馬車の中で揺れに身を任せながら、私はさっきのアルバートの異変について考えていた。
ほんの一瞬の赤い陽炎。アルバートは気付いていなかったようだが……だが確かに
さっきは思わず目を逸らしてしまったが、一体あれは何だったのか……。悪い物ではないと思いたいが、ここ最近の出来事の積み重ねでどうしても悪い方向に考えてしまっていた。
『フィレンツェア、どうしたの?もう着いた?』
さっきまでぐっすりと眠っていたはずのアオが軽く欠伸をしながら私の手をぺろりと舐める。
するとタイミング良く御者が到着の合図をしてくる。どうやら考え事をしている間に学園に到着してしまったようだ。
「なんでもないわ。さぁ、行きましょう」
不安要素は残ったままだが、とりあえず今は様子を見るしかない。あの夢も気にはなるが今の私にはそれを解明する手立ては無いのだ。
「……フィレンツェアお嬢様、どうかお気を付けて」
馬車の扉が開くと護衛がそう言いながらそっと手を差し出してきた事に一瞬戸惑いつつ、私はその手を取り馬車から降りることにした。肩の上でアオがピクッと動いた気がしたが横目で見てみればムスッとして不機嫌な顔をしている。寝起きで機嫌が悪いのかと思ったらその視線の先にはすでに馬車から降りて私を待っているアルバートの姿があった。どうやら威嚇するのを我慢しているようだ。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、護衛は「とんでもございません」と頭を下げてくる。本当はエメリーが付き添ってくれる予定だったのだがそれが出来なくなったので代わりに護衛が付くことになったのだ。
たぶん私がアルバートに助けられた時に自分がその場にいなかった事を気にしているのだろう、ずっと気を張った顔をしているようだった。
実はさっきも御者の背後からアルバートの事をガン見していたのよね……一応相手は恩人だから冷静を装っているつもりみたいだけれど。
昨日も伯爵家御一行が帰った後、他の使用人達と一緒になって「いくらお嬢様の恩人とはいえ、それを理由にフィレンツェアお嬢様の優しさにつけ込むなど言語道断だぁぁぁ!!」と騒いでいる姿を見てしまったからか心の中は穏やかではなさそうである。きっと心の中では他の使用人達と同じようにアルバートを威嚇しているのだろう。
それにしてもさすがに学園に行くだけなのだから御者だけでいいのに大袈裟では?とは思ったのだが、お母様からのお願いと護衛本人の強い熱望から叶ってしまったのである。
しかしよく考えたらこれまでは馬車からはひとりで飛び降りていたし、図書館に行った時は嬉しさのあまり自分から飛び出していたのでこうやって手を差し出されて補助されるのは初めてだった。
改めてされるとなかなか恥ずかしいかもしれないと言う気持ちがじわりと湧いてきてしまう。
「学園内にはお供は出来ませんが、また下校の際にお迎えに上がります。アオ様、どうかお嬢様に
『まかせといて!』
「…………なんでトカゲくんと護衛くんは僕を見るんです?」
護衛とアオが一緒になってアルバートを血走った目で凝視しているがアルバートはにっこりと笑みを浮かべている。その間には火花が散って見えた気がした。
……ケンカしないようにってあれほど言ったのにすでに喧嘩腰なのはなぜだろうか。
「ほらほら、ケンカはダメよ。アオも人前では静かに────あら?なんだか、今日は騒がしいわね」
いつもならフィレンツェアが学園に到着すると周りの人間はおしゃべりをやめて、ヒソヒソと「加護無しが学園にやってきた」とこれ見よがしに言ってきていたのたが……フィレンツェアがポツンとひとりで無く護衛や御者に見送られていて友達(?)まで側にいるというのに今日はこちらに注がれる視線がひとつも無かったのだ。
「あぁ、それなら……。確か、今日は留学生がやって来る日だからですよ。ほら、あの人集りにいるあの方です」
私が首を傾げると、アルバートがそう言ってある方向を指差した。私はその方向にいたとある人物の姿に愕然としたのである。
「────あ、あの人は……!」
そこにいたのはひとりの少年で、隣国の王族特有のミルクのような白い髪をしていた。さらにその少年は、ライトブルーと金色と言う珍しいオッドアイの瞳を持っていたのだ。
他の人とは一目瞭然で違う美しい容姿と特別感。その雰囲気を感じ取った途端にとある記憶が蘇った私は「あ」と声を上げてしまった。
そう。なんと彼こそは、隣国アレスター王国の第二王子にして最後の攻略対象者であるジュドー・アレスターなのである。
そんなジュドーがたくさんの女の子に囲まれて黄色い声を浴びていたのだが……。
────すっかり忘れてたわ。
確か、攻略対象者ジュドー・アレスターは神様曰く乙女ゲーム〈愛を囁くフェアリーの奇跡〉内でのチャラ男代表だったはずだ。(