さて、まず何があったかと言うと……なぜか急にクラスで席替えが行われて私とアルバートが隣同士になってしまったのだ。もちろん他の生徒は不満を言ったが問答無用で実行された。
そしてグラヴィスの態度は相変わらずだったが、私がアルバートと一緒に教室にやって来た事を知るとなぜか眉を顰められてしまったのだ。授業中もずっと睨まれている気がしたのだが……なんで?
そこで、もしかして私もジェスティードと同じように不貞をしていると疑われているのではと思い合間の休憩時間に慌ててグラヴィスを捕まえると、「実は倒れたところを助けて頂いたのをキッカケに新しくお友達になりまして……」と今度はなぜか浮気疑惑を弁明するような状況になってしまった。でもせっかくグラヴィスのこれまでの態度の真意がわかったのにあらぬ誤解で断罪理由を作りたくはない。何がキッカケで死刑にされるかなんてわからないし。
「あの後、図書館で倒れただって?何か騒動があったらしいとは聞いたが……」
図書館でのあの騒動はどうやら公爵家と伯爵家の圧力が効いたのかあまり詳しくは知られていなかったようだ。
「私が立ち眩みを起こして階段から足を滑らせまして……それをアルバート様が助けて下さったんです。それで実はクラスメイトだとわかりまして……」
「なるほど、公爵令嬢が階段から落ちたとなればそれは騒動にもなるな。怪我は大丈夫なのか?」
「はい、かすり傷ひとつありません」
するとグラヴィスは「ふむ」と頷く。どうやら納得してくれたようだ。図書館でのヒロイン騒動でも思ったがグラヴィスはそうゆうのに厳しいのだろう。私だってそんな勘違いで死亡エンドはごめんである。
「それならいいが、君は王族の婚約者で公爵令嬢だと言う事を忘れずに行動するように。────今までクラスメイトだと知らなかったのか」
「はい、わかっていま……え、何か言いましたか?」
グラヴィスが何か呟いた気がしたので思わず聞き返すと「いや、なにも」と首を横に振られた。なんだかちょっと苦笑いされているような……?
しかしやっとグラヴィスの眉が定位置に戻ったのを確認出来たので「まぁ、いいか」と、ホッとしていると、どこからともなくアルバートが現れた。
「お話は終わりましたか?フィレンツェアじょ……いてっ?!」
そして私の肩に向かって手を伸ばすと、またもやアオがその指先に噛み付いてしまったのだ。しかしアルバートは「痛いなぁ、トカゲくん」と噛み付いたままのアオを手にぶらーんとぶら下げてなにやらにんまりと口元を綻ばせている。相変わらず目元は見えないが、雰囲気がなぜか楽しそうに見えるから不思議だ。絶対にわざとアオを怒らせているんだろうけれど。
『きゅっ!』
「こ、こら!フィレンツェア・ブリュード嬢!君のペットが────「シュヴァリエ先生、何か?」……っ、あぁその……痛くないのか?アルバート・エヴァンス」
「平気ですよ、甘噛みですので。これは僕とこのトカゲくんとの触れ合いのようなものなので気にしないで下さい」
「それなら……わかった。学園内では怪我のないように」
するとグラヴィスは目を逸らすようにしてその場を去ってしまったのだ。
その後も事あるごとに私にちょっかいをかけてはアオに噛み付かれて楽しそうなアルバートと、それをチラチラと見てくるグラヴィスのせいで妙に疲れてしまったのである。まぁ、私としてはもうアオを連れてこないように言われなければそれでいいのだけど、もしかして危険なトカゲとして見張られているのだろうか?
「アオったら、噛みつき癖があったのね?アルバート様とケンカしちゃダメって言ったのに……先生に目をつけられたらどうするの?」
『あいつがフィレンツェアに触ろうとするからだよ!』
「それはそうだけど……もはやアオに噛み付かれたくてわざとそうしてるように思えてきたのよね。もしかしたらそっち方面の趣味があるかもしれないから気をつけないと!」
それに実際にアルバートは怪我なんてしていないし本人が「じゃれているだけ」と言うので他の先生達も軽く注意してくるだけなのだが、なんとなくグラヴィスだけ意味深な視線で見てくるので居心地が悪いのだ。
「まぁいいわ。それよりお弁当を食べましょう!料理長がアオと一緒に食べれるようにってたくさん用意してくれたのよ。どこか静かな場所はないかしら」
『じゃあ、中庭に行こうよ。涼しくって人間があんまりこないって他の精霊が言ってたよ』
もしかしたらお昼休みもアルバートが「お友達ですから」とか言ってついてくるかと思ったのだが予想とは違い「ちょっと用があるので」と何処かへ行ってしまったのである。まだあの距離感に慣れていないのでありがたいのだが、彼の隠し事を暴くのはなかなか難しいようだった。
なぜかといえば、アルバートが近くにいると小さなフィレンツェアが妙に落ち着かないみたいで私にも多少影響があるのだ。見える範囲にいなければ大丈夫なのでやっと一息つける感じだった。
そして中庭で立派な樹を見つけ、アオの魔法で上に運んでもらったのである。アオの魔法は基本は水魔法なのにちょっと不思議だ。でも、大きなシャボン玉を作ってその中に入るとふわふわと浮かぶ感じが私は好きだった。
そしてしばらくは和やかに昼食を食べていると、樹の根元が騒がしくなったのだ。
「……全く、この国の女共はうるさくて鬱陶しい生き物だな!オレの見た目がそんなに珍しいのか……?!」
ガン!と幹に激しい衝撃が走る。どうやら誰かが思い切り樹を蹴ったようだった。なんだか怒っているようだけど……と下を覗いて思わず「げっ!」と叫びそうになってしまったのだ。
そう、そこにいたのはあれほど関わり合いになりたくないと思ったミルク色の白い髪……ジュドーがいたのである。朝からあれだけの女の子に囲まれていたのに、まさか昼休みにひとりきりになってるなんて予想外だった。
せっかくクラスが別だったから人集りを避ければ会わずに済むと思っていたのに、なんでこんな所にいるのよぉ?!