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第36話 侍女は語る②

 階段の上から確認出来たのは、マントを着用した背の高い黒髪の青年だろうと言う事だけでしたが……その方の腕の中に無傷のお嬢様が存在する事実に思わず神に感謝しました。


 さらにその方はお嬢様に向かって何か呟いた後、時間差で落ちて来たアオ様も同様に受け止めたかと思うと自身のマントを脱いでお嬢様とアオ様を隠すように包んでしまわれたのです。慌てて周りの反応を見ましたが……アオ様の正体はバレていないようでした。もしも明らかにドラゴンの姿をしたアオ様の姿が確認されたならばもっと大騒ぎになっていてもおかしくありませんから。


 ただ……では大騒ぎしておりましたが。もはやそのせいでフィレンツェアお嬢様への視線などほとんど無くなったように思えました。


 その騒ぎの原因については、わたしにもなんとなくわかりました。それは、にも同じ現象が起きていたからです。










「お、おい……!オレの守護精霊はどこに行った?!」


「ワタシの守護精霊も……いつの間にかいなくなっているぞ?!さっきから呼んでいるのに反応がないなんて────」


「せっかく精霊魔法を使おうと思ったのに、なんで守護精霊が言う事を聞かないんだ?!いつもなら、追い払っても鬱陶しいくらいにすぐ側にくるのに……!ど、とこにもいないぞ?!」




 どうやら、この図書館にいる人間の全ての守護精霊がいなくなってしまったようでした。もちろんそれはわたしも同じです。いつもなら心で語りかければすぐに反応を返してくれていた……この世に生まれ落ちた時からずっと側にいてくれていた半身とも言える存在の気配がいつの間にか消えてしまっていたのですから仕方が無いかもしれません。そして、それに気付いた人間から焦りと不安の感情があっという間に広まっていったのでした。


 もはやお嬢様やアオ様の事を気にする余裕など彼らにはないように見えました。ただひたすらに自分の守護精霊はどこに行ったのかとわめくばかりの姿は滑稽でしたが、これはチャンスだとも思ったのです。


 すると、お嬢様を助けてくださったその方が動き出しました。一瞬わたしに視線を向けてきたのは合図だったのでしょう。その方が動き出すと同時にわたしの体を押さえつけていた違和感は無くなり体に自由が戻ってきました。体の節々は痛みを訴えておりましたが気にはなりませんでした。



 そしてわたしは急いで足を動かし、図書館から脱出することが出来たのです。



 とにかく早くフィレンツェアお嬢様の元へ行きたくて無我夢中でしたが、この騒ぎのおかげでわたしを咎める者はおりませんでした。なにせ図書館の司書達にも同様の事が起きていたので、わたしを捕まえようなんて考えている場合では無くなったようでした。


そして、騒ぎに気付き図書館の中へ戻ろうとしたもののごった返した人達に邪魔され困惑していた護衛さんを見つけることが出来たのです。


 護衛さんもご自分の守護精霊が消えた事に驚きはしていましたが、まずはフィレンツェアお嬢様の無事を確認せねばと必死だったようです。


 わたしは護衛さんに掻い摘んで説明をし、ふたりでお嬢様を探すとはすでに公爵家の馬車の中におられてわたし達を待っていたと言うのです。疑問は尽きませんでしたが、今はそれどころでは無いと騒ぎに乗じてなんとか帰路につくことが出来たのですが……。









「主治医様にも診てもらいましたが、フィレンツェアお嬢様のお体にお怪我はありませんでした。ですが……未だにお目覚めになられておりません。わたし達の守護精霊は戻ってきましたがその間の記憶が無いと言っていて原因は不明のままです。アオ様もドラゴンのお姿のまま意識がお戻りにならず……」


「……その助けてくれた青年は、アオちゃんの事をなんと言っているの?」


「それが、なにも……。ドラゴンのお姿を見ても特に興味が無いようでしたが……ただ、公爵家に頼み事があるとおっしゃられてまして……。奥様の判断をお伺いしなければとお連れいたしました」


 わたしの言葉に奥様は息を吐き「どのみちフィレンツェアちゃんの恩人ですもの、まずはお礼を……それと、とにかく話を聞きましょう。フィレンツェアちゃんはとにかく安静にさせて何か反応があればすぐに対応出来るように主治医を待機させておいてちょうだい」と使用人達に指示を出されました。


「主治医様はすでにそのつもりでお嬢様の隣の部屋に待機なされております。お茶をお出ししておきました。もちろんお嬢様の恩人の方も応接間にておもてなしさせていただいております」


 執事長様がそう言うと奥様は「ありがとう」と返事をされましたが顔色が良くなることはありません。きっとフィレンツェアお嬢様が心配で仕方がないのでしょう。それはブリュード公爵家にいる使用人達の全ても同じ気持ちでした。



 ちなみに旦那様はいつもの如く気を失って奥様の足元で泡を吹きながらピクピクと痙攣されております。早くお目覚めになって欲しいとは思いますが、旦那様よりもお嬢様の方が心配なので……しばらく放置させて頂きたいと思いました。









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