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第43話 新たなる関係②

「いやいやいや、護衛はすでにいますしそちらの御子息はまだ学生で……え、この書類に国王陛下のサインまであるんですけどぉ?!なんで?!」



 ちょうど目を覚ましたお父様がお母様と共にエヴァンス伯爵夫妻との話に参加したのだが、やや興奮気味のエヴァンス伯爵夫妻からグイグイと迫られて目を回しだすお父様の姿にお母様が「本当に気が弱いのだから……」とボソッとため息をついていた。



「父と母もこう言っていますし、どうでしょうか?ブリュード公爵、それに公爵夫人。僕はフィレンツェア嬢のお役に立つ自信がありますよ。さぁさぁ────あっ」


 さらにはアルバートにずずぃっと強引に迫られたからか、お父様はパタッとその場に倒れてしまったのだ。……うん、どうやらまた気絶してしまったようである。



 すると、その場にパッと現れた守護精霊が心配そうにお父様の周りをうろうろとしだしたのだが、お父様が起きない事がわかると相当なショックを受けたようで同じように気絶してしまったのだが、お父様は繊細過ぎるのか守護精霊の影響を誰よりも受けている気がしてならなかった。




 気が弱くてものすごく臆病な……この小さなたぬきの守護精霊の影響を。




 毎回見かけるたびにプルプル震えているし、常になにかに怯えている感じの守護精霊だ。なのでアオが下手に近付こうものなら確実に気絶してしまうだろうと思い、これまで迂闊に手出しが出来なかったのである。慣れ親しんでいるはずの公爵家使用人達の守護精霊達とのどんちゃん騒ぎの時もアオに怯えて端っこの方でひとりプルプル震えていたくらいなのだ。いくらアオの気配が怖いからって魔法が解けてからも怯えすぎのように思えていた。あの精霊の夢を見た後のせいか、今では逆にこんなに臆病でよく人間と関わる守護精霊をやる気になったなと思ったほどだ。……これは直感たが、あの夢は真実だろうと確信しているのだから。


「「「…………」」」


 公爵家にとってはいつもの事なのだが、お父様の横に並ぶようにしてこてんと転がるその小さなたぬきの姿はその場にいるエヴァンス伯爵家の全員が黙って凝視してしまうくらいには衝撃的だったようだ。


 それにしても、空中に視線を動かすがやはりそこには何もない。アオは疲れ切っているので今は結界は完全に解かれているはずだが、伯爵家側の守護精霊はこちらを警戒しているのか姿を見せていないのだ。アオの気配に怯えているようではないみたいだけれど、ひとりも姿を見せないとなるとやはりまだ何かあるのでは、とそんな気がしていた。



「────申し訳ありません、エヴァンス伯爵。ご覧の通り当家の当主は体調が優れないようでして、今日のところは一旦お引取り願えますか?」


 お母様はお父様を一瞥してからにっこりと笑顔を作る。その笑顔には有無を言わせぬ圧を感じた。


「で、ですが……」


 エヴァンス伯爵も必死なのかすぐに我に返り詰め寄ってくるがお母様も負けじと冷気を漂わせている。……その後ろではお母様の守護精霊である長老ペンギンが頑張っていた。


「娘を助けていただいたことは本当に感謝しております。ですが、あなた方の御子息をフィレンツェアの騎士にするとなるとそれはまた別の話ですわ。御存知の通りフィレンツェアはジェスティード第二王子殿下の婚約者です。結婚前に突然他家の、しかも同年齢の令息を騎士として側に置くとなれば邪推してくる者もいるでしょう。それでなくてもフィレンツェアは悪意のある噂にさらされて肩みの狭い思いをしておりますのに、母親としてこれ以上状況を悪化させる訳にはまいりませんわ」



 お母様は「それに」と一呼吸置いてからスッ……と目を細める。その姿は少しばかり怒っているようにも見えた。



「それに……話を聞くと言っただけですのに、先に書類を揃えてくるのはいささか卑怯では?確かに下位貴族の次男や三男を高位貴族の令嬢の護衛騎士や行儀見習いの為の執事にして家同士の縁結びの駒にするのはよくあることですわ。ですが、本来であれば家同士の話し合いが先ではないでしょうか?家同士のメリットやデメリットを纏めてその話し合いで決まってから王家に書類を提出し許可を貰うのが正しい手順だとわたくしは思っておりますわ。実際に我が家に仕えてくれている下位貴族の令息令嬢達は皆そうしています。


 それなのに先に国王陛下にまで話を通すなんて、ブリュード公爵家の意見は聞くつもりが無いとでもおっしゃりたいの?


 まさか助けた恩を返せと、この道理を無理矢理捻じ曲げるおつもりでしょうか。そこまでしてフィレンツェアに近付きたい理由がおありなのかしら?」


 そこまで言われるとすぐに反論出来ないのかエヴァンス伯爵は言葉に詰まっていた。なぜこんな強硬手段に出ているのかはわからないが、もしアルバートが私の騎士になったとしても色恋沙汰の悪い噂が立てばその相手は確実にアルバート本人になってしまうだろう。面白可笑しく噂話を流されて私と一緒に断罪される可能性だってあるのだ。それを考えればさすがに考えを改めるだろうと、きっとお母様はそう思ったのだ。



「それと、フィレンツェアの噂話云々もこちらが不審に思えば脅しともとれる言葉です。逆に言えば伯爵家の要求を通さなければ悪い噂を広める事も出来るし、あの事件も公にしてやる……とね。何を企んでいるのかは知りませんが、大切な娘をそんな企みに利用されるわけにはいきません」


「そんなつもりは……!ですが、それは……確かにその通りですね…………。申し訳ありません、少し気が急いてしまっていました……。ブリュード公爵夫人、フィレンツェア様────心よりお詫び致します、どうかお許しを……」


 エヴァンス伯爵夫妻は上げた頭を再び低くする。伯爵夫人も冷静になったのかさっきまでの自分を思い出したらしく恥ずかしそうに目を伏せていた。


「……申し訳ありません、少し聞いていた話と違ったようでして……。その、ブリュード公爵夫妻はフィレンツェア様をとても大切に思っていらしてるのですね?」



「可愛いひとり娘ですもの。当然ですわ」


 お母様の言葉にエヴァンス伯爵夫妻はなぜかホッとしたように表情を緩めたのだ。それはまるで、“私”が公爵家で冷遇されているのではと疑っていたかのように……。







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