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第48話 最後の攻略対象者②


 うーん、詳しく思い出せない……。神様から設定を聞いた記憶はなんとなくあるから知っているはずなのだが、他の攻略対象者みたいにどんなルートでどんなストーリーだったかが全く思い出せないのである。




「あれ?」




 もしかして……私ってばジュドールートをプレイしてなかった、とか?


 なにせあの時は作りかけのゲームだったし、神様から勧められるままに他のルートをやったり途中から追加ストーリーが加えられては中断したりなどしていた。さらに神様が「激ムズの逆ハーレムルートとかやってみようよ〜」なんて横から言ってきたのでそっちに変えたり……。神様からどうでもいい情報だけは聞いていたからてっきり全ルートのお試しプレイをしていたつもりになっていたけれど────あ、これはやってないわ。


 いくら今のこの世界が元の乙女ゲームの設定から離れてしまっているとはいえ、これまでの攻略対象者達の基本設定はそのままだった。それはもちろんその守護精霊についてもだ。これはかなり重要な情報のはずである。


 基本のストーリーがわからないからどのタイミングでヒロインとの出会いイベントが終わってるのかどうかもさっぱりわからないとは……どうしたものか。


 本当ならヒロインにはジェスティードルートに専念してもらいたいところだが、たぶん逆ハーレムルート狙いだろうあのヒロインならどんな手を使ってもジュドーとの出会いイベントを実行する事は決定事項だろう。グラヴィスの時の騒動がその証拠である。


 それにしても。と、憂鬱な気分になった。まだイベントが発生していないとしたら下手にジュドーに関わったらもれなくヒロインに絡まれることはわかりきっていたからだ。


「……面倒くさいわね」


 図書館での出来事を思い出して、思わずため息混じりにポツリと呟いてしまった。ジュドーのいる所でヒロインに見つかればまたフィレンツェアの名前は確実に利用されるだろう。グラヴィスの時はグラヴィスの守護精霊の魔法のおかげで難を逃れたが、ジュドーまでヒロインの魅了の力を跳ね除けられるとは思えない。あんな偶然がそう何度も起きるわけがないのだ。


 しかし、わからないものは仕方が無い。どのみちどのルートでも悪役令嬢フィレンツェアの運命はバッドエンドしかないのだから、こうなったら極力ジュドーとは関わらないようにするしかないだろう。


 すっかり忘れていた事なだけに、知ってしまった時の衝撃は思いのほか大きかったようだ。それでなくても様子見するしかない悩み事が多いのに、まだ攻略対象者に悩まなくちゃいけないなんてあの時ジュドールートのプレイを邪魔した神様にめちゃくちゃ文句を言ってやりたい気分になってしまった。あの神様の事だ、きっと私が知らないところでも色々と追加ストーリーを加えているに決まっている。今度会ったら絶対に……。


 あ、いや待てよ。次に神様と会う時って、もしかしなくてもまた死んだ時では?それじゃあ、悪役令嬢として断罪されて死なないと神様に文句も言えないのか……。いっそ神様がこっちの世界に来てくれたらいいのに!


『フィレンツェア、どうしたの……。まさかがフィレンツェアに何かしたの?』


 アオの声にハッと我に返る。どうやら考え込み過ぎて難しい顔をしていたようだ。


「ご、ごめんなさい。ただ神様に、いえ、なんでもないのよ……!ただちょっと、あんまり関わりたくないなって思ったっていうか……ほんとになんでもないの!」


 アオはともかく他の人に「攻略対象者の情報がわからなくて制作者神様に文句を言いたくなっていた」なんて言えるわけがなく言葉を濁して誤魔化すことにした。端から見れば隣国の王族に対する不敬だと思われても仕方が無いが関わりたくないのは本音である。


「ま、まぁ、だからその……げふん!

 ────あの騒ぎに巻き込まれないように、早く教室に向かいましょうかアルバート様」



 気に取り直してにっこりと笑みを浮かべてアルバートを促すと、アルバートも空気を読み取ってくれたのか「そうですね」と同意してくれた。


 こうして無事に誤魔化す事に成功した私は御者と護衛に見送られて教室へと足を向けたのだった。


 うん、御者と護衛も笑顔だったし、ちゃんと誤魔化せたわね!







***








「……まさかあの留学生、神に願うほどに関わり合いになりたくない人物なのか?お嬢様とどんな関係が……。そういえば、さっき面倒くさいと呟いておられたぞ!」


「あの時の驚かれた顔は……もしやフィレンツェアお嬢様は隣国の王族にまで悪く言われていたのでは?お嬢様の婚約者であるあの馬鹿王子がお嬢様の悪口を吹聴しているのかもしれない。これは、奥様と旦那様にご報告しなければ……!」


「「つまり、絡まれたら面倒くさい人種……きっとパーティーかなにかで酷い事を言われたんだ!!これだから王族はぁ!!」」


 この情報は瞬く間に公爵家の人間と守護精霊達に共有され、隣国の第二王子ジュドー・アレスターはフィレンツェアの敵と認識された。警戒度はMAXである。(アルバートも同等)


 ちなみにジュドーは諸事情があり、あまりパーティーには参加していない。さらにフィレンツェアと並んで歩く事を嫌うジェスティードがフィレンツェアをパートナーとしてパーティーに出向くことなどまずなかった。


 ましてやジェスティードは自分の婚約者が加護無しだと知られることを心底嫌がっているのを国王は知っていたため、特例として成人して結婚するまでは一緒にパーティーに参加しなくても良いと許されているのである。そのわがままがジェスティードを王太子の座からさらに遠ざけていてそれでもギリギリ候補でいられるのはフィレンツェアが婚約者だからなのだが……当の本人はそんな事に欠片も気付いていない。


 つまりジュドーとフィレンツェアは初対面である。






***







「あぁ、やっとお昼だわ……」


 昼休みになり、午前中だけでとても疲れていた私は中庭の大きな樹の上で幹にもたれかかって息を吐いた。代わりに生い茂る青葉の匂いを吸い込むとちょっと疲れが取れた気がした。


 膝の上にある今朝料理長から持たされたお弁当のバスケットとご機嫌なアオの姿に思わず笑みがこぼれる。


「さぁ、アオは何から食べたい?」


 優しい味のするサンドイッチを齧りながら、私は午前中にあったことを思い出していた。




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