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第41話 秘密を知る者②

「えっ────いいえ、とんでもない。こちらこそ名乗るのが遅くなり申し訳ありません、僕はアルバート・エヴァンスと申します。しがない伯爵家の気楽な次男坊でして、図書館にも気まぐれに足を運んだだけの事ですのでブリュード公爵令嬢がお気に病むことはありませんよ。


 それに、僕にとってあの場に居合わせてあなたを助ける事が出来たのは最高の栄誉です。トカゲくんは主人を守ろうとしただけですし、僕はなんともなかったのですから気にしないで下さい。いやぁ、僕の守護精霊にも見習って欲しいくらいです」


 その青年……アルバートの言葉にアオの体がピクリと揺れる。目が隠れているせいか感情は読み取れないがその笑みはごく自然に見えた。それとも自然に見えるくらい、いつもあの笑みを作っているのだろうか。


 だが、作り笑いなら私だって負けていないはずだ。「それなら、よかったです」と、にこりと笑みを返しておいた。


 さっきまであんなに胸が高鳴っていたのが嘘のように頭が冷静に動き出す。このアルバートが攻略対象者でないことだけは確かだが、さっきの言葉はフィレンツェアやアオに喧嘩を売ったも同じだ。フィレンツェアが加護無しであることは当然知っているはずだし、その上で自分の守護精霊の話を出してきたのだから。


 なによりも、アオがその言葉に傷付いたのだとしたら許せるはずがない。


「……エヴァンス伯爵令息の守護精霊は、今日はお連れではないのですか?」


「どうか、アルバートとお呼び下さい。僕の守護精霊はジッとしているのが苦手なようでしていつもどこかに行ってしまっているんですよ。精霊は気まぐれだと言いますが、特にはワガママなんです。まぁ、お互いに好き勝手していますしそこが気に入っているんですけどね」


「そうですか、大変ですわね……」


 確かに守護精霊は連れていないようだな。と、視線を動かした時……私は初めて異変に気付いた。


 さっきから部屋の中が静かだとは思っていたのだが、それどこではなかったから気付くのが遅れてしまった。彼の守護精霊どころではない。今更ながらこの部屋に私とアオ、それにこのアルバートしかいなかったのだ。


 そして、この部屋の中の空気がことにも。


 だってさっきから、アオが全然威嚇をやめないんだもの。なんで気付かなかったのだろうか、これはアオが私を守ろうとしてくれているのに……。



「誤解が無いように言っておきますが、この結界を張ったのは僕ではありませんよ?正解はそのトカゲくんです」


「!」


 私がアルバートに視線を戻すと、またもやにっこりと張り付けた笑みを見せてくる。でも、もうその笑みに小さなフィレンツェアも反応することはなかった。


「いやぁ、素晴らしい結界ですね。僕の守護精霊がこの部屋に入れないように二重に施してある上に、僕が悪さを出来ないように内側にも作用する仕様なんてなかなかできませんよ!そのおかげでさっきから体が重いんです。まぁ、強力過ぎてこの屋敷にある人間や他の守護精霊達も入ってこれないようでしてこの部屋の外で皆さんが地団駄を踏んでいるようですがね。さすがはフィレンツェア・ブリュード公爵令嬢のペット……本当に僕の守護精霊にも見習って欲しいものです」


 するとアオが威嚇をしながら私にしがみつく手足に力を込めた。よく見ると冷や汗を流しているし、アオの顔色が悪くなっている。



『……こいつ!僕が全力で作ってる結界の中で動いてるんだ!本当ならぺしゃんこになってるはずなのに、こいつは自分の守護精霊のとは違う精霊魔法を、が使ってきたんだ!』


「おや、やっぱりすごいですね。魔法を浴びているのに話まで出来るなんて……。しかもご主人様をここまで守りながらなんてとても頼りになるナイトです。でも安心して下さい。僕はトカゲくんにしか攻撃していませんから。女性に何かするような男だと思われたら、僕の守護精霊に僕が怒られます。それを踏まえてトカゲくんは及第点でしょうか。称賛の拍手を送るのはまた次の機会にしましょう」


 そしてアルバートは「おっと、さらに体が重くなった」と軽々と肩を竦めて見せる。アオが悔しそうに眉を顰めるのを見て「ははは」と乾いた笑いを発した。



「ブリュード公爵令嬢……いえ、フィレンツェア嬢。実はおりいってご相談があるんです。もし僕の頼みを聞いてくださるのならば、僕もあなたの願いを叶えるお手伝いをしましょう。ご覧の通り強いので、何かとお役に立てると思いますよ?」


「……私の願いを知っていると言うの?」


 今度は私を試すかのように首を傾げながら、アルバートは薄い唇で笑みを作って「もちろん」と口を開いた。そしてわざとらしく頭を下げて劇でもするかのような少しふざけたポーズをとってとんでもない事を言い出したのである。



「フィレンツェア嬢。どうか、今日だけでなくこれからも僕にあなたを守り続ける栄誉を与えてくださいませんか?誰よりも最高のナイトになると誓いま……うぷっ!?」


『ふざけるな!この変質者めぇぇぇ!!フィレンツェアを守るのは僕だぁぁぁぁぁ!!』



 アルバートがそう言った次の瞬間、その顔面に一瞬で大きなドラゴンの姿へと変貌したアオが牙を剥いてガブリと噛み付いたのだが……「ははは、これはすごい。一瞬でレベルアップして結界が強化されちゃったから押し潰されそうだし(笑)まだまだ成長しそうで将来有望ですねぇ」とアオの口の中からまだまだ余裕そうな笑い声が聞こえてきたのだった。


 結局、彼が何者なのかは全くわからないままだが……。ドラゴンの姿のアオを見ても驚くどころか喜んでいるアルバートの様子に警戒はするものの、なぜか小さなフィレンツェアが彼を憎みきれないと感じているとわかり私は困惑するしかなかった。



 そしてアルバートがアオに顔を噛まれたままぶんぶんと振り回されると言うこの異様な状況は、アオの魔力が尽きてやっと結界が解かれた部屋の中に外でヤキモキしていたというみんなが雪崩込むように入ってくるまで続いたのだが……ぐったりと力尽きても決してアルバートの顔を離さなかったアオの口の中で「トカゲくん、もう終わりですか?」と平気そうなアルバートは、やっぱりものすごく頑丈な人のようであった。






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