目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第55話 その出会いは③


 これまでは、心の何処かで兄上だって本気でオレを殺そうとなんてしないはずだと信じていた。これまでの暗殺者や毒もただの脅しだと。しかし、もしもこのピンク頭が兄上の放った刺客だとしたら……。そんな考えが脳裏に浮かんだせいで今更この髪の事なんて口走ってしまった。これでは逆にオレは王族だと誇張しているようなものだ。もし兄上が知ったら「やはり王族として王太子になりたいのでは」と疑われてしまう。なんとか誤魔化さなければ……。


 するとこの怪しいピンク頭は手に持っていたボロボロの教科書をバサバサと地面に落とし両手を頬に当ててオロオロとしだしたのだ。


「不吉?よくわからないですけど、こんなに綺麗な瞳なんですからみんなきっとあなたが大好きなはずで────えぇっ!王家って王子様だったんですかぁ?!いやーん、どうしよう!あたしったら不敬ですよね……!」


 ……意味がわからなかった。オレの髪色を見ていて、オレが王族だと今の今までわからなかったというのか?オッドアイの事はともかく、この髪はアレスター国の王族にしか現れない特別な色として世界各国に認知されているはずだ。


 学園に入れば最初に各国の王族について習うはずだし、なんなら平民の子供だって知っている。その証拠にこの国にやって来た時も馬車から顔を覗かせただけで「あ、白い髪だから隣の国の王子様だー」なんて言われたくらいなのに……わざとそんなことを?いや、わざとだとしてもやはりそんな事をする意味がわからない。王族を知らないなんて不敬を通り越してただの馬鹿だ。


 もしも本当に知らなかったのなら、どんな秘境からやってきたんだ?さすがに兄上もこんなあからさまに怪しい人間を暗殺者として送り込んだりはしないか……。


「そ、そうか……?いや、学園では生徒は平等だ。不敬とかそんな事は気にするな」


 だが、このピンク頭……あまり近づかない方がいいな。と思った。


「よかったぁ、優しいんですね!!あの、ジュ……王子様ぁ!あたし、ルル・ハンダーソンって言いますぅ。良ければお名前を教えて欲しいなって思ってぇ〜!それにあたしは男爵令嬢なんですけど守護精霊がすごいって言われてるんでぇ、もし何か悩んでるんならお役に立てるかもしれませんよぉ!例えばぁ、家族の事とか……」


 すると今度は、軽く握った左手の拳を口元に当てて上目遣いでオレを見てきたのだが……聞いてもいない事をペラペラと喋り出したのだ。


 オレが王族だと本当に知らなかったとして、わかった途端に擦り寄ってくる様子に虫唾が走りそうだ。そういえば、朝の女生徒達はオレの瞳の話はしたが自分の事を売り込んで来たりはしなかったな。それにオレが王子だとわかっていても気にしていないように見えたし、もちろん王族としての敬意は最低限払ってくれていた。


 こんな、家族の事を聞いてくるなんて傷口を抉るような事なんて誰もしなかったのに。そう思ったら、面倒くさそうな態度を取って申し訳なかった気持ちになった。


 それにしても、守護精霊か。確かに守護精霊の強さは個人の評価にも反映される。だが、オレはあまりそうゆうのは好きじゃなかった。守護精霊はオレの大切な友達だ。それを、道具のように扱う奴は嫌いだ。


「お前の……守護精霊が?」


「はい!だからぁ……」


 なぜかオレの事をわかっている風に話しかけてくるこのピンク頭が無性にイラつく。その時、ピンク頭の声に混じってどこからか歌のようなものがわずかに聞こえてきた気がしたのだが────。


『わん!!』


ザァッ……!!


「ひぃっ!き、きゃあ────っ?!」


 その場に突風が吹き、小さなつむじ風が現れたかと思うとそのピンク頭を吹き飛ばしたのである。ついでにボロボロの教科書も。こんなことをするやつをオレは知っていた。


「……ゲイルか。学園に来た途端何処かへ行っていたのに、どうしたんだ?」


『わん!!』


 オレがその白い毛並みをもふもふと撫で回すと、ゲイルは気持ちよさそうに目を細めた。


 ゲイルはホワイトハスキーの姿をした風の精霊魔法を使うオレの守護精霊だ。こうやっていつもオレを護ってくれる友達で仲間で、大切なパートナーだった。すると、心地の良いそよ風がオレを慰めるように吹いてくる。何か緊急で用事があるみたいだったのに、オレが気分を害していたのを感じて駆けつけてくれたようだった。


「ゲイルの用は済んだのか?」


『一応ね。ジュドーの側を離れちゃってごめん』



 監視者に聞こえないように小声で話すが、やはりゲイルがいてくれるとホッとする。そこからは他愛無い話を少ししてから、軽く腕を伸ばした。


「あ〜、留学なんて面倒くさいなぁ!」


 そして、わざとらしく息を吐き……監視者にだらしなさを見せつけるためにその場にゴロンと寝転がったのだが……。




「「あ」」





 視線が上を向いた瞬間、ふわりと揺れる蜂蜜色の髪が最初に視界に入り……次にオレを覗き込む、まるで湖の底のような深いアクアブルーの瞳と目が合ってしまった。


 もしかして樹の妖精だろうか。と、吸い込まれるようなその瞳の色に時間が止まったように感じ……気が付いた時にはその妖精はオレに向かって落下してきていたのだ。


 なぜか咄嗟に圧死を覚悟していたが、その衝撃は思っていたよりずっと軽かった。しかしそれなりにダメージはあったようで頭を打ったのかグラグラと脳が揺れる感じに目が回っている。



「きゃーっ!どうしよう、もしかしてジュドーをお尻で殺しちゃったの?!か、神様、どうしよう〜〜〜っ?!」


『フィ、フィレンツェア!落ち着いて!ケガしてない?!』


『わ、わふぅ?!お、お前たちぃ!よくもジュドーを!』


 オレの周りでは誰かが騒がしくしていて、しかしなぜかそれが心地良いと感じていた。


 なんだろう、この感覚は……。そうだ、オレは知ってる。この子を知ってる……。



 グワングワンとさらに揺れる脳内で、知らないはずの映像が流れ出す。でも、オレはそれをのだ。


 そこにはひとりの少女がいて、いつも笑ってオレを見ていたんだ。指切りをした、大切な少女が────。






「…………」


「あ、動いた!?ジュ、ジュドー?!大丈夫なの?!」


 ピタリ。と、脳の揺れがおさまった。目を開けるとがそこにいた事を嬉しく感じる。


 そして自分を覗き込むアクアブルーの瞳に浮かぶ朝露のような涙を伸ばした指先で掬い取り、それをペロリと舐めてみた。


 うん、味覚も触覚もあるね。視覚も大丈夫。と、五感はちゃんと戻っているようだと確信し安心した。なにせあいつら、やることが荒っぽいからさ。


「しょっぱい……」


「なぁっ……?!」


 そんな行為に、みるみる顔を赤くしてこちらを見てくるその瞳をまっすぐに見つめ返してこう言ったんだ。




「やぁ、また会えたね。ボクの聖女」と。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?