「…………守護精霊の始まりって、思ってた以上に重い話だったのね」
読んでいたらなんだか背筋が寒くなってきた気がして私は本を閉じた。意味がわからない部分が多かったが決して楽しい内容ではないように感じた。
思っていた内容とはちょっと違ったせいか肩を落としてしまう。それに、
それにしても、精霊についての勉強はもちろんだが賢者の書いた本ならもしかしたら神様がヒント的な何かを残しているかも……。なんてちょっとくらいは期待していたのだが、守護精霊の始まりは予想していた以上に重い話だったしヒントなんてものはどこにもなかった。この世界の始まりの設定だし神様が考えたんだろうけれど、なにもこんな狂気じみなくても良かったのではと思ってしまう。
まぁ、あの神様がゲーム制作時は変なテンションになって思考が暴走している事はよくわかっていたはずなのに変に期待した私が悪いのだ。それにこの世界は神様が趣味で作った乙女ゲームの世界だし、神様の趣味が変わっているなんて今更だ。
乙女ゲームにこんな設定が必要かどうかは別としてだが。胸キュンはどこへ行った。
それにしてもこの本、一部のページがところどころ汚れていてちゃんと読めないとはどうゆうことか。貴重本なはずなのに手入れがされているようには見えなかったし、それになんだか途中の文章も途切れてるみたいに繋がらない。中途半端でわかりにくいし、重要な部分がわざと読めなくされてるようにも感じたのだ。これが神様の作為的な何かだとしたら乙女ゲームじゃなくてまるでホラーな謎解きゲームである。
「……神様ってば、ホラー嫌いなくせにすぐドロドロ設定を盛り込もうとしていたからなぁ」
そんな事を思い出して苦笑いを浮かべてしまった。
そういえば、“腐女子”?ワードも一時期とても気に入っていたみたいだった。説明を聞いても「腐ってるんだって!」としか教えてくれなかったが、神様も詳しくは知らないって言っていたし……果たしてこの世界はちゃんと乙女ゲームになっているのか。もはやそれが謎である。
まぁ、それはいいとして。(よくはないが)
それにしても、結局賢者の守護精霊については“彼女”としか出てこなかったし詳細も不明のままだ。どんな姿でどんな魔法を使うのか、精霊達にとってどんな立場の精霊だったのか。あれほど“彼女”を連呼していたの、その“彼女”についてはさっぱり書いていないのである。
確かに「最古の研究書」と言われるだけあって後半のページにはその他の精霊や精霊魔法についてとても詳しく書いてあった。それはもうびっしりと書き込まれていたのだ。たぶんこれまでもこの本を読んだ人達はこの後半の内容に感化されて褒め称えていたのだろうと思った。前半の文章が無ければ私だって素直にすごいと感じただろう。それ位に濃い内容で、たったひとりの人間がここまで詳しく調べる事が出来るなんてすごいとしか言いようがない。その知識は神様を越えているのではないか……そう感じたのだ。だからこそ、狂気じみていると思った。いくら神様の設定が適当でその穴埋めを“世界”が変わりにやっていたとしても、“その世界”の作った設定を全て知っているなんて賢者とは何者なのか。と。
これを書いている時の賢者は、もう
「お嬢様、そろそろ閉館の時間だそうです」
図書館の読書スペースを借りて読んでいたが、窓から差し込む光がすっかり夕暮れのものに変わっている。私が本を読んでいる間、アオは退屈だったのか机の上で丸まりウトウトとしている。
それにしても、公爵家の呪いやアオの存在を考えると元の乙女ゲームの設定とはかなり違ってきているように思う。かと言って全て違うとも言い切れないし……。(つい、神様の言っていた事を思い出してしまうのもあるけれど)でも、なんというか……妙な違和感が拭えないでいた。
ここまで変わってしまっているのなら、今後だってどう変化するかわからない。それが良い方に転べばいいのだけれど……。
「あら、もうそんな時間なの?なんだかんだ言って集中してたみたいね」
ずっと据わっていたからかすっかり凝ってしまった体を伸ばしながら答えると、エメリーが「確かにとても集中なされてましたよ」と笑った。
「残りの本はすでに貸し出し手続きを終えておきました。今、護衛さんが馬車に運んでくれていますよ。見回りも終えて、近くにハンダーソンさんはいないとのことです」
あの後、私がルルに絡まれた事を知ったエメリーは顔色を悪くして大急ぎで護衛に連絡をしていた。すでにルルは図書館からいなくなっていたようだけど守護精霊達にも頼んで見回りをしてくれたのだ。
「わたしがお側を離れたばかりに……」
「エメリーのせいじゃないわ。それにエメリー達に本を探してもらったり場所取りをお願いしたのは私だもの。まさかこんな所で絡まれるなんて思わなかったしね。それに、アオが守ってくれたから大丈夫よ」
「お嬢様、なんてお優しいお言葉を……!それにしてもハンダーソンさんの言動は酷すぎます!自分には第二王子殿下の寵愛があるからって強気なんでしょうけれど……しかもその騒動の内容を聞く限り、シュヴァリエ先生にまで手を出そうとしているじゃないですか!それではまるで二股です!そんなだから一部の令嬢達からアバズレなんて呼ばれ────ごほん!申し訳ありません、お嬢様のお耳に不快な発言をお聞かせしてしまいました」
やはり他の人から見てもルルの行動はそう見えるようだ。と言うか、あの悪口って本当に言われているらしい。フィレンツェアはそこまで言った覚えはないし自作自演にしたって自分の事をそんな風に言わなくても……なんて思っていたけれど、たぶん他の人からされた嫌がらせも全てフィレンツェアのせいにしていたのだろう。
まぁ、確かにハーレムなんて聞こえはいいけれど結局はただの浮気でしかないのだ。ちなみにゲームでの逆ハーレムが成功した場合は二股どころか四股になる予定である。神様から左右に攻略対象者達を侍らせたヒロインのスチルを見せらせた時は描かれているヒロインのドヤ顔にちょっとドン引きしたけれど。
それにしても、考えれば考えるほど見極めるまでもなくハーレムルート確定な気がしてきて思わずため息が出てしまった。愛されヒロインのはずなのに悪役令嬢以外からもイジメられているなんてどうなっているのだろうか。しかし今日の態度を見ている限り本人はフィレンツェアを追い詰めるための材料集めくらいにしか思っていなさそうな気もしたが。メンタルはだいぶ強そうだ。
「気にしないで、やっぱりジェスティード殿下とのデートを目撃した後にこんな事があったらさすがにね……。でもシュヴァリエ先生はそんな気はなさそうだったし、さすがにもう諦めるんじゃないかしら?私としてはジェスティード殿下との真実の愛とやらを貫いて欲しいんだけど」
「確かに第二王子殿下以外の男性ともお付き合いしようとしてるなんてバレたら大問題ですよね。いえ、そもそもが現時点で大問題なんですけれど……。わたしにはハンダーソンさんの考えている事が全くわかりません」
「私も────」