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第46話 アオの独り言


『……僕が、フィレンツェアの素敵な友達?』


「そうよ、とっても素敵な友達だわ。これからよろしくね、アオ」


 封印が解けあの時、やっと聖女の記憶を思い出してくれたフィレンツェアの言葉に不思議な気持ちでいっぱいになった僕が思わず聞いたらフィレンツェアはそう答えてくれた。


 それだけで僕はフィレンツェアの魂を追いかけて転生して来て良かったと心から思ったんだ。






***







 少しだけ揺れる馬車の中、フィレンツェアの膝の上で優しく背中を撫でられているせいか僕は心地良い眠気に誘われていた。フィレンツェアの手に触られるといつもほわほわした気持ちになるんだ。


 でも、昨夜フィレンツェアに「新しい友達になった」と説明されたあの黒髪男の事は未だにムカついている。と言うか、大嫌いだ!朝からフィレンツェアに薔薇をプレゼントしたりなんかするし、これからあんな気障な不審者がいつもフィレンツェアの側にいるなんて思ったらイライラして仕方がなかった。


 まぁ、学園に行く為の馬車は別々になったから良かったんだけど。あんな奴と一緒に馬車に乗るなんて絶対に嫌だし、あいつを見てると妙にムカムカしてくるんだもん。


 とりあえず帰ったらあいつを威嚇してくれた屋敷にいる守護精霊達にお礼を言っとかなきゃな、それに公爵家の人間達にも……。みんなフィレンツェアが大好きなんだって、今ならわかるから。フィレンツェア以外の人間なんて本当はみんな嫌いだけど、公爵家の人間達は嫌わないでいた方がいいと思った。それに、その方がきっとフィレンツェアが喜ぶだろうから。


 フィレンツェア聖女の魂を大切に思ってくれている人たちがたくさんいるから良かった……と、そんな事を考えながら重くなる瞼に逆らえなくなっていた。


「……アオの鱗はとっても綺麗だから、見ているとなんだか落ち着くわ」


 その降り注ぐようなフィレンツェアの声がとても心地良くて、僕はうとうとしながらそっと目をつむった。頭上からはフィレンツェアのこぼれるような笑みを感じながら……僕は昔の事を思い出していたんだ。





















 僕はフィレンツェアが大好きだ。



 前世の世界は……ドラゴンは世界を滅亡させる存在だと言われていてドラゴンが人間と敵対している世界だった。


 確かにドラゴンの中にはいたずら好きで暴れる種族もいたから人間と敵対しても仕方が無いのかもしれないけど、別に世界を滅亡させるつもりなんかなかったのにな。だって世界が無くなったら、その世界に住むドラゴンだって住めなくなっちゃうよ。僕はその頃はまだ卵だったから詳しくは知らないけど、その話を聞いて人間って愚かだなって思っていた。


 それでも最初の頃の人間はとても弱くて少し脅せばおとなしくなったから特に問題は無かったらしい。



 気が付くと、僕はブルードラゴン種の最後の生き残りとして気が遠くなる程の年月の間をずっと卵の中で過ごしていたんだ。



 元々三原色の色を持つドラゴンは長生きな分、繁殖力がとても弱い。だから僕以外にも絶滅が危惧されたドラゴンはいた。その中でも一番強いからってなぜか他のドラゴンに付きまとわれたりしたけど、孵化してからの僕はいつもひとりきりで人間を眺めていた。


 やる気のない僕はドラゴン達が暴れても人間達がドラゴンを倒していてもあまり興味がなかったんだ。それにドラゴンは頑丈だしちょっとぐらい四肢が破損しても簡単には死んだりしない。それになんだかんだ言ってもドラゴン達だって本気で人間を滅ぼそうとなんかしないはずだ。……そう思っていた。




 だけどある時、一匹のドラゴンが闇堕ちしてしまった。そのドラゴンは理由はわからないけど本当に人間を疎んでいてその憎しみがキッカケだったみたいだった。



 闇落ちしたドラゴンのオーラは魔物やアンデッドを惹きつけるんだ。その魔物達がさらに人間を襲う……人間からしたらまさに悪の権化だろう。そしてまるで感染するかのように闇堕ちドラゴンは増えていってしまった。


 いや、実際に“感染”しているのだろう。闇堕ちというウイルスがドラゴンを蝕んでいったんだ。



 僕はそれを見ているしか出来なかった。



 そんな中で人間の中に“聖なる力”を使える特殊な人間が現れた。神のお告げで選ばれたと言うその小さな人間の女の子は僕が見ても強い魂の持ち主だったんだ。


 聖なる力は人間の生命力そのものなのに、周りの大きな人間はその小さな人間にたくさんの闇堕ちドラゴンを殺させていた。



 聖女が人間からもドラゴンからも“竜殺し”の異名を持つ聖女と呼ばれる存在になった頃には聖女の魂はボロボロになっていたのに、それでも強い輝きを放つ聖女の姿は僕には神々しく見えていた。



 なぜ周りの人間は聖女を助けないのか。


 なぜ聖女ばかりが傷付いているのか。


 なぜあいつらは聖女より偉そうなのか。






 気が付くと僕は闇堕ちドラゴンとなり、聖女の前に立っていたんだ。


 闇堕ちしてしまった理由は僕にもよくわからない。でも、無性に人間が憎いと感じた。


 聖女の後ろに隠れている名ばかりの仲間達を無差別に見せかけて食い千切ってやった。フィレンツェアのその辺の記憶から僕の残虐行為が曖昧になっているとわかった時は胸を撫で下ろしたものだ。あの時は咄嗟に誤魔化したけど、フィレンツェアに嫌われたくないからこれからは気をつけなくちゃ。


 今ならわかる。僕はあの時、あの世界を憎んでいたんだ。もし聖女が最後の生命力をかけて僕を倒してくれなかったらきっとあの世界は滅んでいただろう。それこそ本当に僕は世界を滅亡させるドラゴンになるところだったのだ。


 聖女の時のフィレンツェアがあんな世界を守るために死んでしまったと思うと悲しかった。


 だから、今の僕は幸せだ。


 フィレンツェアを追い掛けて転生した僕は、ドラゴンの姿を保ってはいるがもうその存在は精霊として構築されている。そもそもこのドラゴンの姿だってフィレンツェアに僕だってすぐ気づいてもらう為だった。この世界での強さの目安でもあるらしいけど、フィレンツェアが笑顔になってくれたからそんなのどうでもいいことだ。


 僕はもう世界を滅ぼそうとしたドラゴンじゃない。フィレンツェアの守護精霊に生まれ変わることが出来たんだ。あの憧れた強い魂との繋がりを感じられて、フィレンツェアの側はどこよりも居心地が良い。



 聖女が死んで魂が天に回収された時、同時に死んでしまった僕は本能のままにその魂を追いかけていた。僕の魂を浄化してくれた聖女を、今度こそ僕が守るんだって決めたんだ。



 フィレンツェアの好きなものがこの世界にいっぱいになるように、邪魔するやつらは僕が全部排除するんだ。



 でもね、フィレンツェアの一番は誰にも譲らない。フィレンツェアの一番は僕がいいんだ。


 だって、昨日も僕がつい『あいつは僕よりも素敵な友達なの?』と拗ねた事を言ってしまったらフィレンツェアはこう言ってくれたから。




「アオは誰よりも特別よ」と。



 僕は嬉しかった。────だって僕にとってもフィレンツェアは特別だったから。



 あぁ、でもこの世界にも邪魔な人間が多い。



 図書館でも会った眼鏡もムカつくし、「ヒロイン」とかいう変な女はもっと嫌いだ。もちろんフィレンツェアの婚約者だっていう王子やこの間の頭の悪そうな男にフィレンツェアの悪口を言う人間達も。


 前の世界と同じで、この世界でも人間は嫌いな奴だらけだ。


 どうやって排除してやろうか。あぁ、でもフィレンツェアは優しいからそんなことしなくていいよって言うかもしれない。だから、バレないように慎重にやらなくちゃいけないよね。



 まずはどいつから……そんな事を考えながら僕はいつの間にか眠ってしまっていたのだった。







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