『ミツケタ……オマエダ!!!』
遠のく意識の中で、私に向かって飛んでくるアオの体が淡い光に包まれていたのが見えた。
危ないからダメよ、アオ。
そう言おうとしたが、声が出ない。その時にはすでに私の意識はあの声の主に囚われていたのだった。
***
気が付くと私は青い空に溶け込んでいた。そして、私ではない“誰か”の意識が私の中に流れてきたのだ。
『“彼”がこの世に生まれ落ちたの!私にはわかるわ、だってこんなにも強い魂なんだもの!』
“私”は、とてもはしゃいでいた。それは何百年と待ち望んでいた魂を見つけることが出来たからだ。“彼”は“私”とは違う存在として生まれていたがそんなことは関係なかった。
“私”は定められた形を持たない精霊だ。精霊とはこの世のあらゆるものに宿る超自然的な存在が意思を持った塊であり全てが自由なのである。それが自然であり当たり前だったので疑問に思った事などなかったが、人間として産まれたばかりの“彼”がそのせいで“私”の存在になかなか気付いてくれないのだとわかると、初めて目に見える形が欲しいと思ったのだ。
それが、“私”の初めての欲望。
だから……わずかな可能性すらも見逃さないように、“彼”の側を漂いながら“私”は観察したのだ。
どんな姿なら“彼”が少しでも早く気付いてくれるのか。
どんな姿なら“彼”がわずかにでも喜んでくれるのか。
どんな姿なら“彼”がより確実に好意を持ってくれるのか。
どんなに見つめても気付いてもらえないのは寂しかったが、その分ずっと“彼”の事を考えている事が出来た。みんながそれを知って、からかってくる精霊や理解出来ないと疑問に思ってくる精霊もいたがどう思われようと関係ない。
だって、“私”が“彼”の強い魂にとても惹かれているのは本当なのだから。
そして、そんな感情が“私”は楽しいと感じていた。
それからまた何年も経ったが、“私”はなかなか満足のする目に見える形を手に入れることが出来ずにいた。理想とは程遠い自分の姿に落胆してしまう。だから思いきって相談してみることにしたのだ、“彼”に今度こそ気付いてもらえるように……。
でもその相談相手、精霊の母とも言える存在はそれを許さなかった。
“私”達を生み出した元となる自然の意識の集合体。それは精霊達を束ねる女王のような存在。母は“私”の理想の姿をしていたがその姿になれる方法を決して教えてくれなかった。
母は嫉妬深く独占欲の塊だ。決して精霊達を手放さないし精霊達が彼女に逆らうことなどあり得なかった。きっと母は“私”に嫉妬したのだと思った。自分にとって特別な、強い魂を見つけた“私”の事が羨ましくて反対しているのだと。
その母が『狂ってもいいのか』と叱ってきたが、そんな言葉などに意味が無い事はすでにわかっている。
“私”は初めて母に逆らった。もうこれ以上の話など聞きたくない。嫉妬に狂っているのは母だ。
それにもう遅い……なぜなら“私”もすでに恋に狂っていたから。
そして、“私”を許してくれない母の存在を────抹消した。
まさかあんな小さな木の芽が母の本体だと知った時は驚いたが、元の大樹が枯れる寸前に新しい芽を出し命を繋いでいたようだった。母は自然そのものの一部だったのだ。
“私”は協力してくれた仲間達とその芽を摘み取り、その力を取り込んだ。そして今度は“私”が女王となった。すると“私”の姿がまるで母のような……“私”の理想の姿へと変貌したのだ。
しかし、母の力を取り込んだのになぜか完全には馴染まない。不完全な仮初めの力しか無かったがそれでも女王には変わりないはずだ。どうせ他の精霊達にはわからないだろうと思った。“私”と仲間達はこの秘密を共有した。
こうして“私”は、やっと“彼”の前に完璧な目に見える形の姿を見せることが出来たのだ。
その頃にはすっかり大人になっていた“彼”だったが、“私”の事を知るととても喜んでくれた。でもそのせいで“彼”はひとりになってしまったようだったが、“私”がいるから大丈夫だと思った。もう“彼”には家族も友人も必要ないのだから。
“私”は言った。
『あなたの魂に惹かれて我はやってきた』と。
他の精霊達がいつどこかから見ているかわからないので女王らしく振る舞わないといけなかった。仲間達からも母のような堅苦しい話し方を強いられたので“私”らしさはなくなってしまったが、それでも“私”は幸せだった。
なぜなら、“彼”がどんどん“私”に夢中になってくれたからだ。“私”は“彼”の特別になれた気がした。
“私”の精霊魔法のおかげで「賢者」と呼ばれ出したと喜び、もっともっとと“私”を求めてくれる。それが嬉しかったのだ。母の真似を続けるのは辛かったが、母の力を取り込んだおかげで“彼”の役に立てているのだ。
それにどんなに辛くても願いの為なら我慢できる。……“私”はずっと“彼”とひとつになりたいと願っていた。
“彼”に望まれるままに精霊魔法を使い続けていたある時、“彼”は言った。
「精霊達が人間が認識出来る姿になれば、強い魂の持ち主以外でも精霊を見ることが出来るのではないか」と。
精霊は元来強い魂にしか興味を示さないのだが……“彼”が望むのなら叶えてあげたいと思った。