った。中身の“オレ”が何者なのかもよくわからないが外身のオレはアレスター国の第二王子なんだし、このやり取りも一歩間違えば不敬だ国際問題だと大騒ぎになる可能性もある。この少女はそれがわかっているから戸惑っているのだ。でなければ断りもなく勝手に顔に触れて、さらには掬った涙を目の前で舐めて味わうなんて変質者だと罵られても仕方が無い行為なのである。少なくとも、アレスター国ではそうだ。



「あ、あの……」


 顔を真っ赤にした少女が声を震わせた。しかしその真意を読み取ることなく“オレ”は懐かしげに目を細めると今度は微かに揺れる蜂蜜色の髪の毛先をまたもや断りもなく指に絡め始めたのだ。








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