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第42話 新たなる関係①


「……あの伯爵令息からの申し出があった時は驚いたわ」


 だいぶ疲れているのか、お母様の眉毛のシワが濃くなる。どうやらアルバートは例の提案をお母様に事前にしていたらしい。さすがにお母様も私を助けてくれた恩人の話を聞かないわけにはいかないだろうとなったのだが、最初の言葉が「フィレンツェア嬢を守る立場になりたい」だったらしく頭を悩ませたのだとか。


 お母様は「もちろんわたくしは断ったのよ?でもなぜか自信満々で聞く耳を持ってくれなくて……だからといって追い出すわけにもいかないでしょう?そうしたら、とにかくフィレンツェアちゃんに直接返事を聞きたいからと譲らないので条件付きで部屋に通したら、わたくし達がみんな部屋から弾き飛ばされてしまって……フィレンツェアちゃんがあの令息とふたりきりになってしまったと思ったら生きた心地がしなかったわ。まさかアオちゃんの結界が原因だったなんて……」と愚痴ともとれるような呟きをブツブツと言いながら、ものすごく疲れたと言わんばかりに大きなため息をついた。ちなみにお父様は一度は目が覚めたがまた気絶してしまっている。使用人達も慣れているからかさっさとお父様を片付け……部屋に運んで放置しているようだが。


 というか、その前から気絶していたのね。私がフィレンツェアと混ざり合ってからマトモに起きているお父様とほとんど会っていないのだけど本当に大丈夫なのだろうか?小さなフィレンツェアの記憶の中にあるお父様像とのギャップが激し過ぎて未だに少し戸惑ってしまう。


 まぁ、フィレンツェアが階段から落ちて意識不明になったとなれば仕方が無いかもしれない。なにせあのお父様だし。と自分を納得させた。


「それにしても、あんなふうにするなんて……何か考えがあるのでしょう?」


 お母様の問いに私は「ええ、実は……」とあの時の部屋での出来事と合わせて胸の内を語った。


 そして私もお母様と同じくを思い出してどっと疲れを感じてしまう。


「奥様、お嬢様。こちらをどうぞ」



「「美味しい〜」」



 侍女に勧められた疲労回復の効果があるハーブティーをお母様と同時に口に含むと、癒しを求めて膝の上で眠るアオの背中をそっと撫でたのだった。








***






 あれからどうなったかと言えば……アルバートがやっとアオの口から脱出したタイミングに示し合わせたかのように、伯爵家より迎えの馬車がやって来たと使用人が急いで知らせに来た。その知らせを聞いて、アルバートは何も言わずにただにっこりと口元に弧を描いている。


「それで、ご一緒に来られたエヴァンス伯爵夫妻がで是非フィレンツェアお嬢様にご挨拶がしたいと申しておられるのですが……」


 どうやらすでに図書館でフィレンツェアが騒動を起こした事や、アルバートがそれに関わりブリュード公爵家に居ることも全てエヴァンス伯爵家には伝わっているようだった。まさかいきなり伯爵夫妻がやってくるなんて思わなかったが、さっきのアルバートの申し出の内容はひとまず置いておいて迷惑をかけたのは事実である。いくら相手が伯爵家だとはいえ、ここでの対応を間違えればブリュード公爵家の……いや、フィレンツェアの評判はさらに悪くなるだろう。悪い噂は光の速さで伝わるものだ。


「エヴァンス伯爵夫妻が……?」


 たぶんお母様も私と同じ事を考えたのだろう。なにせそうなった場合、ジェスティード殿下がその事を知れば鬼の首をとったかのように断罪の材料にするのは目に見えている。もちろん単なる婚約破棄だけで済むならこちらも諸手を挙げて了承するだけだが、ジェスティード殿下ならばあの馬鹿げた側妃計画を実現しようとするに決まっている。実現は無理だとは思うのだが、この世界が悪役令嬢の断罪に関してだけはヒロインに有利に動くかもしれないとしたら……“もしも”と言うこともあるのだ。そう思うと少しの不安材料も取り除いておく方がいい。


 側妃も死刑も絶対に回避したい私にとって、不利になる状況はどうしても避けておきたかった。



「────わかったわ。応接間にお通ししてちょうだい。エヴァンス伯爵令息も先程の話の続きはその時にでよろしいかしら?」


 お母様がアルバートを促すと、アルバートは「もちろん」と承諾し部屋を出るために足を進めた。


「では、僕は先に行っています。フィレンツェア嬢、良いお返事をお待ちしていますよ」


「あっ……」


 そう言って立ち去ってしまったアルバートに、私はなんて声をかけていいかわからずそのまま黙っているしか出来なかった。



 だって聞きにくかったんだもの。顔がアオの唾液まみれでべっちょべちょだったけれど、そのままで大丈夫なのかしら?と。


 さすがに溶けてはいないようだけど……。なんとなくノーランド事件(ちょっぴり溶けた例のアレ)を思い出しながら簡単に着替えを済ませると疲労困憊なアオをエメリーに預けてからお母様と共に応接間へと急いだのだが……。



 応接間にはエヴァンス伯爵夫妻が待っていて、なんと挨拶するやいなや深々と頭を下げられたのである。


「伯爵の身分でありながら公爵家にこのような事をお願いするなど失礼は百も承知しております!ですがどうか息子を、アルバートをフィレンツェア様の騎士にしてはいただけないでしょうか?!なんなら持参金も用意しておりますし、すぐにでも住み込みで働けるように身の回りの物も持ってきていますので!」


「いやいや、頭を上げてくださいエヴァンス伯爵!とにかく話を……え、持参金??……そんな、持参金って嫁入りするわけでもないですし……え、住み込み?すでに荷物まで?!」


「正式な手続きの書類もこちらに……もちろん給料はいりませんしアルバートが怪我を負ったとしてもエヴァンス伯爵家から口を出すような事は決してありませんわ。図書館での事は出来るだけ公にしないように裏から圧力もかけましたし、フィレンツェア様の不利な噂が広まらないように手を尽くす所存でございます!ご心配なら誓約書の準備もありますから!」






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