「こ、この髪は……オレの、王家の特有の色で……。でも、オッドアイは不吉だって言われるのに……なのに、なんでこの国の女共はオレに寄ってくるんだ」
あぁ、そうゆう設定だったのね。なるほど、アレスター国ではオッドアイは不吉だけど王位継承権を持っているから複雑な環境だったってことだろうか?もしかしてアレスター国では不当な扱いをされていたのに留学先のこの国ではモテたものだから戸惑っているのかもしれない。それにしてもさっきからルルがジュドーにぐいぐいと近寄っているのに護衛が動く気配が全くないのだが。ヒロインが不審者だったらどうするのだろうか。いや、もしかしてヒロインパワーのせいで動けないとか?
「不吉?よくわからないですけど、こんなに綺麗な瞳なんですからみんなきっとあなたが大好きなはずで────えぇっ!王家って王子様だったんですかぁ?!いやーん、どうしよう!あたしったら不敬ですよね……!」
手に持っていたボロボロの教科書をバサバサと地面に落とし両手を頬に当ててオロオロとしだすヒロインの手際の良さに感服してしまう。すごい、流れるような動きが完璧だ。
なんかこう、「あたしは、あなたが王子様だから近づいたんじゃないですよ☆あたしは純粋にあなたに興味があるんですよ!」感がすごいのだ。ただ、なんとなくやり慣れた感があるのだけが引っかかるのだが。やり過ぎて芝居がかっていると思われなくもないのではないか。まぁ、攻略対象者達はヒロインの全てを愛しているのだからそれも愛嬌か。
「そ、そうか……?いや、学園では生徒は平等だ。不敬とかそんな事は気にするな」
やはり、ジュドーがまんざらでもなさそうにしているところを見るとこれが正解だったのだろう。それにしても、いくら攻略対象者だからとはいえチョロすぎないだろうか?こうなってくると攻略失敗されたグラヴィスが別の意味ですごい人のように思えてきた。
そして、やっぱりヒロインは簡単にみんなに愛されるんだな。と。私の目にはセイレーンの魅了の力なんて使わなくてもすでにジュドーはヒロインを愛し始めているように見えていた。
きっとジュドールートでもフィレンツェアは嫌われているのだろう。ヒロインをイジメる悪役令嬢として酷い断罪をされるのだ。例えイジメなんてしていなくても、ジュドー達がヒロインより悪役令嬢を信じるはずなんてないのだから。
しかし、私の婚約破棄の為には逆ハーレムルートはあまりよろしくない。隣国まで巻き込んだらそれこそ嫌われ者の悪役令嬢なんてサクッと殺されてしまいそうである。まぁ、すでに失敗しているグラヴィスの攻略をヒロインがどうするかでまた変わりそうだけれど。
さて、そろそろセイレーンが登場するかな?と、ごくりと固唾を呑んだのだが……。
「よかったぁ、優しいんですね!!あの、ジュ……王子様ぁ!あたし、ルル・ハンダーソンって言いますぅ。良ければお名前を教えて欲しいなって思ってぇ〜!それにあたしは男爵令嬢なんですけど守護精霊がすごいって言われてるんでぇ、もし何か悩んでるんならお役に立てるかもしれませんよぉ!例えばぁ、家族の事とか……」
今度は軽く握った左手の拳を口元に当てて上目遣いでジュドーを見つめ出すルル。名前を教えて欲しいって……聞き間違えでなければ今、ジュドーの名前を言いかけてなかった?絶対に先に調べてると思うんだけど。
それに、なにやら右手を背中に隠して動かしているような……もしかしてセイレーンに合図を送っているとか…………。
いやいやいや、セイレーンって勝手にヒロインの気持ちに反応して相手を魅了する魔法を使うんじゃなかったの?!それによく考えてみると、ヒロインの性格もゲームの時とちょっと違うような気がしてきたのだ。
ヒロインは天然系だがセイレーンの影響でちょっとあざといところもあるゆるふわガールである。でも、自分の守護精霊の希少さをいまいちわかってないはずだし、自分が男爵令嬢であることも引け目に思っているはずなのに、今のヒロインは自分の価値を最大限に分かっているように見えた。
こんな、自分の守護精霊の事をひけらかすような態度……ゲームでは見たことなかったのに。
やっぱり、ヒロインは……ルルは何か知っている。きっとジュドールートの攻略の仕方も知っているのだ。たぶんストーリーが進むとジュドーはヒロインのセイレーンの力を欲していくのだろう。ルルはそれを知っているから、攻略を早く進めるために先にセイレーンの存在をジュドーにアピールしているのだ。
やっぱり、ルルは転生者……!!
でも、転生者だとしてなぜこの乙女ゲームの攻略方法を知っているのか?だってこのゲームは神様の作った未完成の乙女ゲームなのに、私と神様以外にゲームをプレイした人がいるだなんて……。
「お前の……守護精霊が?」
「はい!だからぁ……」
背中に隠されていたルルの手が、ゆっくりとジュドーの方に伸びた。その時、ほんの微かに歌が聞こえてきたような気が────。
『わん!!』
ザァッ……!!
「ひぃっ!き、きゃあ────っ?!」
すると、歌を掻き消すかのように突風が吹いたかと思うと小さなつむじ風がルルを包み込み……なんとルルを吹き飛ばしたのである。その場にはボロボロの教科書だけがポツンと残ったが、それも新たなつむじ風に運ばれてどこかへ行ってしまった。
まさか“世界”が、ヒロインの行動を邪魔した……?
ルルの姿が見えなくなった途端に突風が止み、代わりに姿を現したのは白い毛並みに覆われた犬(あれはホワイトハスキーかな?神様は少し珍しい動物もゲームキャラの参考にしていたはずだから)だったのだ。……いや、きっとあの子がジュドーの守護精霊だろう。
「……ゲイルか。学園に来た途端何処かへ行っていたのに、どうしたんだ?」
『わん!!』
どうやらジュドーの守護精霊は風の魔法を使うようでジュドーの周りにはそよ風が吹いている。ジュドーの護衛はそれに驚く事も無くそのまま見ているのだが、まるでこうなることがわかっていたかのようだ。ジュドーの事は、守護精霊が必ず守ると信じていた……のかな?
その光景を見て、なんとなくだがジュドーとその守護精霊の関係が見えた気がした。
あの守護精霊は、ジュドーを守ったのだ。
しばらくジュドーは自分の守護精霊と話していて、それから軽く腕を伸ばした。するとジュドーは「あ〜、留学なんて面倒くさいなぁ!」とわざとらしく息を吐き、その場にゴロンと寝転がったのだが……。
「「あ」」
その瞬間、下を覗き込んでいた私と上を向いたジュドーの目がばっちり合ってしまったのだ。
なんか、気まずい……!!
そう思った瞬間、ズルッと身体の重心がズレてしまい……私の体は地面へと落下してしまったのだった。